朝からずっと、この放課後を待ち望んでいた。
「クラウド、お待たせ」
慌てなくてもいいのに、走ってきてくれるティファ。鼻の頭が少し赤いのは、今日が特別冷えるからだろう。
夜の一歩手前、18時。待ち合わせは校門を出てすぐ、右に曲がったところにある小さな駄菓子屋だ。変に目立って茶々を入れられないように、二人で決めた場所。
「ごめんね、寒いのに待たせちゃって」
申し訳なさそうに謝るティファに、俺はただ首を振る。ティファを待つためなら、1分だろうが1時間だろうが何時間でも使える。……そんな本音を伝えて、ティファを困らせてしまうのは不本意なので、口にはしない。
ティファの部活道具が入った、重い鞄を代わりに持つ。
最初は「余裕だよ」と持たせてくれなかった鞄も、いつの間にかこの手にあるのが当たり前になった。
ありがとうと微笑むティファを見てから、ただぶっきらぼうに頷く。その笑顔のためなら、俺は何だって持てる。……これも、ティファに言っても仕方のない本音。
「ほんと、すっかり寒くなったねえ」
ティファはいつも、隣を歩いてくれる。ティファの歩調に合わせているつもりだが、もしかすると合わせてくれているのはティファの方かもしれない。首元を温めるために器用に巻かれた、真っ白の大きなマフラー。その反面、短すぎるんじゃないかと目のやりどころに困るスカートの丈。かわいいとか、綺麗だとか、色々と言ったほうがいい……本音があることはわかっている。だが情けないことに、俺の口はまだ、そこまで達者じゃない。
二人で、何度か角を曲がる。右、左、また右。俺たちの家は隣同士だ。多分、俺は生まれたその瞬間にすべての運を使い果たした。ティファの幼馴染であり、隣近所になれるという奇跡のために、きっと。
「ねえ、クラウド」
手の冷たさを無視できなくなってきた頃、ティファが俺の名前を呼ぶ。ティファに目をやると、そこには夕暮れの中うすらと浮かび始めた星を見上げる、綺麗な横顔があった。
「……ん?」
「もうすぐ、クリスマスだね」
「…クリスマス?」
「うん。……あれ、クリスマスくらいは知ってるよね?」
「…流石に知ってる」
「ふふ、ごめんごめん」
謝るのは俺のほうだ。尋ね返したのは、動揺したから。うまい答えを返せる自信が、一ミリもなかったから。
それら全部ごまかすように、俺もそっとピンクがかった夜空を見上げる。なんとなく、ティファの荷物を持つ手に、力が入る。
「今年は、学校お休みの日なんだって」
「…そうか」
「去年は学校だったから、特別な感じしなかったよね」
「…そうだな」
「……今年は、どうかなあ」
「……」
「…何か特別なこと、起こるかな」
さっきまで「寒い」と感じていたのが嘘かのように、体中に血が巡っているのがわかる。うまい答えはまだ見つからない。だけど今が、俺とティファにとって、大事な瞬間であることはわかっている。
もう、ティファの横顔を見ることができない。ただでさえ停止している思考回路が、きっと完璧に詰まるから。
「……」
「……」
「……。……ティファ」
「……なに?」
心なしか声は震える。これは寒さのせいだ。そう、これは、寒さのせい。
「……何か、予定あるのか?」
「え?」
「…クリスマス。……と、イブ」
「…と、特にない」
「……そうか」
「……そうです」
「……」
「……」
「……。………、……どこか」
「……?」
「…どこか、行くか?」
確実に、声は震えた。これは寒さのせいじゃない。誰がどう聞いたって、緊張からくるやつだ。
ティファに伝わってしまったに違いない。情けない。格好が悪い。早速反省点しか浮かんでこないが、これが自分の限界なのだと受け入れざるを得ない。
「……」
自分の顔に血が昇るのを感じながら、ちらりとティファの様子を伺う。
ティファは……俺を見ていた。想像していたものと違って、嘘みたいに目を輝かせて、俺を見ていた。
「い……い、行く!」
「…………」
「ど、どこでも行く」
「……、ふ」
「あ! 笑ったでしょ、今」
「いや……すまない。かわいくて」
「え?」
「あ、いや、違う……いや、違ってはないんだが」
「……」
「……。……聞き流してくれ」
「ふふふ。……はい」
鏡を見なくても自分が茹蛸になっているのがわかる。そして、直視しなくても、ティファが満面の笑みでいてくれていることも……わかる。
「……へへ」
「……」
「…ふふ」
隣のティファの足取りが、心なしか軽くなる。スキップでもしているのだろうか。控えめな足音が立てるリズムが、心地いい。
俺は再び、空を見上げる。ピンクが消え、夜の青になった夜空を見上げ、たっぷりとした白い息をはく。
(……)
「……ティファ」
「…なあに」
「…どこ、行こうか」
「んー……スキーとか?」
「…ティファらしいな」
「かわいくなくて、すいませんねえ」
「そんなことない。……ティファは、ティファのままでいい」
「……。うん」
「…スキー、行こう」
「……うん!」
冷たくて、下手をしたら暖を分けるという意味では何の役にも立たない左手を、ティファの右手に伸ばす。ティファは、躊躇いなくその手を握ってくれる。冷たい二人の手が重なって、一人の時より幾分か……和らぐ。
俺たちはもうまもなく家に着く。少し話をしてから、二人小さく手を振り、それぞれの家に入る。
俺は、ほんの少し未来予知をした。ティファと別れたその瞬間からきっと……明日の放課後を待ち望んでしまうであろう、変わらない自分の背中を見た。
pinkish
fin,