「ええ」

 

クラウドが大変だ。旅の途中に立ち寄った村の宿。今日は早めに寝て疲れを取ろうと思った矢先に、ユフィが私を呼び出した。大変だと言う割に嬉しそうだと勘ぐりつつ、彼女のあとについていく。クラウドが「大変」なのを認識したのは、連れて行かれた先、村の小さな酒場で、カウンターに突っ伏している姿を見たときだった。

 

「ええ?」

 

おお、ティファ。やっと来たか。待ってたぞ。口々に言うのは、クラウドを「突っ伏させた」犯人に違いない男性陣。バレットもシドも顔を真っ赤にしているあたり、この人たちも相当飲んでいる。お酒の飲めないユフィが一体どうしてこの場にいるのかという疑問は置いておいて、かわいそうに、潰されてしまったクラウドに近づく。そっと背中をさすれば、クラウドはわずかにうめき声をあげた。

 

「もう。どれだけ飲ませたらこうなるの?」

「ちげぇぞティファ、誤解だ。オレたちはいつも通り飲んでただけだ」

「そうだそうだ! オレたちが何したってんだこの野郎!」

「ティファ、クラウドってこんなにお酒弱いの? 前途多難じゃん、大丈夫?」

「んん?」

 

みんなが何の話をしているのか、いまいち掴めないまま首を傾げる。クラウドがお酒が弱い? そんなふうに思ったことは一度もない。この旅の途中で何度か一緒にお酒を飲んだけど、顔色ひとつ変えずにいたはず。だけど(半数以上酔っ払っているとはいえ)三人が口を揃えて「クラウドが弱い」というなら、そうなのだろう。体調でも悪かったのだろうか。ますます心配に思いながら、微動だにしないクラウドの背中を撫で続ける。

 

「…ってなわけで」

「ん?」

「あとはヨロシクーっと!」

 

しまった。罠だ。

そう悟ったのは、シドが有無を言わさぬ早さでこの場から立ち去ろうとしたときだった。

 

「え? シド?」

「ティファ、勘定は済ませてあっからな。クラウドのこと頼んだぞ」

「バ、バレット、」

「ティファ、わかってあげて。クラウド、きっとティファと二人で飲みたいんだよ! 酔っ払ってまでさ」

「もう、ユフィ。それ嘘でしょう」

「ええっ? ほら、心の声が聞こえてこない? ユフィちゃんには聞こえるぞ。ふたりきりになれるチャンスだ、ティファに介抱してもらえるなんて本望だ……!」

「………、ユフィ…………黙ってくれ…………」

「おろ? 起きてんじゃん」

「クラウド、」

「じゃ、あとよろしくねー。アタシほら、まだ子どもだから、こんなところにいちゃいけないの! じゃ!」

「ちょ、ユフィ! ……もう」

 

一体何が、どうなっているというのか。

私が来て早々「待ってました」と言わんばかりにクラウドを置いて離散する仲間たち。何もかも「クラウドを置いていく」理由になってない。大方、酔っ払って潰れたクラウドの面倒を見るのが億劫だったのだろう。クラウドと二人、ぽつんと取り残された酒場で、私は小さくため息をつく。

 

(…それにしても)

 

心配である。クラウドがお酒に負ける、なんて。

 

「…………さいあくだ……」

「…クラウド?」

「……」

 

(…最悪?)

 

背中を撫で続けていたら、ぽつりと聞こえたクラウドの声。未だ顔は上げてくれないけれど、意識はあるらしい。

クラウド。もう一度名前を呼びながら、私もクラウドの隣の椅子に座る。突っ伏す顔を覗き込めば、クラウドは観念したように顔を少しこちらに向けて、私と視線を合わせてくれた。

 

「…クラウド」

「……。…ティファ……」

「大丈夫? ……じゃ、ないよね」

「……。……本当に、すまない」

「いいよ、気にしないで。気持ち悪い?」

「…今は、……まし……」

「そう、よかった。……あの、すいません。お水もらってもいいですか?」

 

