「わ! これ、久しぶりだね、ティファ!」

 

マリンにそう言ってもらうことを、期待していなかったといえば嘘になる。かつてのセブンスヘブンの裏看板メニューである、まかないグラタン。バレットを寝ずに待ちたいマリンのためにときどき作っていた、ある意味での得意料理。

 

「あ、覚えてる?」

 

確信犯であることを半ば隠さずに、行儀良くテーブルについてくれたマリンの前にお皿を置く。嬉しそうに何度も頷いてくれるマリンを見て、胸の中で広がるのは喜び。ほかには懐かしさとか、温もりとか、ちょっぴりの切なさとか。

 

「うん! ティファのグラタン大好き」

「前と味、あんまり変わってないといいんだけど」

「変わっててもきっと、美味しいよ〜」

 

私とマリンは、きっと同じ景色、同じ思い出を想像して微笑み合う。

 

だけどこの場に一人、そんな私たちの様子を不思議そうに伺う人がいる。同じくマリンの隣に行儀良く腰掛けて、料理をわくわく待ってくれる、もう一人の大切な家族が。

 

「…グラタン?」

 

クラウドは、首を傾げながらそう呟いた。恥ずかしながら、生まれて初めて食べてもらうことになる、手作りのグラタンを目の前に。

 

「あれ? クラウド、食べたことなかったの?」

「ああ」

「すっごく美味しいんだよ! ティファがね、魔法みたいにね、ぱぱっと作っちゃうんだ」

「あはは、ありがとうマリン」

「…そうか。マリンはよく、作ってもらっていたのか?」

「うん! とーちゃんを待ってる間!」

「……そうか」

 

クラウドが穏やかに微笑む。それから私に視線を移す。今度はなぜか、どこか切なそうに目を細めながら。

 

(……?)

 

「…いただきます」

「いただきまーす!」

「あ、うん。どうぞ、めしあがれ」

 

一瞬、気になる素振りを見せたクラウドは、まるで気のせいであったかのように食事の挨拶を済ます。マリンもその真似をするように大きな声で続く。そんな二人を前にして、私はいま、笑顔以外の表情になることはできなかった。

 

一生懸命、あわてて食べようとしてしまうマリンと、無言で……だけど確かに上機嫌な様子で食事を進めるクラウド。家族となった大切な二人の食事風景を見つめることは、今の私にとって、かけがえのない幸福な時間だった。

 

 

 

 

 

 

 

「……俺も欲しい」

 

クラウドがぼそり、そんな言葉を呟いたのはベッドの上。夜、ふたりきりの時間が訪れて間も無くのことだった。

 

一体何の話をしているのだろう。様子を伺おうと、私を座ったまま背中から抱きしめ動かない、クラウドの横顔を覗き見る。こっちを見て欲しくて前髪に触れたら、クラウドはなぜか拗ねたような目をしたまま私に視線をくれた。まるでさっきの、食事前のような。

 

(…あれ?)

 

「…クラウド?」

「……ん?」

「…何が欲しいの?」

「……。…料理」

「料理?」

「……うん」

「クラウド、まだお腹減ってるの?」

「…違う」

 

(あ、笑った)

 

ぎゅうと強まる、私のお腹に巻きつけられたクラウドの腕の力。正解ではなかったけれど、間違いでもないらしい。楽しそうにこちらを見てくれるようになったクラウドに体重を預けながら、彼の答えに耳を傾ける。返事が返ってくる前に、どうやったら願いを叶えてあげられるだろうって考える準備をする、どうしようもない自分に気付きながら。

 

「……料理だ。ティファの料理」

「…私の?」

「うん。俺にとっての、ティファの料理」

「……というと?」

「…マリンにとっての、グラタンみたいな」

「……」

「……」

「…あ、もしかして」

「……」

「定番料理……みたいな?」

「…うん」

 

上手な表現が見つからなかったけど、どうやらクラウドの考えにたどり着けたらしい。恥ずかしさがあるのか、クラウドは再び目を逸らす。代わりに柔らかく、私に頬擦りをしながら。

 

マリンにとってのグラタン。なんてことないけれど、私とマリンの思い出を繋ぐ料理。

 

拗ねたような……言い換えると、羨ましそうな目をしていたクラウドを想ってピンときた。クラウドはもしかすると、そういうものが欲しいのかもしれないと。私とクラウドふたりの思い出になる、そんな料理が。

 

「…ふふ」

「…何だ?」

「ううん。私も作れるようになりたいな。クラウドのお気に入りの料理」

「……うん」

「ね。今のところ、何が一番美味しかった?」

「…どれも美味い」

「もう、それじゃ話が進まないよ」

「ん……そうか」

「じゃあ、クラウドはお魚とお肉、どっちが好き?」

「どっちも好きだ。ティファが作ってくれるなら」

「もー。クラウド?」

「…すまない」

「あはは」

 

ふたりで、おでこをくっつけあって笑い合う。しょうがないなあ。これじゃあずっと、どれがお気に入りかわからないじゃない。そんな、愚痴なのか惚気なのかもわからない文句を、胸の中でわざとらしく呟いて。

 

だけどね、私も思うんだ。これから家族として一緒に生活する中で、いつか気づけたらいいなって。

 

特別に好きな料理を食べるときに目を輝かせるクラウドとか、本当は苦手な食材を口にするとき眉間に皺を寄せるクラウドとか。クラウドに教えてもらわずとも、わかるようになれたらって思うの。あなたの好きな料理。あなたと私を繋ぐ、そんな料理が。

 

「…ね、クラウド」

 

くすくすとひとしきり笑い合ったあと、クラウドに囁く。ただの仲間ではなく、家族としてそばにいてくれることを選んでくれた、大好きな人に。

 

「ん?」

「覚悟しててね」

「…覚悟?」

「うん。たくさんご飯を食べる覚悟」

「…それなら、喜んで」

「ほんとに? 私、たっぷり作るからね」

「ティファも、俺を舐めないほうがいい。店に出す分まで食ってやる」

「ええ? それは困るよ」

「…管理はしっかりな」

「先が思いやられますなあ」

「ふ……」

 

クラウドが幸せそうに、くったくのない笑顔を見せる。その光景は、私の胸の奥をぎゅっとする。今だけは全てのことを背中からおろし、この人に幸せでいてほしいと願ってしまう。あわよくば自分さえ、この人の隣で幸せでいたいと……思ってしまう。

 

 

 

 

シチュー、ハンバーグ、オムライス。思いつく限りの料理を口にして、わくわくとしたまま、クラウドはこの夜眠りについた。私はその、あどけない少年のような寝顔をいつまでも見ていた。まるで見守るように、願いをこめて、ずっと見ていた。

 

 

 

spoon.

 

(ねがいごと、ひとすくい)

 

 


fin,