夜のエッジの街を歩く。人通りが多いとは言えない、路地裏に近い細い道。一人の時は危ないから、万が一を考えて避けて通る道だけれど、今夜は平気。一人じゃないから。誰のそばにいるよりも安心できる人が隣にいるから。
うっかり切らしてしまった歯磨き粉を買うために、私たちは夜の街へと繰り出した。最初はひとりでディスカウントショップを探そうと思っていたけれど、今夜は幸運にもクラウドが家にいた。お互いすでにシャワーも浴びて、いざ眠ろうという段階だったから、私たちはとてもラフな格好で外へ出た。図らずもお揃いの、真っ白の半袖Tシャツ。大きめのハーフパンツ。脱ぎ履きしやすいサンダルに……お揃いの大きな指輪。
私たちは歩く。夜の街を、私たちの住む街を。ちょっとしたデートのようなものだと、こっそり手も繋ぎながら。
「……」
湿度の高い夏の前の空気。じめじめしていて、正直あまり心地いいものではないけれど、今は不思議と気にならない。
私たちの交わす言葉は多くない。ぽつり、どちらかが口を開いて、ぽつり、どちらかが短く返事する。ちらりと隣に目をやり見上げても、路地裏の蛍光灯では心細く、クラウドの横顔はあまりよく見えなかった。私が今わかるのは、ただ……ぎゅうと手を握っていてくれるクラウドの大きな手が、とても温かいということだけ。
「……あ」
「?」
柔らかく、声を発したのはクラウドだった。何かに気付いたのか、視線は足を向けている方と、違う方向を向いている。
私もそれにつられるように、視線をクラウドのものに合わせる。そこにあるのは、ガサゴソと物音を立てる大きなゴミ箱。中からぴょこんと出てきた……夜の街には溶け込めない、真っ白な猫。
「わぁ」
かわいい。そう言葉を続けようとしたときにはもう、猫は私たちに背中を向けて走り去っていく最中だった。一瞥もくれない無愛想な感じは、記憶の中の「あの子」を思い出させる。子どもの頃は、あの子の背中を一生懸命に追いかけたけれど、今夜は走る気力も気分もない。ただ、ほんのりあたたかい思い出だけが、私の中に宿る。
クラウドももしかしたら、同じことを思い出していたのかもしれない。逃げちゃったねと言葉をかけた横顔は、微笑んでいるように見えた。
「…食事の邪魔をしてしまったのかもな」
「悪いことしちゃった」
「あまり痩せては見えなかった。……別の食事処があるだろう」
「ふふ、うん。そうだといいね」
そんなことを話しながら、クラウドがあの子を……逃げ出したマルを見つけてくれたときのことを思い返す。あの子は不思議と、クラウドには懐いていた。お互い警戒心が強いところが、似ていたのかもしれない。他人に深く干渉しようとしなかったクラウドが、あの子には心地良かったのかもしれない。
ううん、もしかしたら……マルには、あの頃の私にも分かりきることができなかったクラウドの優しさが、わかっていたのかもしれない。
(……もし、クラウドがあのまま村に残っていたら、私ももっと早く、気づけたのかな)
「ティファ?」
「……え?」
ふと名前を呼ばれ、顔を上げる。いつの間にかクラウドは、不思議そうに私の顔を覗き込んでいた。おそらく、ぼーっとしてしまっていたのだろう。慌てて笑顔をつくると、クラウドはほっとしたような表情をした。
「…もう眠いのか?」
「あはは、そうかも」
「なら、早いとこ帰らないとな」
「うん。……でもお散歩が終わっちゃうのは、ちょっと寂しいね」
「…ティファが睡魔に勝てるなら、遠回りして帰ってもいい」
「……頑張る!」
つい、勢いよく返事をすると、クラウドが珍しく破顔する。ちょっぴり恥ずかしいけれど、思わぬ宝物が見れたことが嬉しくて、私も同じように破顔した。私の手を握るクラウドの手の力が、ほんの少し強くなる。好きだという気持ちは、もうバレバレだけれど……今は控えめでいようと自粛する必要もない。
私たちを見ている人は、誰もいない。誰も、私たちのことを知らない。世界を救ったヒーローも、星を守った勇者もない。
誰も、私たちを邪魔しない。それがとても心地よくて……それがとても嬉しい。
「……昔」
「…ん?」
「…憧れた。こういうのに」
「…こういうの?」
「……誰にも邪魔されず、ティファと散歩すること」
「ふふ、ほんと?」
「うん。……神羅にいた頃、仲間がそうやって彼女と出かけるのを、たまに見ていたから」
「…意外だな。クラウド、そういうこと気にするんだ」
「…俺も結局、普通の男だ」
「あはは、子どもの頃のクラウドが聞いたらびっくりする台詞だね」
「…反論するだろうな」
くすくすと、二人で笑い合う。あったかもしれない未来を想像しては、今に戻ってくる。
こうしていれば、とか。ああしていれば、とか。過去を憂うのではなく、もしもを考えて、笑い合えることが嬉しい。過去にどんな可能性があったとしても、今ここにいられてよかったと、認められることが嬉しい。
後悔は数え切れないほどある。だけど私は、この道を選んだ自分を褒めてあげたいって、思えるの。
「……あ、ねえクラウド」
「ん?」
「アイスクリームも買って帰ろう。子どもたちにお土産」
「歯を磨くために外に出たのに?」
「ふふふ、それはそれ、これはこれ」
「…まあ、歯磨き粉よりは喜ばれるだろうな」
「でしょう。たまにはいいよね」
「…ああ」
新たな目的地を設定して、私たちは仲良く足を進める。ルートは何でもいい。二人並んで歩けるのなら、何でも。
どこまでだって、歩けるような気がした。このまま太陽が出なくても。月明かりさえ、見失ったとしても。
moon river
fin,