バーテンダーさんにお水をお願いしながら、クラウドの背中をさすり続ける。それが功をなしたのか、辛そうにこちらを見ていたクラウドも、少しずつ表情が和らいできた気がする。今、私を見つめるのは、お酒に飲まれた人特有の熱のこもった瞳。こんなふうなクラウドを見るのは初めてだから、何だか新鮮な気もするし……少し、どきどきもする。

 

「…はい、クラウド。お水飲んだほうがいいよ」

「うん……。…すまない……」

「いいよ。でも本当、珍しいね。クラウドが酔っぱらっちゃうなんて」

「…………」

「よっぽど強いの飲んだのかな……。クラウド、カクテル飲んでも平気なのにね」

「……。……違う」

「ん?」

「……違うんだ……」

「なにが?」

「……。……平気、だったのが……違ったんだ……」

「……?」

 

ぽつり、ぽつりと言葉を発するクラウド。平気が、違った? どういうことだろう。

ごめんね、もう少し詳しく教えて? そういう意味をこめて首を傾げると、彼は苦しそうにゆっくり上体を起こす。そのままぐらりと横に倒れそうだったのを支えれば、こっちに体重を預けてくれた。

 

「…クラウド?」

「……」

「…何が違ったの?」

「……。……」

 

クラウドは、私に頭を預けたままうっすらと瞼を持ち上げる。どこか不服そうな表情を見るに、その「違った」ことは、彼にとって良いことではないらしい。

 

「……。…乗り物、」

「…乗り物?」

「……俺は、……乗り物が、だめだ」

「? うん、そうだったね」

「……自分を、取り戻してから……それを、思い出した」

「ふふ、うん。そんなことあるんだって、びっくりした」

「……。…同じだった」

「?」

「…酒も……。……同じだった」

「……」

「……。…最悪だ……」

「……あ。もしかして、クラウド……」

「……」

「本当は、お酒……弱いの?」

「…………」

 

クラウドがいよいよ、苦虫を噛み潰したような嫌な顔をする。どうやら図星のようだ。返答はないけど、その分顔に「そうです」って書いてある。「最悪だ」って書いてある。

 

クラウドが本当の自分を取り戻したあと、一番みんなに驚かれていたのが、実は乗り物が大の苦手で、ユフィ並にすぐ酔ってしまうことだった。本人曰く、義人格のときはザックスの姿を真似ていたこともあり「酔い」なんて気にならなかったらしい。それが戻ってきてから蓋をあけると、こうである。バギーの後部座席なんて乗れたものじゃないと、以前涼しい顔で乗っていたクラウドは顔を真っ青にしながら言っていた。

 

クラウドは言った。お酒も同じだった。つまり、これまで涼しい顔で飲んでいたお酒が、実は、苦手だったということ。

 

(……)

 

「…ク、クラウド」

「……」

「大丈夫だよ。お酒くらい、飲めなくても何とかなるから」

「……、」

 

落ちこんでいたクラウドが、ゆっくり私に目を向ける。その視線には「大丈夫じゃない」というメッセージが、わかりやすく刻まれている。

 

「……だめだ」

「え?」

「…これは、……だめなんだ」

「…どうして?」

「……これじゃ、……ティファの隣に……立てない」

「……」

 

(…私の隣?)

 

きっと、今、何か特別なことを言われたような気がした。だけど、クラウドが酔っぱらっているという事実もあって、心はその言葉をうまく処理しないまま放置する。何て返してあげるのがいいのかわからず、私はただ彼の背中を摩り続ける。

 

隣? 私の? 私はすでに、隣にいる。じゃあ……どういう意味の、隣?

