「……ふう」
深い深い密林。長く手入れされてなさそうな歩道を歩く。この歩道は一本道で、何も考えずに歩いていてもあの村にしか到着しないようになっている。
空を見上げる。ところどころから日の光が漏れているものの、そのほとんどは私の何十倍も高い背の木々に覆われていてよく見えない。
最初にこの村をつくろうとした人はなぜ、この場所を選んだんだろう。大きな大陸からは距離があるし、この小さな離島にはミディールぐらいしか人のすめそうな場所はない。つまり、この村ができる前は無人島だったはず。ライフストリームが近くを流れている影響で温泉が湧いているとは聞いたけど、以前訪れたときのミディールはお世辞にも観光地として発達しているようには見えなかった。
何かを守りたかったんだろうか。何かを隠したかったんだろうか。あるいは何かから逃げてきたんだろうか。それとも流れ流され、偶然たどり着いてしまった? 私たちのように。……クラウドのように。
きっと理由があったんだろうその歴史を知ることはきっと、もう叶わないのだろうけれど。
数年ぶりに訪れたミディールは、最後に目にした姿とは比べ物にならないぐらい、村としての復活を果たしていた。
村の人たちは、みんな移住していなくなってしまっているかもしれないという可能性も考えていたから、当たり前のように村があることについ呆然としてしまう。生き残った人々は、ライフストリームが流れる場所を避け、再び木々を組み立てることで家や建物を作っていた。きっとこの村の人たちにとって、ああいったライフストリームの暴走は初めてのことではないんだろう。あのときの爪痕は残っているものの、人々はまるでその、未知の海に寄り添うように暮らしを再開していた。
だから、そんな村の中に小さな治療所を発見したとき……一人笑みがこぼれた。彼らが人々を置いてこの村を出るとは思っていなかったけれど、それでもこの場所に留まり続けてくれていることがなんだか自分ごとのように嬉しかった。
「こんにちは〜」
ちょっと緊張しながらその扉を開けて、控えめな声で挨拶をする。患者でも、付き添いでもなくこうしてお客さんとして二人をもとを訪れるのは初めてだから、どんな顔をしたらいいかわからない。
そわそわしながら返事を待っていると聞こえてきた、明るく懐かしいあの看護師さんの声。変わらないその声色が嬉しくって、私はひとり思わず頬を緩めた。
「はいはーい、どうなさいましたかー………って、あれ?」
「あ……」
「ティファさん!?」
ひょっこり診察室から顔を出したのは、声の主、相変わらずの看護師さん。出会った頃と変わらず元気そうな姿に安堵する。看護師さんは私を認識するなり駆け寄ってきてくれた。よかった、覚えていてくれたみたい。
「ちょっと、どうしたの? 久しぶりね!」
「お久しぶりです。ごめんなさい、連絡できたらよかったんだけど、方法思いつかなくって……」
「いいのいいのそんなこと。会いにきてくれて嬉しいわ。元気にしてた?」
「はい。おかげさまで」
「よかった、心配してたのよ。メテオが落っこちてくるとか、ライフストリームが暴走するとか、大変なことになってからあなた一度も顔見せないから……」
「ふふ……看護師さんもお元気そうでよかった」
「わたし? わたしは相変わらずよ。……あ、ねえ先生、先生ちょっと!」
想像以上の……ううん、想像していた通り元気にみえる看護師さん。勢いに圧倒されている間に彼女に手をひかれ、私は新しくなった診察室(そもそも治療所自体新しいのだけれど)に誘導される。
必要最低限のものだけが揃えられている部屋の中には、同じく変わらない様子のドクターの姿があった。
「なんだい、いつも君は声が大き……」
「大きくもなりますよ! ほら、ティファさんが来てくれたの」
「んん? ……おお! ティファくんか」
「ご無沙汰してます、先生」
「いーや、驚いた! 元気にしてるかね? あれから変わりはないか?」
「おかげさまで」
「そうか、よかったよかった……」
私の姿を見て、ほっとしたように笑ってくれる二人。こうやって迎え入れてくれる場所があることは、私にとって全く当たり前のことじゃないから……それだけのことについ、鼻の奥がツンとなる。もし、もし私にまだ実家と呼べる故郷が残っていたのなら……そこに戻ることができたのなら、こういう気持ちになっていたんだろうか。
