偶然、聴いていたラジオから、知っているピアノの曲が流れた。
偶然、駅に掲示されていたポスターを見て、その曲が演奏されるコンサートがあると知った。
偶然、ぽっかり開催日だけ空いていたスケジュールが、私を会場へと送り出した。
偶然、偶然、偶然だった。何もかもがただの偶然だった。
コンサートの終盤、溢れんばかりの拍手を浴びながら舞台に現れた、金髪のその人を認識するまでは。
「……………クラウド?」
偶然が、ただの偶然の意味を脱したその瞬間。
のんびりと動いていた私の心臓は、確かに数秒、鼓動を忘れた。
「クラウド、よく私だってわかったね」
久しぶり、だとか。元気だった? だとか。
幼馴染との何年ぶりかの再会なのだから、他にもう少し聞くべきことがあるのはわかっていた。けれどつい、驚きたてほやほやの気持ちを彼に届けてしまう。クラウドはそんな私の言葉に、ほんの少し微笑んで見せるだけだった。
コンサート終了後、人混みの中でクラウドの姿を探していた私に声をかけたのは、コンサートのスタッフさん。ある出演者が会いたがっているのだと、私をその人がいるところまで案内してくれるとのことだった。スタッフさんは道すがら言った。本当は本人が探しに来ようとしていたのだけれど、我々が止めたと。何故なら少なくはない彼のファンが、いつも彼を囲んで動けなくしてしまうからだと。
そんな言われようだったので、私はクラウドと対面するまで半信半疑だった。
本当に私の知っているクラウドなのかって。喧嘩ばかりしていた、あの幼馴染のクラウドなのかって。
「…目がすぐ、ティファを追ったんだ」
クラウドが自分の手元を見ながら、小さめの声で答えてくれる。照れているのだろうか。その青く美しい瞳は、伏せられたままこちらを見ることはない。いつの間にか私より高くなった身長。低くなった声。子どもの頃のわんぱくだった彼とは違い、目の前の彼はきちんとした身なりをしていることもあってか、全く知らない人のようにも見える。
スタッフさんが案内してくれたのは、お客さんのいなくなった、人気のないホールのラウンジ。そこにクラウドはいた。こちらを見て、心底ほっとしたような顔を見せる……幼馴染のクラウドがいた。
「びっくりしちゃった。まさか、クラウドがピアノを弾いてるだなんて。それもプロになってるなんて」
ラウンジにあるソファーに腰掛けるクラウドの隣に、私も腰を下ろす。なんだか私も照れてしまって、うまく彼を直視することができないから、隣に座れるほうが居心地がいい。どうしても緊張する。ドキドキする。だけど今は、一秒でも長く彼と話を続けていたいというのが、何よりもの本音だった。
「…そういえば、伝えてなかったな」
「そうだよ。子どもの頃、クラウドが転校してそれっきりだもの」
「そうだったか……」
「演奏、すごくよかったよ。繊細で、丁寧で、心にすっと入ってきて……感動した」
「…ありがとう」
「それに……弾いてた曲が、懐かしくて。私も大好きだった曲だから、勝手に嬉しくなっちゃった」
「……、」
ずっと優しく相槌を打ってくれていたクラウドの様子が、私が「あの曲」に触れたとき、少し変わる。心地よい言葉のキャッチボールが止まった気がして、ふと彼の方を見ると、クラウドはなぜか驚いた様子で私の方を見ていた。
「……クラウド?」
「…あ……、すまない。何でもない。……ティファも、あの曲のこと覚えていたのか」
「うん。小さい頃、私もピアノを習ってたときに、よく弾いてたから……」
「ああ。……そうだったな」
「…あれ、クラウド、知ってたの?」
「…家が隣だっただろ。よく、ティファの家から練習する音が聞こえてきてたんだ」
「そうだったんだ。な、なんか恥ずかしいな……あんまり上手くなかったでしょう」
「そんなことない。とても上手だった」
「……ありがとう」
照れくささに負けて、こちらを見つめるクラウドから慌てて目を逸らす。だけど、まさかクラウドからそんな昔話が聞けるなんて思いもしなくて、つい、心がほころぶのを感じた。
(…嬉しいな)
そもそも、あの曲に呼ばれてこのコンサートに足を運んだようなものだ。私にとっては、何かのキューピッドのような存在。クラウドが今回のコンサートであの曲を選んだ理由はわからない。彼にとって特別なのかも、そうでないのかも知らない。だけどそれでも、こうしてクラウドと再会できた大きな理由に、同じ思い出の曲があることが嬉しくて、一人心の中で舞い上がってしまう。
(……、)
初恋の人との……こんな形での出会いを喜ばずにいられるほど、私は立派な大人ではない。
「…ティファ」
口元の緩みを必死に隠そうとしているとき、クラウドが私を呼ぶ。反射的に見上げた彼は、子供の頃とはまた違う、澄んだ瞳を持っていた。
「…ごめん。そろそろホールが閉まる時間だ」
「あ……大変。じゃあ外に出ないとね」
「急に呼んで、長居させてしまってすまなかった」
「ううん、嬉しかった。見つけてくれてありがとう、クラウド」
「……」
お礼を伝えると、クラウドは一瞬だけ、どこか切なそうな表情をした。でもすぐ紛らわすように立ち、次いで私に手を差し出す。王子様みたいだなあ、なんて。子どもの見る夢のようなことを考えながら彼の手を取り立ち上がると、クラウドは私の手を握ったまま、もう一度名前を呼んでくれた。
「…ティファ」
「ん?」
「……また、会えるか」
「え……?」
「ティファともっと……話がしたいんだ。だから……」
「…うん、会おう。私もクラウドの話が聞きたい。今度は待ち合わせしよう」
「……ああ。ありがとう、ティファ」
自惚れなんかでなければ……そのとき、私を見つめるクラウドは、とても嬉しそうに見えた。この再会を喜んでいるのは自分だけではないのだと、勝手に思ってしまうくらいには。
クラウドと手を振って別れた、帰り道。頭の中にはずっと、優しいあの曲が流れ続けていた。きっとあの曲だけが、私たちがまた繋がることになった真実を知っているような気がした。
プリモの君
fin,