「わ、雨だ」

 

待ちに待った、ティファと一緒に帰れる下校時間。待ち合わせて、いざ二人で校舎を出ようというときに、邪魔者は存在を明らかにする。その名は雨。こいつは傘という、大きなバリアを俺たちに持たせ、手も繋げない物理的な距離感をもたらす。

 

「…予報にはなかった」

「そうだよね……クラウド、傘持ってる?」

「…一応折り畳みがある。ティファは?」

「私、教室に置いてきちゃった。取ってこないと」

 

ちょっと待っててね。そう言って、踵を返そうとするティファ。とっさにその腕を掴み、静止させてしまったのは何故だろう。

 

「クラウド?」

 

首を傾げ、きょとんとこちらを見るティファに、俺はほとんど反射的に答えた。

 

「…いい」

「え?」

「…俺ので、帰ろう」

 

それを人は相合傘と呼ぶのだと、目の前でティファがはにかんだときに、思った。

 

 

 

 

 

ぼつぼつという大粒の雨が降る。いつもは人で賑わう河川敷も、この雨だと流石に人一人いない。

 

ティファを傘の中に招き入れ、一緒に歩き始めてから十分は経過した。もう通り雨とは呼べなさそうな空に、天気を予報するのも大変だなと、ひとごとのように考える。

 

そんなふうなことを思う余裕があるのは、今の満足な状況のおかげだ。俺の右隣にはティファ。雨に濡れないように、というより、二人がちゃんと傘に入れるように、こちらに寄り添ってくれている。ティファの見えないところで、俺の左肩は雨に当たってずぶ濡れではあるが、そんなことは正直どうでもいい。

ティファが濡れずに済むのなら、風邪をひかないで済むのなら、なんだっていい。

 

俺が偶然持っていたのが、折りたたみの小さな傘でよかったと、心底思う。さっき、散々雨に文句を言ったところではあるが、このふたりの距離感は間違いなく、この小さな傘によって生み出されているものだから。手こそ繋げないものの、屋外なのにふたりきりという感じがして、いつもよりティファを近くに感じる。

 

「雨、すごいね」

「……ああ」

 

ふと聞こえたティファの呟きに、この状況に満足し、ぼうっとしていた頭を起こす。すぐ様子をうかがったが、雨を疎んでいるというよりは、ティファもこの状況を少し楽しんでくれているように見えた。

 

「傘持つの、変わるよ?」

「大丈夫だ。ありがとう」

「こちらこそ」

「…寒くはないか?」

「うん、平気だよ」

「…そうか」

 

(……)

 

ティファはずっと、にこにこしている。自惚れでなければ、この状況をティファも楽しんでくれている。それが嬉しくて、ついティファの見えないところで俺も口元を緩める。足元こそ悪いし、まとわりつく湿気も気持ちのいいものではないが、それでも、この帰り道がずっと続けばいいと願ってしまう。誰の目からも、誰の声からもティファを隠せるこの時間が……ずっと。

 

「……」

「…ティファ」

「ん? なに……」

「……」

 

道の真ん中で、俺たちの足は止まる。

前置きなく贈った口付けを、ティファは優しく受け止めてくれる。

 

「……」

「……」

「……。クラウド」

「…うん」

「…き、急だよ……」

「……ごめん」

「……」

「……。ティファ」

「…ん?」

「…もう一度、いいか」

「……、…うん」

 

ティファが瞼を閉じてくれたのを確認してから、俺は再度身をかがめた。

俺たちの耳に、傘が受け止める雨音だけが届き続ける。外にいるのに、ここが外ではないように感じる状況が、俺と……多分、ティファの背中も押す。

 

「……」

「……」

「……。へへ」

「……」

「…外で、しちゃったね」

「……うん」

「……、そ、そろそろ進む?」

「…ああ」

「……ふふ」

「?」

「私の方を見てたら、前に進めないよ」

「…それなら、進まなくていい」

「もう、クラウドったら」

 

恥ずかしそうに笑うティファに、ただただ見惚れる。さりげなく組んでくれた腕。そんなティファに導かれるように、ようやく前に向かって進み始める足。

 

(…好きだ)

 

今はもう、それ以外の感情が生まれてこない。このままティファのそばにいたいという願い以外、何も。

 

 

雨のせいか、相合傘のせいか。それとも、帰り道を一秒でも長く延ばしたいと願った、自分たちのせいか。俺たちの帰宅時間は、想定より大幅に遅れた。いつもこうあるのなら、突然の雨も悪くないと、俺は無責任なことを考えながら、家に戻るティファの背中を見ていた。

 

雨はやはり、通り雨だった。役目を果たした雨雲は、気づけば知らない間に、どこかに消えていた。

 

 

 

 

 

ときに空は空気を呼んだ

 

 

 

 


fin,