「生き延び、ちゃったね」
快晴のなかを、飛空挺がゆっくりと飛行する。デッキの上、勝利に沸く仲間たちの隅で、ティファはそう呟き苦笑いをしてみせた。
今こうして生きていることが、まるで予定になかったことかのような口ぶりに、俺は思わず立ち止まる。小さな声で言ったその本音は、おそらく他の仲間たちには聞かせることのできない気持ち。俺と……ティファにしかわからない思い。
「……生き延びれたな」
言いたいこと、わかるよ。そういう意味をこめて言葉をリフレインする。ティファは意味を汲み取り安心したのか、ほっと息をつき、苦笑いを少し和らげてくれた。
騒ぐ仲間たちが、俺たちに気を向けていないことを確認してから、デッキの手すりに寄りかかるティファの隣に立つ。ありがとうとティファが呟いた意味を、俺はわざわざ問いたださなかった。
「……」
「……」
「…変な感じがするの」
「…変な感じ?」
「うん。……今生きてるのが、変な感じ」
「……」
「…命を拾うって、こういうことを言うのかな。自分のものなんだけど、ふわふわ浮いてる感じがするというか」
俯きながら、ぽつりぽつりと話すティファを横目に、大きな声で笑いながら勝利を喜ぶ仲間たちを見る。それぞれが抱える、取り返しのつかない過去。だが、この日まで生き延びてしまったことを悔やむ奴はいても、この勝利の朝を不安に思う奴はいないだろう、と思う。隣にいる、ティファを除いて。
一度投げ打った命といえば、乱暴すぎるかもしれない。だが、その表現が少し、しっくりくるような気がした。
あの夜を越えた俺たちにとっては。あの夜を経験した、俺たちにとっては。
(……)
「…ごめんね、クラウド」
「……ん?」
「せっかく勝ったのに、だめだよね。みんなと一緒にいていいよ。私は大丈夫だから」
「……」
上手に作り笑顔を見せるティファ。その提案に抗うように、俺は手すりに背中を預け、もたれかかる。
それから、穏やかな気持ちのまま考える。いつかティファは、わかってくれる日が来るだろうかと。俺がここにいるのは、ティファに気を遣っているからじゃない。俺が……ティファの隣にいたいからだということを。
「……クラウド?」
「…白紙だな」
「……え?」
「…エアリスが言ってた。未来は白紙だって」
「……、」
「あの時は、よくわからなかったけど……こういうことなのかもしれないと、今思ってる」
「…クラウドも?」
「…ああ。俺も……みんなに拾ってもらったような気がする」
「……」
「…ここからは自分で決めろと、チャンスを貰ったような気がするんだ」
みんな。共に命を預けて戦った、ここにいる仲間たち。そして……ここにいない、大切な人たち。
しなければならないことが沢山あった。俺には、なしとげなければならない責任があった。世界を救うことも、ジェノバを……セフィロスを倒すことも、何もかも。自分の意思だけでは振り返ってはいけない理由が、俺には山ほどあった。
だけどその「目標」は、この晴れた空のように一夜で消え去ってしまった。戦わなければならない相手はもういない。立ち向かわなければならない脅威も、目の前にはない。俺は自由になった。俺たちは突然……自由の中に足を踏み入れることになった。
自由。それは、帰るべき場所を持たない俺たちには、手に余る権利なのかもしれない。
なぜなら俺たちは……俺とティファは、自由を求めて戦っていたわけではないから。俺たちは、ここまで生きてきた理由を……自由よりも尊い理由を、すでに、手に入れてしまっていたのだから。
「……ティファ」
大きな風が吹く。ティファは自分の髪を手でおさえながら、少し不安げに俺の方を見上げていた。
「…俺たちには、まだやらなくちゃいけないことがある」
「……やらなくちゃいけないこと?」
「うん。戦いを理由に、後回しにしていたことと……ちゃんと、向き合わなくちゃならない」
「……クラウド」
「俺はひとまず……それを目標に、生きてみようと思う」
「……。…もし」
「?」
「……もし、それが終わったら?」
「…ティファ」
「やるべきことが全部……なくなってしまったら?」
「……」
「命の使い方……また、わからなくならないかな」
命は道具ではない。人が生きるのに、理由なんていらない。自分のために生きていい。役目を終えた人間に生きる資格がないなんてことは、絶対にない。
俺はもう、この手の綺麗事がティファに通じないことをわかっていた。ティファが、俺が想像しているよりはるかに重い覚悟をしていることを知っていた。だから、ティファにはむしろ、逃げたい気持ちがあるのかもしれないとも思った。生きていくということは……下ろすことのできない荷物を背負い続けるということだから。自分で決めた覚悟から、逃れられないということだから。
