ティファは太陽だ。

 

どれだけ離れていても、どんな闇の中にいても、その光は曇ることなく真っ直ぐここに届く。

その光はあたたかくて、どんなものでも替えにならない温もりをもっている。ティファを想うだけで抱きしめられているかのような安心感に包まれる。

 

 

 

俺の人生は、ティファがいてようやく息をしているようなものだった。

 

自分から何かしたい、何かしようと思うときの原動力は、いつだってティファの存在にあった。強くなりたいと思ったことも、村を出ようとしたきっかけも、ソルジャーなんてものを目指した理由も……この星を守らないといけないと、絶望して死んではいけないと思ったあの日も、すべて目の前にティファという光があったから感じたことだった。

 

 

 

ティファのためなら何でもできると思っていた。時間も人生も命さえも、ティファを守るためにそれを捨てなければいけない瞬間が来たとき、俺は躊躇なくそれを手放すのだろうと頭のどこかでわかっていた。たとえそれが結果的に、彼女を悲しませる結果になったとしても。

 

 

 

俺はきっと俺のために、ティファを守ってきた。俺のためにティファのそばにあり続けてきた。

 

ティファが望むことは何でも叶えてやりたいと思っていた。俺がそうしたいから。俺がそばにいたいから。ティファを守ることがこのちっぽけな人間に許された最大の幸福だと思っているから。

 

 

 

だから……いつも考えないようにしていた。

 

もしティファという存在が目の前からいなくなってしまったとき、俺に何が残るのか……それが想像するのも耐え難いほど……酸素のない、宇宙の中のような苦しい闇だということをわかっていたから。

 

あの日。ティファの背中を見送りながら考えた。

 

もしもいつか、ティファがここを離れたいと……俺のいない場所で生きてみたいと願うようなことがあったとき、俺はそれを受け入れられるだろうかと。俺はそのときティファの願いを、叶えてやれるだろうかと。

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

午前0時。すっかり人の出入りがなくなったセブンスヘブンの店内。

 

あの大惨事から時間も経ち、店の修理は着々と進んでいる。今日業者に予定よりも早く営業再開できそうだと言われた。大爆発した店を見たときは色々な意味でどうなることかと焦ったが……ひとまずティファの居場所を、セブンスヘブンを失わずに済みそうだということだけ安心していた。

 

「……」

 

ひたすら紙をめくり続けて一時間。最近はこうして店……一階で配達の伝票を整理するのが日課になっている。

 

というのも今、俺の仕事部屋ではバレットがいびきをかいて寝ているからだ。あのいびきの側で仕事をするほどの、度胸も忍耐力も生憎持ち合わせていないから、バレットに部屋を明け渡して以降、伝票一式一階に持ってきて作業するようにしていた。

 

(……)

 

息をついて天井を仰ぐ。最小限に一つだけ灯してある照明が、無機質にこの部屋を照らしている。

 

仕事への集中力が尽きたと同時に、自分が今空腹を感じていることに気づく。

ティファの料理を食べられなくなってからというもの、子どもたちの食事には気を配っても自分の食事のことを全く気にしなくなってしまった。バレットは放っておいても何かを食べているから問題ないが、自分は三食しっかり食事をとることの方が近頃珍しい。ティファがひとり外に出る前からわかりきっていたことだが……俺一人では、情けないほど生活力がないことに気付かされる。

 

そんな俺と違って、デンゼルとマリンはこの数日で著しく成長したような気がする。大体食べ損ねて怒られるが、簡単な朝食ならマリンがてきぱきと作るようになっていたし(バレットは毎朝それを見て破顔している)、掃除に関しては言わずもがなデンゼルが完璧にこなしてくれていた。バレットはバレットで、日中街の中を探索し続けているらしく、見たことのない店の料理を持って帰ったりしてマリンたちを喜ばせていた。

 

そして何より修理工事の面倒は全部バレットが見てくれていたから、俺はティファがいなくてもほとんど変わらず、自分の仕事に集中することができていた。……そんな環境だけは、整っていた。

 

(……ティファ)

 

油断をすると……油断せずともすぐ脳裏に浮かぶ大切なひと。

 

今、どこにいるだろうか。何をしてるんだろうか。ちゃんとベッドで寝ているか? 安全な場所にいるのか。誰かと一緒にいるか。ひとりじゃないか。変な奴らに絡まれたりしていないか。怪我はないか。ちゃんと食事をしているか。……自分のことを全て棚に上げた心配ばかりが、胸の内にふくらむ。

 

 

 

