この仕草を見てるときだけ、まるでタイムスリップしたかのような気分になる。

 

仕事に集中しながら食事を取れるようにと、仲間たちがクライヴの部屋まで運んできてくれた料理一式。まさに作戦会議真っ最中だった私たちは、お言葉に甘えて二人、彼の部屋で食事をいただいていた。

 

テーブルを少し片付けて、偶然部屋にあった綺麗な布で簡単なテーブルクロスを見繕う。その上に、運んでもらったシチューとパンを載せて、カトラリーを揃える。席は向かい合わせ。お酒はいつものように、ロストウィングで造られたワイン。

 

「…いただきます」

 

お互い微笑みあったあと、そのタイムスリップな体験は始まる。クライブが慣れた手つきでスプーンを取り、シチューを掬うそのときから。

 

「……」

「……うん、うまい」

「……」

「……ジル?」

「…え?」

「食べないのか?」

「あ、……ごめんなさい。いただくわ」

 

見惚れている自覚はあっても、自分の手を止めている自覚はなかった。不思議そうに首をかしげるクライブをごまかして、私もスプーンを手にとり、シチューをいただく。口の中に野菜やお肉の甘さが広がって、無意識に頬は緩む。

 

それからもう一度、ちらりと前の人を覗き見る。「大罪人」などという呼ばれ方をする悪党様のものとは思えない、上品で美しい食べ方を。

 

(……綺麗)

 

「…うまいな。本当にこの、黒の一帯で採れた野菜なのかと思ってしまう」

「…、ええ。最近、安定して上質な作物が取れるようになったみたい。みんなが長い時間をかけて、隠れ家で土から育ててくれたおかげね」

「ああ。頭が上がらないよ」

「それもこれも、あなたが道を開いているからよ」

「俺は手伝うことしかしていないさ」

 

自分の家族……隠れ家の住民が作ってくれた野菜を、これでもかというくらい褒める様子はまるで、国民をこよなく愛する王様のよう。本人が「王」になることを望んでいないのは知っているから言わないけれど、クライヴにはやっぱり、人を愛し、人に愛される才能があると思う。

 

それに、もしかすると、彼の無意識な気品に満ちた振る舞いが、その魅力の底上げをしているのかもしれない。ちょっとした仕草も、人に接するときの態度も……私がいつもタイムスリップを感じてしまう「あの頃」と変わらない、上品な食べ方さえも。

 

「……ジル」

 

そんなことを考えながら、黙々とシチューを口に運んでいたときだった。気づけばクライブはその手をとめて、何だか嬉しそうに私を見つめていた。

 

「…? なあに」

「…君は、綺麗だな」

「え?」

 

思わず聞き返してしまったのは、クライヴが常日頃……特に日中や仕事中、そう言った言葉を使う人ではないのを知っているから。私がびっくりしていることに気づいたクライヴは、我に帰ったのか慌てたように「違う」と呟く。

 

「いや、違わないんだが……その、ごめん。言葉足らずだった。君の食べ方が綺麗だと思ったんだ」

「食べ方?」

「ああ」

 

普通だったらここで「なんだ、食べ方のことか」とがっかりするだろうか。だけど、彼に純粋に褒めてもらえたことの方が嬉しくて、私はついにこにことする。それも、今私がクライヴに対して思っていたことを褒めてもらえたものだから、喜びもひとしおだ。

 

「嬉しい。よかった」

「よかった?」

「ええ。お作法、忘れてしまったかもと思っていたから」

「ああ、そういうことか。大丈夫。あの頃の君のままだよ」

 

クライヴが微笑む。私はまた、タイムスリップする。十五のあなた。私にはまだ少し、お兄さんに見えたあなた。姿勢がよくて、決して人に当たらず、いつも礼儀正しかったあなた。ふとした仕草であなたは蘇る。フラッシュバックするように、思い出す。

 

私は、今のクライヴが一番好き。だけど、初めて本当に人を好きだと思ったあの頃の甘酸っぱい思い出は……きっと、何物にも代えられない。

 

(…ねえ、これだけは許してね、クライヴ)

 

「……、でも」

「ん?」

「体がおぼえているものね。子どもの頃に身につけた作法や仕草って」

「そうかもしれないな」

「…実は私も、今あなたを見て思っていたの。何て綺麗に食べるんだろうって」

「俺が?」

「そう。人のことを言えないのよ、クライヴ」

「…参ったな。意識したこともなかった」

 

まさか自分にブーメランが飛んでくるとは、本当に思っていなかったのだろう。

少し恥ずかしがるクライヴが愛おしくて、頬もほころぶ。

もしかするともう、不要な作法なのかもしれない。だけどそれでも、一通りのマナーを身につけさせて貰えたことは、家族に感謝せざるを得ない。彼とこうして笑い合えるのも、ひとつ、私にそんな過去があったからなのだから。

 

「……。でもな、ジル」

 

さて、そろそろ思い出話も終わりにしよう。一人心の中で区切りをつけていたとき。しばらく黙っていたクライヴが、何とも言えない嬉しそうな表情で私を呼んだ。

 

「…俺は、君が子どもみたいに、パンをシチューにつけて食べるのを見るのも好きだよ」

「! クライヴ」

「ははは」

 

つい頬を膨らませてしまったのは、それがいわゆる「はしたない食べ方」なのを、私も彼も知っているから。言い逃れができないくらい私もその頂き方が好きだし、クライヴがいつも合わせてくれているのも気づいてる。……だって、美味しいもの。ひたひたになったパンには、何物も変え難い幸せが詰まっているもの。

 

「もうクライヴ。意地悪を言わないで」

「すまない、意地悪のつもりじゃなかったんだ。君が嬉しそうなのを見るのが本当に好きだから」

「…美味しいでしょう? こう食べた方が」

「ああ、美味い。父上にも教えて差し上げたい」

「ふふ、そんなことをしたら、私はロザリスから追い出されてしまうわ」

「大丈夫さ。父上は意外とその辺に寛容だったから。きっと一緒に食べてくれたよ」

 

二人で、もしかするととってもくだらない、もしもの話で笑い合う。この温かい時間が生まれたことだけで、私はひたひたのパンが好きで良かったと思えてしまう。

 

「…じゃあ、クライヴ」

「?」

「はしたないのを許してくれるのなら……これはどう?」

「……。喜んで」

 

テーブルを挟んで向こうのクライヴに差し出したのは、フォークで刺したやわらかい牛のもも肉。一度やってみたかった「食べさせる」行為に、クライヴは身を乗り出して乗ってくれる。

器用にお肉を口で受け取ったあと、クライヴはもぐもぐと口を動かしながら笑顔で小さく「美味い」と呟く。その笑顔で私はもっと笑顔になる。この人を好きで良かったと……今感じるには大きすぎるかもしれない感情が、心をいっぱいにする。

 

「…ジル」

「何?」

「ひたひたのパンを食べ終わったら、少し踊ろうか」

「ふふ、もう酔ってるの? クライヴ」

「いや、ダンスも覚えているかどうか確かめたくなった」

「いいわ。喜んでお受けします」

「ありがとう、ジル」

 

踊ろう、なんて。この先何度聞けるかどうかわからない、クライヴのお誘いを噛み締めるように、私はワインを飲む。こうして彼と……やさしい気持ちで昔を想えるありがたさを、感じながら。

 

その夜。私たちは食事を終えた食器もきちんと片付けないまま、ふらふらと格好もつけずに踊った。ふたり、懐かしく口ずさんだ名前も知らない曲が、しばらく私の頭の中に流れ続けていた。

 

 

 

夢とワルツ

 

 


fin,