纏っているシャツが濡れる感覚を覚え、深い眠りに落ちようとしていた意識を起こす。寝ぼけている頭ではあるが、その正体が俺ではない人の涙だということを、瞬時に察することができたから。
重い瞼を開けてすぐ、腕の中でかたまっているティファの存在を確かめる。表情こそ確認できないが、ティファは俺の胸に顔を押し付けて、小さく震えているようだった。
(……泣いてるのか)
「……ティファ?」
「!」
驚かせないようにできるだけ小声で呼んだものの、ティファはびっくりした様子で反射的に顔をあげた。暗闇の中でも、その頬に涙が流れていることも、綺麗な赤い瞳が充血して揺れていることもわかる。
ごめん。ティファが涙をこぼしながら俺に向かってそう呟く。謝って欲しくなんかないと、親指で涙を拭ったあと慰めるようなキスをすれば、ティファはほんの少しだけ力を抜き身を委ねてくれた。
できる限り優しく口付けを続けながら、ティファの肩を抱き寄せる。それからおそらく、俺の知らない間にティファを襲ったであろう悪夢のことを……考える。
「……、…クラウド」
「…大丈夫か?」
「……うん」
「…夢、見たか」
「…ん……」
「そうか。……怖かったな」
「……」
(……どの夢を見たんだろう)
どれだけ過去から距離をおいても、どれだけ幸せのなかに身を投じていても、消えることはない……むしろ濃く強くなっていく悪夢という現実。誰かがいなくなる夢や何かを失う「もしも」の夢はもちろんのこと、ティファを襲うのはきっとフラッシュバックに近いトラウマともいえる現実なんだと思う。それを……過去に苦しめられる辛さを、俺はよく知っているつもりだから。
まるで母親か何かが子どもにそうするようにティファの頭をゆっくり撫で続ける。ティファが泣き疲れて眠るまで、こうしていようと決意する。今夜そばにいることができてよかったと心底感じながら、安心してもらうために俺の存在をティファに届ける。
ティファは、大きな声で泣く代わりに何度もため息をついて、悲しみを外へ逃がそうとしているようだった。
「………」
「……」
「……ごめんね、クラウド」
「…謝らなくていい。……お互い様だ」
「うん……」
「…昔の夢か?」
「……。……プレートが落ちたときの」
「……そうか」
プレート、という無機質な単語の中に、言葉では語り尽くせない悲しみの記憶が詰まっている。その記憶を、ティファが感じる悲しみの欠片を、俺自身に共有できることぐらいが救いかもしれない。
忘れられるはずがない。たった数日過ごした俺でさえ、時々夢に見るくらいだ。長い間大切にしてきた第二の故郷までもが燃えて、潰され、消えていく様子を、ティファはその目でまっすぐ見てしまったのだから。その目に、心に、忘れないように焼き付けてしまったのだから。
そう。あの光景は消えない。ティファが……ティファである限り。
(……)
「…ティファ」
「……?」
「…眠れないなら、無理に眠らなくてもいいから」
「……」
「俺はここにいるから……好きなだけ泣いたらいい」
「……、…うん」
小さな声で聞こえた返事に安堵してから、ティファを抱きしめ直す。ティファもようやく、俺の胸においていた手をそっと背中にまわす。
抱きしめる腕に力を込めながら、まるでしがみつき合っているようだと思った。現実から離れないように、現実に繋ぎ止めてくれる一番の人をそれぞれ離してしまわないように。
夢は、怖い。怖いが今は一人じゃない。たったそれだけのことで、救われる感情はある。
「……クラウド」
「ん……?」
「…涙が止まらない」
「……」
「悲しいのと、悔しいのと……それと」
「?」
「クラウドが……あったかいのと」
「…ティファ」
そう言うティファの温もりを感じ、目を閉じる。俺がティファに言ってやれることは何もなかった。俺ができることは、今もこの先も、ティファのそばで手を握ってやることぐらいだった。ティファの感じる複雑な恐怖や喜びは決して間違ったものではないから。否定も肯定も必要ない、ここまで生きてきた俺たちが感じる現実の思いだから。
苦しいね。ティファはつぶやいた。
それは、生きているからだと……俺はただひとつだけ、腕の中の命に告げた。
3.Dream