ティファのいない家に帰るということは、この人生で……ティファと暮らし始めてからおそらく初めてのことだった。

 

これも大方予想はできていたが、ティファの「おかえり」がない帰宅ほど虚しいものはない。当たり前だがどこを探してもティファはいないし、ティファの笑顔は見れないし、ティファの料理は食べられないし、ティファと一緒に眠ることも話すことも叶わない。その苦しみと寂しさは想像していた何十倍も酷く、いつまで経っても慣れそうになかった。子どもたちやバレットの前では普通に振る舞っているつもりだったが、最近のみんなに「大丈夫か」と声をかけられる頻度の高さを思うと……全く隠せていないのだろう。

 

「……」

 

情けない、とは思う。思うが……ティファがいないと俺は、どうしても。

 

 

 

 

「クラウド」

 

(……?)

 

名を呼ぶ声が聞こえたのは、そうやって一人ぐるぐると考えをめぐらせていたときだった。

 

天井から視線を外して、声のした二階に続く階段の方に目を向ける。そこには数時間前に寝床についたはずの、寝巻き姿の子どもたち二人の姿があった。

 

「…デンゼル、マリン」

 

何か遠慮しているのか。困ったような顔のまま、手を繋ぎこっちを見ている二人の名前を呼び返す。二人は俺が自分たちを認識したことがわかったのか、少しほっとして表情を崩した。

 

「どうした?」

 

俺が問いかけると、デンゼルはマリンをちらりと見てから口を開いた。

 

「えっと……マリンが、眠れないんだって」

「…マリン? 怖い夢でも見たか」

「ううん……あのねクラウド」

「ん?」

「いっしょにねてもいい?」

 

半分泣きそうな声で申し出るマリンに、脱力して微笑み返す。

つい素直に嬉しいと思ってしまった。こうして二人が頼ってきてくれることを。

 

(……そういえば)

 

二人きりでいるとき、ティファが話していた。マリンはときどき夜眠れなくなると、デンゼルを連れて自分の寝床に来ると。それはたいてい俺が仕事で家を空けている日で、三人で川の字になって眠るんだと。ティファはそれが嬉しくて……眠れなくて困っているマリンに申し訳なく思いつつ、幸せを感じてしまうのだと。

 

(……)

 

「…デンゼル」

「?」

「マリンを連れて、俺たちの寝室に集合してくれ。俺もあと十分したら行く」

 

マリンとデンゼルが顔を見合わせる。マリンが笑顔になったのを確認して俺は言葉を続ける。

 

「それと……」

「?」

「二人とも、枕を持っていくの忘れずにな」

「え……おれも一緒に寝ていいの?」

「嫌か?」

「ぜんぜん嫌じゃない! ……あ、あれだからな。バレットのおじさんのいびきがうるさいだけだから」

 

目を輝かせながら大きな声で返事をするデンゼルを、マリンがへらへらと笑った。我にかえったのか急に顔を赤くしたデンゼルは、そんな捨て台詞を残し、マリンの手を引きそそくさと自分たちの寝室に枕を取りに戻る。じゃあ後で、と言いながら格好をつける背中はただただ微笑ましい。

 

「……」

 

二人の背中を見送ったあと俺はひとりため息をついた。自然と笑みが溢れてしまう自分には、気づかないふりをした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「クラウド!」

「クラウド、ここね!」

 

約束通り十分ほどしてから戻った寝室。部屋の扉を開ければ、子どもたちが本当に眠る気があるのか疑わしいぐらい元気にベッドの上で飛び跳ねていた。

 

もう寝るぞと声をかけると、二人はいつの間にか眠る場所を決めていたらしく、ベッドのちょうど真ん中をぽんぽんと叩く。どうやら二人の間で眠ることになるらしい。

 

その案を否定するつもりも理由もないので、灯を消し素直にベッドにあがる。やたらと嬉しそうな子どもたちをよそに体を横たえると、二人も続けて寝床に入った。

 

「えへへ……」

「へへ」

「……? どうした」

「なんでもない」

「なんでもないよ」

 

二人が息を合わせたように俺に体を寄せる。どうしてやるのが正解かわからずつい固まってしまうが、とりあえずこれで二人が眠れるのならいいかと、瞼の力を抜く。ティファ抜きで、子どもたちと一緒に眠るのは初めてかもしれない。両隣に体温があるのは不思議な感じがした。

 

(……)

 

久しぶりに感じる気がする、何とも言えない安心感。ひとりではないと、二人が教えてくれる。

 