「いやいや……本当によく来たねえ」
あの頃から変わらず、村の人たちが健康なおかげでのんびり過ごしているらしいドクターたちは、あっという間におもてなしをしてくれた。
お気遣いなくという言葉を発する前に用意される椅子、コーヒー、お茶菓子。そこまでしてもらわなくてもと言いたくなったけれど、二人がずいぶん楽しそうだから……その言葉を口にするのはやめておく。
「お二人も、お元気で何よりです」
「我々は相変わらずのんびりしているよ。君、今どこで暮らしてるんだい?」
「えっと、今はエッジに」
「おお、また大変なところを選んだね。どうしてそこに」
「んー、成り行きで……でしょうか」
「エッジねえ。噂には聞いてたけど、本当にあんなところに街を作ったのね。ほら、わたしたちこの村から出ないから、よく知らなくて」
「…ところで彼は? 彼はまだ一緒なのかね」
「はい。……今一緒に暮らしてます」
「あら!」
看護師さんがわかりやすくにやにやとする。そうだった、この人たちは多分旅で出会った誰よりも私とクラウドの関係を知っている。特に看護師さんには、クラウドの体調が一向に戻らなくて気が滅入っていたとき、よく話を聞いてもらっていた。つまり、当時の私がクラウドをどう思っていたのか……説明するまでもなく彼女にはバレていた。
「ほーら先生、言ったでしょ? この二人はちゃんとうまくいくって」
「わたしは別に心配などしておらんかったが……今日は一緒じゃないのかい?」
「はい。今日は私だけです。色々あって」
「あらやだ、喧嘩とかしてない? いやな目に合わされたらいつでもここに逃げてきていいのよ」
「ふふ……大丈夫です。ありがとう」
「そう? ティファさん、わたしね、おせっかいかもしれないけど彼に言ったのよ。あなたのこと大事にしないとバチがあたるわよって」
「ええ?」
私の気づいていないところでいつの間にそんな会話がなされていたのかと、思わず声をあげて驚く。
「い、いつの間にそんなこと……」
「あなたたちが一度、最後の戦いだとか言って、準備するためにここに寄ってくれたでしょう。あのときにこっそりね」
「……。彼は何か言ってましたか?」
「恥ずかしかったのか顔を逸らしちゃったけど、ちゃんと小さく頷いてたわよ」
(……クラウド)
自分の知らない彼の話を聞くと、くすぐったいような不思議な気持ちに包まれる。
どんな顔をしたらいいかわからなくて俯く。だけど、恥ずかしがってる場合じゃないとすぐに顔をあげた。
「あの……」
「なあに?」
「…あのときは、本当にありがとうございました。お礼が言いたくて、今日ここに来ました」
「まあ、そのために?」
「もちろん、久しぶりにお二人に会えたら嬉しいなあっていうのが一番なんですけど……あのときバタバタしてて、ちゃんとお礼言えてなかったから」
「私たちは何もしてないわよ。ねえ、先生」
「ああ、君が頑張ったんだよ」
「…ありがとうございます。だけどお二人がいなかったら私……私たち今頃、どうなってたか」
「君たちどころか、世界がどうなってたかわからんね」
「ふふふ、そうねえ。とんでもない人たちを助けてしまったのかもしれないですね、先生」
「そう褒めんでくれ、照れるじゃないか」
「やだ、先生を褒めてるわけじゃないですよ」
「……」
あのときと同じ。どんなことも明るく捉えて返してくれる二人に、感謝の気持ちを感じながらコーヒーをもらう。
いつだって思い出す。ボロボロになったクラウドの姿に絶望し急にこの場所に留まると言い出した私を、二人は文句を言うこともせず受け入れてくれた。おはようと毎朝声をかけ、話しかけてくれた。
おいしくてあたたかいコーヒーを出してくれた。一緒にお散歩してくれた。私を元気付けるために、小さなことから大きなことまでたわいもない世間話をしてくれた。この場所は、この人たちは、あのときの私が息をするために必要だった穏やかな日々を守り続けてくれた。
私は……ひとりでは立ち上がれなかった。ひとりきりじゃ、クラウドを支えきれなかった。
「まったく君は本当に……、…ティファくん?」
「え?」
「どうしたんだい、えらく嬉しそうに笑っていたが」
