目覚める前から、まるでおひさまに抱きしめられているような気分だった。
「…ん……」
まぶたを閉じていても感じる日の光。目を開けなくたってわかる。太陽が私にその光を持って「朝だ」と伝えてくれていることを。
顔をしかめつつ、その誘導に応えるようにまぶたを開ける。思っていた通り、まっすぐ目の中に飛び込んでくる日の光が眩しくて、私は目を閉じ人影に隠れる。
人影。
その人が、クラウドだということに気づくまで、1秒もかからなかった。
「……」
思わずもう一度目を開けてしまったのは、その人の寝顔をそばで見るのが久しぶりだったから。
つい口をあけて、まじまじと見つめてしまう。普段のしかめ面からは、あまり想像できないほどの整った穏やかな表情。すやすやと静かに眠るクラウドは、まるで何かから守るように、腕を私の腰にまわしてくれていた。それからようやく、自分が腕枕までしてもらっていることに気が付く。
「……クラウド」
私にしか聞こえない声量で名前を呟く。まだ目覚めて欲しくなかったから。もう少し、この奇跡のような一瞬の中に、身をひたしておきたかったから。
見た目よりも柔らかい頬に触れる。口付けの上手な唇に触れる。私とは違う色のまつ毛。私にはない喉仏。私をすっぽり包み隠してしまうほど広い肩。逞しい腕。ひとつひとつがクラウドで、一つ一つが私を虜にする宝石。
「…ん、……」
少しくすぐったかったのか、クラウドがみじろぎをする。起きてしまうかなとも思ったけれど、クラウドは私を抱きしめ直すことで落ち着いたらしく、またすやすや眠りの中に腰を落ち着けた。素直に抱き寄せられながら、まぶたの力を抜く。クラウドに私を抱きしめる癖があることを、愛おしく思う。
直に触れ合う肌と肌の、何ともいえない安心感。その幸せを感じながら、ふと目だけであたりを見渡す。そういえばここはどこだろう。このあたたかい場所は何だろう。クラウドはどこで私を守ってくれているんだろう。
私が、この場所の名称に気がついたのは……ふと、天井を見上げたときだった。
「…あ………」
何の特徴も変哲もない天井なのに、ここがどこかわかってしまったのは、その天井を見慣れていたからに他ならない。
ここがどこか気づいてから、すぐにもう一度窓に目をやる。知ってる。私はこの窓を、ここから見える景色を知ってる。村が見える。給水塔が見える。窓をあけて身を乗り出せば、ニブル山だって見える。村の人々の、声が聞こえる。
(……私の部屋だ)
少しだけ不安になって、クラウドにもっと身を寄せる。いまは大丈夫だということを自分に教えるために。
どうしてここにいるんだろう。あたたかい腕の中、辿ればするすると蘇る記憶。昨日の夜、雨でずぶ濡れになって、私の家に暖をとりに入ったこと。クラウドと肌を寄せ合って、あたためあったこと。もっとクラウドの存在を確かめたくて、もっとクラウドに想いを伝えたくて……体を繋げたこと。
私がクラウドにお願いした気がする。愛しさに惚けてふらふらした思考回路の中、ベッドに行きたいとわがままを言ったような気がする。それで私たちは場所を移したんだろう。思い出の中の部屋に。足を伸ばせば端に届いてしまう、子どものころの小さなベッドに。
「………眠れたか?」
「!」
ふいに、クラウドの声が頭上から聞こえた。反射的に顔をあげると、クラウドはまだ少し眠そうに、私をぼんやり見つめ微笑んでいた。
美しい、星空色の目が私を映す。それだけが嬉しくて微笑み返せば、私の頭をゆっくり撫でてくれた。
なんていう安心感。この場所にいて感じるはずの恐怖が、私の中に入って来れないぐらいの。
「……クラウド」
「…おはよう、ティファ」
ようやく気づく。私の心をずっとずっと、クラウドは守ってくれていたんだということに。
(…クラウド)
「……。おはよ、クラウド」
「…平気か」
「うん……だいじょうぶ」
「…よかった」
おでこに落とされるかわいいキス。嬉しくて笑うと、クラウドが安心したように息をつく。
「……クラウド」
「ん…?」
「…ベッド、狭かったでしょ……ごめんね」
「いや、大丈夫だ」
「…子どものときから変えてなかったの、そういえば」
