「寒くないか」
隣でくたりと横たわるジルに、シーツをかけながら声をかける。触れた、細い肩は冷たい。恐らく先ほどまでの汗が冷えてしまったのだろう。ジルの答えを聞く前にシーツを首元まであげてやれば、彼女は眠そうにしながら微笑んでくれた。
「…ええ、ありがとう」
安心し切ったような、柔らかい笑顔に心をほだされながら、彼女の肩をシーツごと抱く。少し強引に抱き寄せれば、ジルは合わせるように俺の体に寄り添ってくれる。ベッドの上、直接重なる生身の肌が心地いい。ジルの、ジルらしい控えめな体温が、火照った俺の熱を緩やかに冷やしてくれる。
「…ねえ、クライヴ」
こうしてジルをずっと抱きしめていられたら、どれだけ心地よく幸せだろうか。疲れ切った脳が、馬鹿なことを考え始めた頃、しばらく黙っていたジルに小さく名前を呼ばれる。
「…ん?」
彼女の顔を見るため、少し腕の力を緩め覗き込む。ジルはその美しい瞳を何度か瞬きさせながら、俺を上目で見ていた。
「あのね。ずっと気になっていたのだけれど」
「…なんだい?」
「私の体温は……他の人のそれよりも、低いのかしら」
ジルがそっと俺の胸板に触れる。そこから伝わるひんやりとした熱。思わず温めてやりたくなる体温で、反射的にその手を取る。おそらく、ジルの体温よりも一、二度高い俺のそれは、彼女には少し熱すぎるのではないかと思ってしまった。
「…そうだな」
「……」
「俺は、君以外の人にこんなふうに触れたことはないが……少なくともジョシュアと比べると、随分低い気がする」
「…そう」
何か、悲しい気持ちにさせてしまっただろうか。視線を落としたジルの様子を恐る恐る伺い続ける。だが、ジルは落ち込むような素振りは見せず、どこか納得したように一人、何度か柔く頷いた。
「……ジル?」
「…あ、ごめんなさい。……少し仮説を立てていたのだけれど、あながち間違っていないかもと思って」
仮説? そう尋ねながら、美しい人の頬を撫でる。
するとジルは嬉しそうに、答えを教えてくれた。
「あのね……もしかすると、ドミナントはその召喚獣の影響を、体質にも受けるのかもしれないと思って」
「…召喚獣の影響?」
「ええ。たとえば、あなたなら炎。私なら、氷」
「……体温差か」
その通り、とジルが笑顔になる。それを傍で見つめられることが、俺にとって何よりもの褒美となる。だけどジルは俺がそんなことを思っていると知らず、いきいきと話を続けた。
「あなたと一緒に眠るようになってから、思っていたの。私たちの体温は、まるで召喚獣のそれみたいだって」
「…確かに、俺も無意識に思っていたよ。君に触れてようやく、自分の体温が高いことに気づいた」
「ふふ、そうね。私からすると、あなたはいつも熱があるんじゃないかと思うくらい」
「俺だってそうだ。君を抱くたびに、どこか体調でも悪いのかと、最初はいつも不安になる」
「それは、困ったわね。こんなに元気なのに」
「…全くだ」
お互いの、お互いを想う気持ちが嬉しくて、俺たちは額を合わせて笑い合う。
確かに、ジルの言う通りかもしれない。こうして合わせた額でさえ、かなりの体温差を感じる。もともと自分の体温が高く、ジルの体温が低かった可能性だってもちろんある。だが我が身同然ともなった召喚獣の力が、体に全く影響がないほうが、むしろおかしいかもしれない。
そう思うと、ジルには言えないことを思い浮かべてしまう。俺が、君を温めてやれる火の召喚獣でよかったと。他の誰でもなく……俺が、それであってよかったと。
(…なんてな)
自分もまだまだ、独占欲の強い子どもだ。
そう一人、自らに呆れていたときだった。ジルの口から、思ってもいない言葉が飛び出したのは。
「…だけど」
「……?」
「もし、そうだったら……素敵ね」
(……ジル?)
