ここはまるで宇宙の中だった。
色鮮やかに光り輝くさまざまな人工の灯り。ただの飾り、大切なスイッチ、行き先を示すしるし。その灯りは大きいものから小さいものまで、外も中も真っ暗なはずのこの空間を賑やかに彩っている。
頭の上、すぐ隣、あるいは足元からも聞こえてくる、ぐおんぐおんという機械の働く音。真っ暗闇で意味がないと、窓という目すら与えられていないこの船は、目には見えない超音波を頼りに前へ進んでいく。まるであの海の生き物のようだと、初めて仕組みを聞いたときに思ったことを覚えている。
記憶を頼りに、百を超える種類のスイッチからひとつずつ選び押していく。もともとは軍事用に作られたものだからそれはとっても複雑だった。ドロボウして船を奪い、自分たちに操作権限が与えられたとき、みんなで頭を抱えながら機械が説明してくれる動かし方を勉強したっけ。
まるで昨日のことのよう。ああでもないこうでもないと外野が騒ぐ中、ひとり乗り物酔いで顔を真っ青にしながらメインの操縦席に座り、もくもくと船を動かしていたあの人の背中を、そばで見つめていたときが。
「ずいぶん手慣れて見えるぞ、と」
あの人の代わりに今、操縦席に座る私の後ろから聞こえてきた、相変わらずのお調子者の声。そうでしょうと、言わんばかりに頭だけ振り返って見せたら、赤髪の彼は肩をすくめてみせた。
「…上手でしょ?」
「もしかしてアンタが操縦してたのか? あんときも」
「ううん、クラウドだよ」
乗り物が苦手だから、自分で運転しないとだめなんだと説明しかけた。だけど、これはクラウドの弱点になるから念の為伏せておいた。まあ、きっと、この人たちと再び敵対関係になることは早々ないのだろうけれど。
ぐおんぐおん。機械の音に混ざって聞こえてくるのは少し安っぽい電子音。本来音なんてしない深海の中、人の作った音が響いていることに少しだけ安堵する。
ここはまるで宇宙の中だ。はじめてシドのロケットで空の向こうに到達したとき感じたのと同じ感覚。まるで世界から締め出されたような。確かにここにいるのに、自分がいる空間だけ、時が止まってしまったかのような。
(さみしいけれど……あんまり嫌いじゃない、感覚)
「……異常はなかったぞ」
「おっ、相棒。じゃあ何だったんだぁ? さっきの変な音はよ」
「まあ……古いからな、この船も」
「沈没だけは勘弁してほしいぞ、と……このネーチャンと海の中でご臨終なんてしてみろ、あの自称元ソルジャー様にあの世でもっぺんやられる」
「…それだけは避けたい」
後ろで冗談を言い合うタークス二人の会話をおもしろおかしく聞きつつ、船を前に前に進める。巻き込んでしまって申し訳ないと、すでに何度か本人たちに伝えたことをもう一度考えながら。
「……。ごめんね? ほんとに」
「……ティファが無傷で地上に上がってさえくれれば、何も問題はない」
「くう〜、痺れる決め台詞だぞ、と」
「ありがとう。でもどうして、すんなり協力してくれたの?」
「…他に特に仕事がなかった」
「相棒、んなことねぇだろ…………俺たちは暇っつーかなんつーか………………まあ、暇だな」
「……社長が許可をした。俺たちはその命令に従うまでだ」
「ルーファウスが? どうして」
「クラウドに嫌がらせすんのが好きなんだぞ、と」
「…なるほど」
潜水艦を出して欲しい。彼らにそんな唐突なお願いをしたのは二日前。
絶対断られると思ったけれど、彼らの言う通りこれがクラウドへの嫌がらせになると判断したのか、すんなり了解の返事が来た。私も一応、かつて彼らから潜水艦を奪ったドロボウのひとりだというのに……ものすごくお人好しなのか、単に本当に暇だったのか。
そういえば船だけじゃなくて、車もバイクも飛空挺も、いわゆる正義の名のもとに彼らから頂戴したものだったなと……自分たちの悪行を思い返しながら、私はひとりこっそり反省した。
(……どっちが悪者なんだか)
「…さて、と」
「?」
「ルード、ごめんなさい……ちょっとだけ操縦を代わってもらってもいい?」
「…構わない」
「ありがとう」
固い椅子から立ち上がって、相変わらず無表情な彼に座ってもらう。
ルードが席についたのを確認したあと、私は持ってきた荷物の中からボロボロの世界地図を取り出す。旅のはじめはもう少し綺麗だったような気がするそれは、まるで出番を待っていたかのように、簡易テーブルに姿を現してくれた。
「よし……」
「おーおー、ご立派な地図が出てきたぞ、と」
目的地を改めて確認しようと地図を見渡していたら、レノも興味を持って覗き込んできた。
わざわざ今回のために用意したのかと尋ねられて、私は首を横に振る。
「ううん、クラウドに借りてきた」
借りた、というありのままの事実を伝える。
だけどレノにとってそれが想定外の返事だったのか、ぽかんとした表情を返された。
「……んん?」
「?」
「借りた、だぁ? ……アンタ、家出してきたんじゃなかったのかよ」
「へ?」
「ほら……いつも絶対くっついてくるお付きの兵士がいないっつーことは、あれだろ? 実家に帰らせてもらいますってやつだろ?」
「ふふ、なにそれ」
「…あれ? 相棒。違ったようだぞ、と」
「……また大喧嘩でもしたのかと思っていた」
「そんなに喧嘩してるイメージあるかな……」
「まあ、俺たちは目の前で見せつけられたからなぁ」
「……。あのときはごめんなさい……」
「面白かったから別にいいぞ、と。俺らとか社長には怯まねえくせに、アンタには何も言えなくなってるアイツ」
「あはは……」
なんだかんだと優しい彼らの言葉にほっとしながら、確かに側から見ると一世一代の大喧嘩だったなあと……あっという間に過去となった日々へ思いを馳せる。お互い大変だったねと、今この場所にいない人のことを考える。
「で?」
「?」
「喧嘩じゃないってんなら、何でまた」
これから向かおうと思っている目的地を、地図上で確認して一息つく。それから、空いている操縦席に豪快に腰掛け、私の言葉を待つレノの方に体を向けた。
「……聞く? つまらないし、ちょっと長くなるけど」
「だとよ、相棒。どうする?」
「……どうせ、他にすることもない」
「だとよ、ティファさん」
「…じゃあ……お言葉に、甘えて」
「面白かったら依頼料金割引してやるぞ、と」
「ん……? 相棒、金は必要ないと社長が……」
「いーからいーから」
優しい機密情報。聞かなかったふりをしながら、こっそり二人のやりとりに笑みをこぼす。
時間なんて流れていないように感じるこの広い広い深海の中、私は今に至るまでを振り返った。
雲ひとつない青空の下。
自分の足で家を出た、あの瞬間の感情を思い出しながら。
月に、はだし