「…どうりで、足を伸ばしたらはみ出すわけだ」
「ふふ…」
「でも、ティファとくっつけたからいい」
「もう……」
「…それに」
「?」
「……。…ティファは怒ると思うけど……夢が叶ったみたいな、変な気分だ」
「…夢? どんな夢?」
「……聞かない方がいい」
「ええ?」
どういうことだろうと首をかしげると、クラウドは何故か楽しそうに笑い、上体を起こす。
下着以外身につけていないクラウドは裸同然で、見慣れているはずなのに、朝日に照らされた体につい見惚れてしまった。
「……」
「……」
「………下にある服、取ってくる」
「あ……うん、お願い…」
見惚れ合うなんていう、束の間の贅沢な時間。まだ物足りないというぐらいで、クラウドはそう言いベッドから抜けた。このままだとずっと……この場所から動けないことを、何となくお互いにわかっていた。
「……」
クラウドを見送ってから、私もゆっくりベッドから体を起こす。落ち着いた心のまま、朝日に照らされた部屋を見渡す。
この場所はもう、私の部屋であって私の部屋ではない。思い出の景色や家具、机の上に置いてあるお気に入りのペンまで……姿形は似せられていても、それはもう私のものではない。私のものはもう……ここにはない。
私は本当に全てを失ったんだと、あたたかい場所から思う。そして、失われたものはもう二度と戻らないんだという事実を、改めて知る。例え復元されたとしても、ここで暮らしていた私たちの記憶や思いは戻っては来ないから。
「ティファ」
服を持ってすぐ戻ってきてくれたクラウドが私を呼ぶ。彼の方に目を向けると、クラウドは何かに気づいた顔をする。
慌ててこちらに歩いてきてくれるクラウドに、私は両腕を伸ばす。抱きしめて欲しくて、私をここに、捉まえていて欲しくて。
「……ティファ」
せっかく畳んでくれた服を乱暴に投げ置いて、クラウドは私を抱きしめた。私は、クラウドを抱きしめた。
「…大丈夫だよ」
今、たくさんの言葉はいらなかった。
「俺がいる」
思い出も記憶をも越える人が、私のそばにいてくれたから。
長い長い時間をかけて、私はクラウドを、見つけることができたのだから。
ふたり。手を繋いで私の家を出る。ニブルヘイムの地に足を下ろす。ここに戻ってくることはきっともう、ない。
手を引かれ歩きながら目に入った、この静かな地には眩しすぎる、太陽に照らされた給水塔。
この場所に縋って歩いてきた。この思い出を頼りに進んできた。この記憶のおかげで、私たちは手を離さずにいられた。
「……昨日は星、見れなかったね」
小さな声で呟く。クラウドは私と、私の目線の先にある給水塔を見て何のことを言っているのかわかってくれたようだった。
「……ああ。…でも」
「…?」
「…見れなくてよかったと思ってる自分もいる」
「…どうして?」
「……あの思い出は、あのままにしておきたい」
「……」
「…贅沢、かな」
困ったように微笑んでみせるクラウドに、私はううんと首を横に振る。
それから私たちは手をつなぎ直す。それから思う。もしかしたらここはもう、私たちに必要ないのかもしれないと。私たちをつなぐ思い出がある。私たちをつなぐ想いがある。その事実だけ、その記憶だけを残して、私たちはそろそろここから卒業できるのかもしれないと。
「……クラウド」
「…?」
「…いこっか。子どもたち、待ってるよね」
「……ああ。首を長くして」
「ふふ……わがまま聞いてもらったから、帰ったらうんと、わがまま聞いてあげなくちゃ」
「…ティファの料理が食べたい」
「もう、それはクラウドのわがままでしょ?」
「俺のわがままは十分か?」
「…ううん。いくらでもどうぞ」
私たちは歩く。お互いの手を握りしめて。
緑のないこの土地を、過去から動くことのないこの場所を。
私たちは歩く。自分たちの足で。
例えこの先が真っ白で何も描かれていない世界であっても。それが、間違った道だったとしても。
「…帰ろう」
大きく、空気を吸い込む。
私たちは……私はもう、わかっていた。自分で選ぶことができていた。
「帰ろう」
酸素のある場所を。
生きていたい、世界を。
月に、はだし
(わたしはここで、いきをする)
fin,