花を見つけた。
美しいものは時に、求めていないときに手に入る。今日、凛と咲く一輪の青い花を見つけたのも、まさにそんな状況下だった。タルヤたちの手伝いのため、指定された薬草を摘みに来ていた草原の中。深い青の花は、他の花とは少し違う存在として俺の目に留まった。
「ああ、それは雑草よ」
薬草を持ち帰るついでに、つい採ってきてしまったその花。タルヤに見せれば、彼女は特に驚く様子もなく事実を告げた。
「雑草なのか」
「ええ。名前は何だったかしら……思い出せないけど」
「……」
「この薬草の近くに咲いてたんでしょ? 大量に生えるわけじゃないんだけど、生命力が強くていつもその花が一人勝ちしちゃうから、草花を扱う人の中には嫌う人も多いわ」
嫌われ者と呼ばれた瞬間に、手の中で尚、凛とする花は、違った意味を纏う。
ただ生きるために強くあろうとしているだけなのに、雑な草とは酷い言われようだ。なぜかそんな、同情のような気持ちも湧いてくる。その種類分けに、感情が絡まないのはわかっているのに。
タルヤに礼を貰い、礼を伝えてから医務室を出る。そのまま何となく捨てきれず、花を持ち込むのは、何でもありの部屋と化してきた自室。根を張って生きていたこの花の未来を奪ってしまった身として、適当に扱うことはできない。そう自分の中で理由を立て、適当な瓶に水を入れ、生ける。青く美しいその花は、俺を睨む……ようなこともせず、ただ静かにその瓶の中に収まった。
「……」
本当のことを言えば、この花はジルにあげようと考えていた。背筋を伸ばし、美しく勇敢に立つその姿は、俺にジルを思い出させた。だからそれを伝えようと、慣れない贈り物として持って帰ってきたはずだった。今となっては……あまり気の乗らないものとなってしまったのだが。
この花が雑と言われようとも嫌われ者であろうとも、俺自身には何も関係ない。
だが、それを人に押し付けるのは少し、気が引ける。ジルなら「気にならない」と言って笑顔で受け取ってくれるだろうが、彼女に妙な気は使わせたくない。
「……お前には悪いことをしたな」
大机の上に置いた花に、一人謝罪する。せめてこの花の命が尽きるまで責任を持とうなどと、身勝手に考えながら。
だが、そのジルがこの花に気づくまで、それほど時間も掛からなかった。
「クライヴ、いる?」
とんとんと、控えめに叩かれた部屋の扉。声だけで誰かすぐ把握する。俺は出迎えるため、返事をする前に扉に近づく。そして、そのままこちらから開けてしまったものだから、声の主は……ジルは驚いた様子で俺を見上げていた。
「!」
「ジル、」
「クライヴ。驚いた」
「あ……すまない。つい先に」
「ふふ、いいの。おかえりなさい、クライヴ」
「…ただいま、ジル」
オットーあたりから、俺が帰ってきたことを聞いたのだろう。今朝から、アトリウムで子どもたちの遊び相手になっていたジルが、部屋に様子を見にきてくれたようだ。
別に長時間離れていたわけでもないのに、会えて話せる喜びが、心から滲み出る。部屋の扉を大きく開けて彼女を歓迎すれば、ジルは笑顔のまま室内に入ってきてくれた。
「思っていたより早かったのね」
「ああ。頼まれていた薬草が、予想以上に見つけやすい場所にあってな」
「怪我は?」
「かすり傷もないよ」
「よかった……」
ほっと息をつき、ジルは寄り添うように俺を抱きしめる。彼女の方から来てくれたことが嬉しくて、破顔してしまった自分の顔を隠すように、俺もその身体を抱きしめ返す。
(……)
香る、ジルの花のような優しい香り。
帰ってきた、という感じがする。全身の力も自然に抜けていくのがわかる。俺は今、この世で一番安心できる場所にいる。この世で一番信頼できる人の腕の中にある。
だから、つい忘れてしまっていた。さっきまで頭の中を占めていた、美しいその花をどうするかという悩みを。
「……? クライヴ」
「…ん?」
「その花、どうしたの?」
「……あ」
別に悪いことをしたわけでもないのに情けない声が出てしまったのは、子どもの頃、隠していた宝物を、母上に見つかってしまったときの気持ちに似ていたからだろうか。
何と説明したものだろうかと頭をかきながら、俺もジルと一緒に青い花を見つめる。花は、そんな俺の心境など全く気にせず、すんと瓶の中に立っていた。
「あれは……タルヤの使いのときに、見つけたんだ」
「とても綺麗ね」
「ああ。俺もそう思った」
「でも、見たことがないわ。何ていう花なのかしら」
「それは……」
「?」
別に毒があるわけでもないのだから、もったいぶる必要もない。だが、本来贈る相手だったジルに種明かしをするのは、何ともこそばゆい感じがする。
「…どうやら、雑草らしいんだ」
「雑草?」
「ああ。タルヤも名前を覚えていなかった。えらく生命力があって、疎まれがちなんだと」
「ふふ、確かに。なんだか、凛としている感じがする」
「…ジルもそう思うか?」
「ええ。とても格好がいいもの。私、この花好きよ」
「……」
(…格好いい、か)
花を見て、その表現をする人を見たことがなかったから、つい驚く。だけど、人や物の本質を見抜く力のあるジルが言えば、なんだかしっくりくるような気もした。それに……俺が魅了された、この花の持つ単なる「美しさ」以外の何かを言語化してもらったようで、妙に納得がいく。
(……そうか)
青く、美しく、格好がいい。それだけだ。この花を思う上で必要なのは、それだけなんだ。
どの品種だろうが、好かれようが嫌われようが、名前があろうがなかろうが、そんなことはどうだっていい。人と同じじゃないか。生まれも育ちも関係ない。俺は、そんな世界を目指すんじゃなかったのか。この花だって……きっと。
(……)
「……そうだな」
「…クライヴ?」
「いや。…ジルはすごい、と思ってな」
「…何か特別なことを言った?」
「いいや。特別じゃないことが、きっと素晴らしいんだ」
ジルを片腕で抱き寄せながら、もう一度青い花と向き直る。花は姿勢も立場も変えることなく、俺をじっと見ているような気がした。
「…ジル」
「?」
「本当はこれは、君にあげようと思って、持って帰ってきた」
「私に?」
「ああ。でも……よければここで一緒に、世話をしないか。なんだか、愛着が湧いてしまってな」
「もちろん。手伝わせて」
「ありがとう、ジル」
「あなたが大切にしたいと思ったものだもの。私にとってもそれは、宝物なのよ」
「……ジル」
凛とした笑顔を見せるジルに、礼と、何より想いを込めて口付けを贈る。途端に少女のように屈託のない笑顔に変わる君が愛おしくて、代えのない幸福に襲われる。
ジル。大切なことはいつも、君が教えてくれる。君が……気付かせてくれる。
ジルと、結局隠れ家の皆の力も借りながら、その青い花はかなり長い期間、俺の部屋で生き続けた。その命は、最後に花びらを落とす瞬間まで、その命であり続けた。
凛花
fin,