「ねえねえ、クラウド」

「…ん?」

「あしたもおしごと?」

「ああ」

「……夜、遅い?」

「そうだな……」

「クラウド最近ずっと、遅くまで仕事頑張ってるもんな」

「……。たくさん働けばティファが戻ってきたとき、何か買ってやれるだろ」

「あ、いいね! ティファおかえり用、と、ティファごめんね用、と、あと……」

「んー、ティファありがとう用!」

「ああ。……だからまだ暫く帰りは遅くなるけど、ごめんな」

「へへ、いいよ。頑張ってクラウド。おれたちも手伝うから」

「とーちゃんもいるし、私たちも伝票の整理、できるもんねー」

 

子どもたちに応援されながら、心の中に柔らかく灯りがともるのを感じる。

 

二人は俺たちの子どもではない。だけど確かに二人は、ティファからたくさん愛情を受けて育っている。だからきっと、似たような温もりを感じるんだろう。家族がいるという安心感を……この二人は、無意識に俺に与えてくれるんだろう。

 

家族。ティファが教えてくれたこの世で一番あたたかい場所。ティファが教えてくれた、代えることのできない幸福。

 

「……」

「……。クラウド」

「……?」

「……ティファ、元気かな」

「……」

 

一通り話し終えた後、しばらく続いていた沈黙を破ったのはデンゼルだった。

 

ティファが元気かどうか、考えていたのはおそらくデンゼルだけではない。俺たちは同じことを考え、天井を見つめていた。

 

「……」

「……」

「………クラウド」

「……ん?」

「………さみしいねえ」

「……。……ああ」

「……」

「……寂しいな」

 

マリンの少し眠そうな声に、小さく返事をする。デンゼルがごそごそと動いて俺の腕に抱きついた。

 

「…クラウド。おれティファのご飯食べたい」

「……そうだな」

「わたし、ティファにおはようって言われたい。あとね、一緒にお買い物したい」

「…うん」

「…ティファ、まだ怒ってるかな。おれたちがキッチン壊したこと」

「…最初から怒ってないさ」

「……ティファ、いつ帰ってくるのかなあ」

「きっと、楽しいんだよ。ティファいつもおうちにいたから、我慢してたんだよ」

「うん。だけどやっぱり……会いたいなあ」

「……」

 

ぽろぽろと溢れ出す子どもたちの寂しい気持ち。ずっと言葉にするのを我慢していたのかもしれない。二人は誰かと一緒で、我慢することが得意だから。俺たちと家族になるまでもたくさんのことを、我慢してきたはずだから。

 

二人のための言葉を探し、ただ一点に天井を見つめる。

 

何か言ってやらないといけないことはわかっているのに、いつも以上に言葉が浮かんでこない。それはおそらく、俺が思っていることと子どもたちと思っていることが全く同じだから。今が、一人の時間が、ティファにとって必要な時間であることはわかっているのに、我儘にも早く会いたいと思ってしまう。早く帰ってきて欲しいと願ってしまう。そう感じることはきっと、間違ったことではないのだろうけど。

 

 

 

想像していたよりずっと大きい、大切な人を、ティファをただ待つことしかできない苦しみ。

 

その苦しみを感じるのと同時に、俺は……あることに気づいていた。ある、既視感を抱いていた。

 

待てど待てど帰ってこなかった……いつ帰ってくるか、どこにいるかすらわからなかったであろう人間のことを、俺は誰よりもよく、知っていたから。

 

(………)

 

「……」

「……。マリン、デンゼル」

「ん?」

「なあに?」

「……。…あのときも……こんな気持ちだったのか」

「…あのとき?」

「……俺が家を出て、帰ってこなかったとき」

 

決して遠くはない記憶。忘れもしない、底無し沼に突き落とされたかのような絶望の時間。

 

自身が星痕という病に犯されていると気づいてからの記憶は曖昧で……ただ、感じたことのない恐怖に包まれていたことだけを覚えている。

 

もうこれで終わりなのだと、取り払うことのできない壁に囲まれたような感覚。あのとき俺は、死というものに手を引かれながらただ考えていた。これは罰だと……このまま、あのまま、ティファと子どもたちの傍で幸せになりたいと思ってしまった自分への戒めなのだと。

 

あのとき、絶望の中なんとか息をするので精一杯だった俺には、想像力が足りていなかった。俺が無言で家を出ることで、家族がどう思うか。どう感じるか。どんな目に合うのか。

 

ティファの泣く姿を、ティファの悲しむ姿を見たくないという我儘。そして、既に多くを失いすぎていたティファから、今度は俺自身の手で、俺という存在を奪ってしまうかもしれないという恐怖。