ティファ、ごめん。俺は無神経なことを考えているのかもしれない。俺はまだわかっていないのかもしれない。浮かれて、いるのかもしれない。
あの夜。ティファと初めて心を通わせた時間。俺はあのとき、全ての願いが叶ったと思った。もう他に欲しいものなど何もないと、真剣に思った。ティファがここにいる。隣にいてくれる。手を伸ばせば、その手を繋いでくれる。これ以上の何を望めばいいのかわからないほど、俺は満たされていた。俺はこの時間のために今日まで戦ってきたのだと、腑に落ちた感覚がした。
あのとき感じた「終わり」は、確かなものだった。確かめた覚悟は本物だった。
それなのに……ティファの苦しみを知って尚、この手を離さずにいたいと願う俺は……強欲だろうか。
「……大丈夫だよ、ティファ」
俯くティファをまっすぐに見つめそう伝えると、ティファは引き寄せられるように顔をあげてくれる。
優しすぎるその人の瞳は、太陽の光を反射し、いつもよりずっと綺麗に見えた。
「…迷う時間なんてない。これから忙しくなるからな」
「……でも、」
「もし……本当に全て終わってしまっても、大丈夫だ」
「……」
「ティファの生きる理由なんて、俺がいくらでも作ってやる」
「…クラウド」
ずっと不安な表情をしていたティファが、困ったように微笑む。どうやら冗談と捉えたらしく、口元に手を当て、少しだけ笑ってくれた。
「…ふふ。……ありがとう、クラウド」
「……」
「そうだね。一緒、だもんね」
「…一緒だ。ティファには俺がついてる」
「…うん」
ようやく表情を緩めてくれたティファ。はにかんでから、もう一度俯く。今度のそれは、不安からくるものではなく、安堵に近いように感じた。
「……」
「……、」
そうやって、笑顔に一人安心していたとき。ふと、ティファが恐る恐ると、俺の肩に頭を預ける。慣れているわけもない、ティファからの甘えとも取れる仕草に動揺しつつ……これくらいなら許されるだろうと、俺も細い肩を抱き寄せる。
顔はあげられなかった。手すりに背中を預けているせいで、一度顔をあげれば最後、仲間たちと目が合うのが見えていたから。その代わり、俺たちは控えめに見つめあった。この先の未来がよく見えずとも……今、生きていることだけは、喜んでもいいはずだと確かめるように。
「クラウド、ティファ」
「!」
そうやっていたせいで、急に名前を呼ばれるまで気づけなかったのは、言うまでもない。
慌てて二人、体を少し離してから声のしたほうを見る。そこには、不思議そうに俺たちを見上げるレッドの姿があった。
「ごめん、お話ししてた? 邪魔しちゃった?」
「れ、レッド。ううん、大丈夫。どうしたの?」
「もうすぐウータイに着くってさ。みんな着陸する準備をしに、中に入っちゃったよ」
「…そうか。もう着いたのか」
「オイラも先に行ってるね。ユフィを見送らなきゃ」
「そうだね。ありがとう、レッド」
「どういたしまして。……あれ? ティファ」
「ん?」
「どうしたの? 泣いてるの?」
「…ううん、違うの。風が強くて、涙が出ちゃっただけ。ありがとう」
「それならよかった。クラウド、ティファをよろしくね」
「……ああ」
レッドがゆらりと炎の灯る尻尾をゆらし、俺たちに背中を向け歩き出す。
そんな仲間の背中を見つめながら、ティファは隣でこっそりと涙を拭う。
「……ティファ。俺たちも行こう」
「うん、わかった。……、あ」
「ん?」
「く、クラウド。恥ずかしいよ」
「何が?」
「その……手。握ったまま」
いっしょに行こうと引いた手を見つめながら、ティファは慌てたように言った。俺たちを繋ぐのは、しっかりと指を絡めた手。恥ずかしいと言いながらも、振り解こうとはしないティファの優しさを感じつつ……俺はその綺麗な赤の目を見つめる。気持ちがちゃんと、届くように。ここからはもう、後悔しないように。
「…繋がせてくれないか、ティファ」
「……、」
「…もう、離したくないんだ」
ティファの瞳が大きく見開かれる。大きくて強い風が飛空艇のデッキに入り込んでくる。
それでも俺たちは、揺れたりしなかった。繋ぎ止めてくれる人が、ここにあったから。
「……うん。クラウド」
明るい笑顔を見せたティファが、俺の隣に駆け寄ってくる。俺たちは歩き出す。何が待っているかわからない、白紙の未来の中へと。不安がないなんて、怖くないなんて、格好をつけたことは言えない。それでも歩き出せる。ちゃんと目の前に、道はある。
奇跡と、運命と、残された使命によって拾われた命を抱えて、俺たちは地上へ降りた。そこには、決められたものなんて何もなかった。自由は、どこまでもまっすぐ平らに、広がっていた。
続きのはじまり
(まだ終わりは、なくていい)
fin,