 

「お客さん」

「! は、はい」

「そろそろ店、閉めるけど」

「あ、すいません! すぐ出ます」

 

クラウドと言葉を交わしているうちに、閉店の時間になってしまったらしい。もうお金は支払ったとバレットが言っていたから、あとはクラウドを連れてお店を出るだけだ。

 

「クラウド、外に出よう。立てる?」

「ん……」

「ほら、つかまって」

 

私は、相変わらずふらふらしているクラウドの腕をとり、自分の肩にかける。それから一緒に立ち上がる。クラウドは想像通り重いけれど、自分の足でなんとか立とうとしてくれているのか、そこまで負荷はない。

 

「っよいしょ……」

「お姉さん、大丈夫? お兄さんも」

「はい、大丈夫です。ごちそうさまでした」

「おー、気をつけて帰んな」

「ありがとう」

 

お店の人に、なんとも恥ずかしい感じで見送られながら、私たちは外に出る。クラウドが力を振り絞るように振り返り、お店の人に会釈をしたのを見て、こっそり微笑ましく思いながら。

 

私たち二人を待っていたのは、いつの間にか人々が寝静まった、ひんやり静かな夜の空気。天気もいい。街灯がほとんど消えているからか、ふと見上げた夜空には、星が鮮明に見えるような気がした。

 

「…クラウド、見て」

「……?」

「ほら、空が綺麗だよ」

「……」

 

気分が悪いのだから当たり前だけど、下を向いてとぼとぼと歩いていたクラウドに、上を見ることをお勧めする。クラウドは一度私の顔を見てから、ゆっくりと視線を夜空へ移した。

 

(あ……)

 

美しい青緑の瞳に、きらきらと星空が映り込む。私はつい、数秒間……その瞳に、見惚れる。

 

「……。…本当だな」

「…、……ね。綺麗だよね」

「ああ……」

 

クラウドの視線がゆっくり、今度は私に戻る。星空を吸収した瞳はいまだ美しく瞬いていて、私はまた、目が離せなくなる。

 

視線は絡む。穏やかに、だけどお酒の力で……どこかに、熱も込めて。

私たちは急に、自覚する。今自分たちが、ふたりきりだということを。

 

「、あ……、ごめん」

「……。…いや」

 

耐えきれず、視線を逸らしてしまったのは私だった。クラウドが至近距離にいることもあって、心臓の方が耐えきれなくなってしまったから。謝ってしまったことも、本当は意味はない。意味をつけるとしたら、目を逸らしてしまったことだ。いい雰囲気だったのに、と、脳裏で意地悪な私が囁く。

 

私はすでに知ってる。クラウドのくれる甘い視線も、甘い声も。

私はもうわかってる。クラウドに抱きしめてもらう心地よさも……唇の柔らかさも。

 

だからこそ、飛び込むのに躊躇してしまう。いつも目の前にあるのに、逃げてしまう。

着実に進みつつあるクラウドとの関係に、心がまだ、追いついていないから。

 

(…道のりは、険しそう)

 

「…ティファ」

「……?」

 

クラウドの柔らかい声に呼ばれて、想いに耽っていた自分を取り戻す。ちらりと横目で見たクラウドはすでに前を向いていて、酔っ払いさんの顔はしているものの、意識ははっきりここにあるように見えた。

 

「……俺、頑張るから」

 

クラウドが、ぽつりと宣言する。そのまっすぐな横顔は……私に7年前のあの夜を、思い出させる。

 

「…酒も、……何とか、……する」

「…どうして?」

「……。…全て、終わったら……ティファはまた……セブンスヘブンを、創るだろ」

「…うん。きっと」

「そのときに……、…酒が飲めないようじゃ……だめだ」

「…え?」

「…酒も、飲めない……やつが……ティファの隣には、いられない」

「……クラウド」

「…だから……、そのとき、までには……必ず……」

「……」

「……酒だけじゃなくて……、…他のことも、……今度こそ、自分の力で……」

「……」

 

(…クラウド)

 

当たり前のように、クラウドの口から出てくる未来の話。クラウドが想像しているのは、まだ見ぬセブンスヘブン。私でさえ具体的に考えたことのない未来を……彼はすでに、思い描いている。そしてそこではきっと、当たり前のように、私とクラウドが、一緒にいる。

 

心の中に、泉が湧き出るように広がる、優しくてあたたかい気持ち。これはきっと、嬉しいという感情なのだろう。

 