 

俺はそんな暗闇から逃げることに精一杯で、三人がどう苦しむのか、想像することができていなかった。

 

 

 

「…うん」

 

マリンが優しい声で返事をする。

 

「いまより、寂しかったよ」

「……」

「あのときクラウド、生きてるのかもわかんなかったから」

 

ごめんな。改めて二人に謝る。心の中で、ティファに謝る。

 

マリンの言う通りだと思った。あのとき二人が、ティファが感じていたであろう寂しさや恐怖はこんなものじゃなかったはずだ。あのときの俺は……三人が想像していたように、ここに帰るつもりがなかったから。帰れると思っていなかったから。そんな人間を待たなければいけない気持ちなんて、想像するのも耐え難い。

 

「……だけどさ、おれ、わかるよ」

 

デンゼルがぼそりと呟いたのは……そうやって目を閉じ、惨めだった自分を振り返っていたときだった。

 

「…え?」

「…クラウドのあのときの気持ち、ちょっとわかる気がする」

「……」

「そりゃあ帰ってこなくて、嫌だったし寂しかったし、なんでだよって何度も思ったけど。でも……あのとき、クラウドも、苦しかったんだよね」

「…デンゼル」

「だって、おれもそうだったもん。怖くて苦しくて、しんどくて……かっこ悪かったもん」

「……」

「だから……」

 

言葉を濁しながら、シーツを口元まで引っ張るデンゼル。優しいその子の頭を撫でると、デンゼルはちらりとこちらを見てから、ほんのすこし笑ってくれた。

 

そうだ。デンゼルはあのとき俺よりも長い時間、俺よりも深い黒をその身に宿していた。俺がデンゼルを見つけたときすでに、星痕はこの小さな体全体を蝕んでいた。調子がいいときは元気に振る舞っていたが、本当は起き上がるのもやっとだったはずだ。それなのに……デンゼルは逃げなかった。何度自暴自棄になっても立ち上がって戻ってきた。

 

子どもたちはあのときから……俺が思っているより、何倍も、何十倍も、逞しい。

 

「…そうだね」

「……」

「クラウドもいっぱい、がまんしたんだね。えらいえらい」

「……、」

「ティファもわかってるよ。だいじょうぶだよ」

 

デンゼルを撫でていると、代わりにマリンが小さな小さな手で俺の頭を撫でる。情けなくも胸の中がいっぱいになり、何も言えずされるがままになっていると、彼女は嬉しそうに笑った。

 

子どもたちは純粋だ。いつでも、自分自身を信じている。自分を信じているからこそ、俺たちのことも信じてくれる。

 

ティファもそうだ。俺を信じていてくれた。怒ったり泣いたりしながらも俺に背を向けることはしなかった。あのときだって塞ぎ込む俺に対し、諦めず光を当て続けてくれていた。

 

だから俺は帰ってこれた。だから俺は今、生きている。

 

(…いつもいつも下手に悩んで、考え込んでいるのは……)

 

 

 

 

「……なあ、マリン。デンゼル」

「…?」

「…俺は、ティファがいないとだめらしい」

「あはは、知らなかったの? クラウド」

「おれたち知ってたよ」

「…ばれてたか」

 

冗談混じりに降参する。二人は、それはそれは嬉しそうに笑う。

 

二人に聞こうと思った。聞けばいいんだと思った。ティファのことを思っているのは俺だけじゃないから。ティファを一緒に大事に思える家族が、俺にはいるから。

 

「なあ、二人とも」

「なあに?」

「…俺に何ができるかな。……ティファに今、何をしてやれるかな」

「うーん……離れてても、できること?」

「そばにいなくても、うれしいこと?」

 

離れていても、そばにいなくても。

子どもたちのくれるヒントから、一つの答えを思い浮かべる。

 

「……。あれか」

「…わかった?」

「わかった。……そういえばあのとき俺も、ティファからのあれに救われてた」

「ふふ……きっとティファが聞いたら喜ぶね」

「いつも、かけてたもんな」

 

マリンとデンゼルが嬉しそうに笑う。そうだ、俺は知っている。俺たちは経験している。

離れているとき何が嬉しかったのか、思い出せば全て、俺の中に答えはある。

 

「ありがとう、二人とも。……ティファに伝えてみるよ」

 

家族に礼を伝える。二人は声を合わせて、どういたしましてと笑ってくれる。

俺はその笑い声を子守唄にひとり瞼を閉じ、ティファを想った。

 

心の中でティファは笑っていた。いつだって、いつだって。