思わず、目を見開いた。目の前のジルは、そんな俺に気づくことなく、ただ静かに寄り添うだけ。その穏やかな様子から見るに、自分が意外な発言をしたという自覚はなさそうだ。
(…素敵、か)
俺は知っている。ジルが、自身がドミナントであることを快く思っていないことを。自身を獣と認識し、自傷するようにその姿を忌み嫌っていたことを。
だからそんな彼女から、ドミナントであることを肯定するような感想が出てきたことに、驚いてしまった。それが些細なことであったとしても、彼女がこんな優しい表情をしてシヴァを想う姿など、見たことがなかったから。
「…クライヴ?」
「……ん? ああ、すまない。何でもないよ」
もしかすると、真顔にでもなっていたかもしれない。ジルに、不思議そうに名を呼ばれて我に帰る。彼女はおそらく、本当に無自覚だったのだろう。何でもないことを強調するように額にキスをすれば、満たされた顔をしてくれたから。
(…俺は、気にしすぎだな)
ジルは強い。それを、お前は知っているだろうに。
「…ごめん、ジル。少し驚いたんだ」
「驚いた?」
「ああ。…君はどうして、素敵だと?」
ごまかすことでもないと思い、そのままジルに尋ねる。
ジルは目の輝きは変えず、優しく目を細め答えてくれた。
「だって、嬉しかったの」
「……?」
「この凍った体を温められるのは、あなただけなんだと思ったら……嬉しかったのよ」
「……ジル」
そう言って、ふわりと笑って見せたジルに、心の中で何かが込み上げてくるのを感じた。
そんな彼女につい、衝動的に口付けを送ると、ジルは少し驚きつつも受け止めてくれる。
キスを通じて、また俺たちの凹凸のある体温が混ざり合う。俺は、確かにそのことを……嬉しいと感じる。
(…そうだ)
ジルが肯定しているのは、きっとジル自身ではない。俺だ。ジルは俺の存在を、許してくれようとしているんだ。
なあ、ジル。君はどこまで……どこまで、あたたかい人なんだろう。そんな君に、俺は何を返してやれるのだろう。
「……、…ジル」
「……?」
長い口付けのあと、俺は重い身を起こし、惚けた様子の彼女に覆い被さる。ジルは何かを悟ったように深く息をつき、俺の首に細い腕をまわす。
「…ジル」
「…なあに、クライヴ」
「…君だってそうだ。君が俺をそう言ってくれるように……俺にとっての、君も」
「……」
「…俺のこの、火照った熱を受け止めて、癒してくれるのは……この世で君だけだ、ジル」
「……クライヴ」
ジルの心に届くように、しっかり目を見つめながら言葉を伝える。俺の言い慣れない歯の浮くような台詞に、ジルは最初驚いたように見えたけれど、そのあとすぐ悪戯っぽく微笑んでくれた。
「…クライヴ、もしかして……」
「……」
「…いま、口説いてる?」
「……」
思わぬ冗談にまたやられ、俺はつい破顔する。一世一代の告白は、どうやら簡単には受け取ってもらえないらしい。
「…、そうだよ。そんなところだ」
「ふふふ、」
「ちょっと背伸びしすぎたか」
「いいえ、違うの。ごめんなさい。私が照れてしまったの」
「君みたいにもっと、自然に言えたらいいんだが」
「あなたはもう十分素敵よ、クライヴ」
一瞬流れた、甘い空気はどこへやら。俺とジルは、しばらくそうやって、声を殺して笑い合う。
笑って、話して、時々口付けをして。そんな時間を過ごしながら、俺は伽話のようなことを願ってしまった。この時間がいつまでも続けばいいのに。俺たちが、俺たちのために立てたこの仮説が、本当のことだったらいいのにと。
だけど、この真実はきっと、誰かに伝える必要なんかない。君と俺が、俺たちを信じ、想っているだけで、いい。
話し疲れて眠ってしまったジルの髪を撫でながら、俺は一人、夜の闇に包まれ考えていた。
いつか、召喚獣という概念が消え、俺たちが人間に戻ったそのときは……ただ純粋に人として、この体温を君と、分け合ってみたいと。
つがいの庭
(そのとき僕らは、何者でなくてもいいから)
fin.