隣でクラウドが真剣に悩む中申し訳ないけれど、彼の「当たり前」に組み込まれていることが、彼の未来に自分の姿があることが、私にその感情を与えてくれる。その未来が必ず訪れるとは限らない。そもそも、私たちが「明るい未来」に到達できる保証すら、今はない。だから、少しの切なさだって混ざり込む。それでも、嬉しい。それでも、クラウドがその未来に向かって進もうとしてくれている今が……何よりも、嬉しい。

 

(…クラウド)

 

いいんだよ。お酒なんて、飲めなくたって。格好だって、悪くたって。

あなたが、ここにいてくれるのなら。あなたがあなた自身として、そばにいてくれるなら。

 

それ以上、私が望めるものなんてもう……この世界にはない。

 

「……。うん」

「……」

「…うん、クラウド」

「……」

 

私は、クラウドのくれる想いや未来を噛み締めるように、返事をする。クラウドの優しさや、昔から変わらない負けず嫌いなところも含めて、この気持ちを忘れないよう、心に染み込ませる。

 

「…私、見てるよ。クラウドのこと、見てる」

「……」

「クラウドのこと、応援してる」

 

それから、クラウドにこの想いを返す。大丈夫だよって伝えたくて。大丈夫だってこと、知っていて欲しくて。

 

(……、)

 

心が動いた音がしたのは、苦しそうだった彼の横顔が、私の言葉を受けて和らいだとき。

優しく微笑む横顔を認識した頃には、私はもう動いていた気がする。クラウドの頬に、口付けていた気がする。

 

唇に感じる、柔らかくてすべすべな、頬の感触。ほんの三秒くらい、振り絞った勇気。

ゆっくり離れながら、おそるおそる瞼をひらけば、驚いたように目をまんまるにして私を見る、クラウドがあった。

 

「…、ティファ」

「ご、ごめん。私も、匂いで酔っ払っちゃったかな……」

 

やってしまった、と思った頃にはもう遅い。今更、顔が赤く熱くなるのを感じながらする、苦し紛れの言い訳。顔をぱたぱたと手で仰ぎたい気持ちを堪えて、慌ててクラウドから目を逸らす。

 

さあ、これからどうしよう。どうやって、何事もなかったみたいにしよう。

そんなことを考えはじめた矢先だった。まるで、誤魔化すことを許さないとでも言うように、クラウドが立ち止まり、私の頬に手を添えたのは。

 

「? クラウ、……」

 

キスをされたとわかったのは、キスをされてから三秒後のことだったと思う。クラウドによって、無理やりクラウドの方に向けられた顔。それとほとんど同時に重ねられた唇。もたれかかるために私の肩にかかっていた彼の腕が、いつの間にか抱きしめるためのものに変わる。頬に触れるだけだった私からのキスと違って、クラウドのくれるそれは深く、長い。ついばむようなキスに、私はぎゅっと目を閉じて合わせる。上手な合わせ方なんてわからないまま、ただ、今この時間に心を溶かす。

 

キスが、息継ぎをするタイミングで終わった頃にはもう、私たちは目を合わせられなくなっていた。

 

「…、…く、クラウド」

「……ティファ」

「……お、…お酒くさい」

「…あ。……すまない」

「……。…私まで、本当に酔っぱらっちゃう」

「……、……酔っ払っていい」

「……」

「…俺しか見てない」

 

強く抱き寄せられると同時に、耳元で囁かれる声。その声に、心も体もぞくぞくとするのを感じながら、私は無意識にクラウドの背中に腕をまわす。夜とはいえ、仲間はみんな宿に戻ったといえ、ここは外だ。だけど、見られてしまったらどうしようなんて心配じゃ、もう自分を止められそうにない。この時間を……中断できそうに、ない。

 

 

 

 

 

人気のない、少し寒い夜の中、私たちはまるで現実逃避をするように、しばらく抱きしめあっていた。この夜のことは、星空だけが覚えていた。星空だけで、きっと、よかった。

 

 

 

 

ローザロッサの目を盗む

 

 

(なかったことに、したっていいから)

 

 

 


fin,