「あ……嬉しくて。元気なお二人に会えたことが」
「それはこっちの台詞だよ、なあ」
「そうよ。私たちの台詞よ。元気でいてくれてありがとう、ティファさん」
ためらいなく、二人は私にそう言って笑う。あまり言われたことのない言葉に、私は何て返事をすればいいのかわからないまま……ただ、微笑み返した。
*
すっかり話し込んでしまっていたようで、治療所を出たときにはもう沈みかけていたおひさま。
今日はここで夜を過ごすと看護師さんに話すと、最近できたのだという宿屋を教えてくれた。……治療所のベッドを好きに使っていいって言ってくれたんだけど、いいことも悪いことも、色々思い出しそうで遠慮しておいた。
「宿まで送るわ」
そう申し出てくれた彼女の好意に甘えて二人、穏やかに時間が流れるミディールの村の中を歩く。
村の姿は大きく変わってしまったけれど、どこか懐かしい感覚。看護師さんと私と、クラウドといっしょにこの村の中を散歩していたことを思い出す。そうだ。彼女にクラウドの話を聞いてもらうときはいつも、散歩しているときだった。クラウドがどういう人なのか、どこで出会ったのか、どこに惹かれたのか。彼女は不安定だった私の話を、小さなことから大きなことまで嫌な顔せず聞いていてくれた。
(……)
「……変わらないでしょう、この村は」
エッジとは違う、自然の澄んだ美味しい空気を味わいながら昔を思い出していると、看護師さんが優しい声で話を始める。
「…あんなことがあったけど、やっぱりここの人たちは慣れてるのね。みんな大騒ぎすることもなく、あっという間に生活を取り戻してしまった」
「……村を出た人は?」
「もちろん、何人かいたわよ。だけどほとんどの人がここに残った。なかなか離れられないのよね、自分が暮らしてきたところって」
「……」
自分が暮らしてきたところと聞いて、やっぱり真っ先に思い出すのはニブルヘイム。あんなことがなければ、ひょっとしたら自分がまだ暮らしていたかもしれない……今はない大切な故郷。たとえ、姿形が復元されていても、もう二度と暮らすことはできないだろう場所。
もしも……もしもあの村に魔晄炉がなかったら。もしもあの村に神羅屋敷がなかったら。もしもあの村に、セフィロスが派遣されてこなかったら。ニブルヘイムは今もただの田舎の村としてこの世界にあっただろうか。パパや村のみんなは、当たり前のように歳を重ね、あの村で暮らし続けていただろうか。
私は? 私はどうしていただろう。
あの村から出ていただろうか。それともあの村で暮らし続けていただろうか。
(…もしも、あの事件がなかったら)
私は……クラウドと再会することは、なかった?
「…ティファさん」
沈んでいく夕日を見つめながら、考えても仕方のない「もしも」に思いを寄せていると、呼ばれる名前。声のした方を、隣の看護師さんの方を見ると、彼女は変わらず優しげに、だけどほんの少し真面目な表情で私を見ていた。
「……?」
「今の場所でちゃんと、幸せ?」
「え……?」
思ってもいなかった言葉をかけられて、思わず返事につまずく。
きょとんとした私に、看護師さんは優しく微笑みかけてくれた。
「ごめんなさい。おせっかいだと思って、聞き流してくれていいんだけど……さっき、エッジに住んでいるのは成り行きだって言ったでしょう。……ほら、あなた、誰かのためなら自分のことはいくらでも犠牲にできてしまう人だから、少し心配になってしまって」
「……」
「あなたが一生懸命、寝る間も惜しんで彼を看病してたときのこと、よく覚えてるから……。もう、あのときみたいに辛い思いをしてなかったらいいなって思ったのよ。彼と……大切な人と一緒にいるのなら、尚更ね」
「……、」
「自分を犠牲にしてまで誰かを助けたいと思えるのは、あなたのとてもいいところだけどね」
看護師さんがくれる私を想う言葉。自分をそんなふうに思いながら暮らしたことがなかったから、つい俯いてしまう。
「ね。優しいティファさん」
あたたかい風がふく。何にも追いかけられない穏やかな時間に包まれる。
戸惑う私に、看護師さんはただ優しい眼差しを向けた。遠く遠く忘れかけている過去の中、私はその温もりを知っているような気がした。
「あなたは、あなたを一番大事にしてね」