「ネックレス」

 

思わず、目で、肌で認識したそのものの名前が声に出た。まさか自分の首に、夜遅いこの時間にかけられるとは思っていなかったから、思わず。

 

真夜中の寝室の中にある、わずかな月明かりさえも反射する、シルバーの華奢なペンダント。まだ下着しか身につけていない私の、胸の谷間にさしかかるところに収まったそれは、とても美しい。これが何なのか、どんな理由でここにあるのかを尋ねる前に口元は緩む。予告なく贈られた贈り物に、どうしたって心は喜びを隠せない。

 

「…綺麗」

 

私がそう呟いたのと同時に、肩にふわりとかけられた毛布。そんな毛布ごと私の体を包み込むのは、ネックレスの贈り主の逞しい両腕。こちらの機嫌を伺うように顔を覗き込んできたクラウドは、私が笑顔であることを確認したあと、目を細めた。

 

「…気に入ったか?」

「うん。……これ、私に?」

「他に誰がいるんだ」

「ふふ、ありがと。……でも、どうして?」

「ん?」

「珍しいから。クラウドがこういうの、理由なく買ってくれるの」

「……そうか?」

「そうだよ。……あ。何か、欲しいものでもある?」

「…そんな、邪な手は使わない」

「あはは」

 

不服だと言わんばかりに、クラウドが私の肩に額をぐりぐりと押し付ける。その、かわいらしい痛みを笑いながら、つい思い出すのはフェンリルのこと。誰かに話すとみんなクラウドを責めてしまうので他言しないけれど、クラウドには“そういうところ”がある。そして同時に私にも……クラウドの甘えやわがままを無視できないような、“そういうところ”が、ある。

 

「…それ」

 

しばらく黙っていたクラウドが、口を開く。きっとここからクラウドの「おねだり」が始まるのだろう。私は、自分の心が恥ずかしながら少しワクワクしているのを感じつつ、耳を傾けることにした。

 

「ん?」

「…店に立っている間、つけてほしい」

「お店?」

「うん」

「…どうして?」

「……。もうすぐ夏だ」

「? うん……」

「…ティファが、薄着になる」

「そりゃあ……暑いから」

「…わかってる。……だから、つけていてほしい」

「……あ。わかった」

「?」

「夏場につけたらひんやりする効果がある……とか?」

「……。そういうことにしてもらっていい」

「…絶対違うじゃない」

 

笑いを堪えきれなくなったクラウドが、私から顔を隠す。笑ったら悪いと思っているのだろうけど、いっそ笑ってもらった方が恥ずかしくない。照れ隠しに頬を膨らますけれど、クラウドは何とも嬉しそうな顔でこちらを見つめるばかり。

 

「…虫除けだ」

 

だから、すんなりと出てきた答えに、目をぱちくりとさせてしまった。

 

「むし……?」

「ああ。虫」

「…虫に刺されないように?」

「……まあ、そういうことだ」

「……。クラウド、悪い顔してるよ」

「…ティファが鈍感なのが悪い」

「あ。人のせいにするんだ」

「……。ごめん」

「ふふ……うそうそ、怒ってないよ」

「…ティファ」

 

ごめんね、だろうか。ありがとう、だろうか。ほっぺたにくれる口付けは、相変わらず柔らかい。

 

戦うとき、あんなに荒々しくなる人だとは思えないほどの優しさに、心はまだくすぐったさを感じる。この柔らかさを知っている人は、多分自分と家族だけだろうと思うと、また別のざわめきも感じるのだけれど。

 

笑って身をかがめたとき、視界の端で、ペンダントのシルバーがきらりと揺れた。クラウドが、大好きな人がくれたものが自分を守ってくれているという自覚は、じわりじわりと胸を焦がす。

 

(……)

 

誰かに言うことはない。自慢をするわけでもない。私だけが知っている。ネックレスの本当の意味も、クラウドの想いも、真夜中の今過ごしている、ふたりきりのこの時間も。

 

「…クラウド」

「ん……?」

「…なるかなあ。むし? 避けに……」

「……。これじゃ、足りないか?」

「……足りない、かも」

「……どこに欲しい?」

「……。どこに、つけたい?」

 

まるで獲物を見つけた狼の如く、目の色を変えたクラウドが、私の首筋に顔を埋める。挑発して、食べられて、明日の朝後悔するのは自分だってわかっているのに、抵抗もせず受け入れてしまうのが、私の甘いところだ。クラウドに対して? ううん、私自身に対して。

 

ひとつ、ふたつ。順番に咲いていく、赤いキスマークに身を委ねる間、私は指でペンダントに触れていた。罪深いなあ、なんて。まだ、背伸びしないと使えないようなセリフを、ぽつり心で呟きながら。

 

 

 

 

 

ポインテッドトゥ

 

 

 

 


fin,