気づいた頃には、そうだった。

俺の中に、心がたくさんあった。

 

どれも本物で、元々は一つだったもの。だが、脳に蔓延った「黒」によって、それは分断されていた。

 

俺を俺として繋いでいてくれた、ただひとつ、ただ一人への想い。

 

まさかそれが急所となるなんて「俺」はきっと、思いもしなかった。甘え、放置した歪さが「黒」の標的になった頃にはもう、全てが手遅れだったような気がする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ティファ。

 

最初はきっと、その姿を、その笑顔を見ていられるだけでよかった。だが想いはそれに留まらず、いつしか「振り向いて欲しい」と願うものに変わっていた。

 

ティファの持つ、この心を癒す声が、揺れるたっぷりとした黒髪が、滑らかな肌が、この世にあるどの宝石より綺麗な瞳が、何より、その優しさや強さが全て、俺の「特別」だった。

 

狭く息苦しい村の中、俺は幼くも確信した。この世界がどれだけ広くても、知らないことがどれだけあったとしても、この目が、この心が、ティファ以外を「特別」に見ることはないのだろうと。星空の下、俺を見つめ、笑ったティファの姿が色褪せることなど、生涯ないのだろうと。

 

 

 

 

 

 

ティファ。

 

俺は、ティファを守るために生きてきた。ティファを守ることのできる人間になろうと、歯を食いしばり歩いてきた。なぜならそれは、条件だった。ティファが俺を認めてくれる、ティファが特別な目で俺を見てくれる、ただひとつの方法だと思っていた。

 

俺はそのためなら、何だってできた。たとえ今できなくとも、何だってできるようになってやると思えた。手に入れた力で、ティファを守ることができるのなら。ティファに選ばれ、ティファにとっての唯一無二になれるのなら。その頬に触れ、その涙を拭い、その体を抱きしめられる日が来るのなら。俺の言葉がティファを癒し、俺の手がティファを慰め、俺の存在がティファの支えとなるときが来るのなら。

 

いつまでだって、何だって耐えてやれる気がした。ティファへの想いは、ティファの存在は、そんな無限とも呼べる力を俺に与えた。誰にも明かすことはない、この想いだけが、俺の生きる意味だった。

 

 

 

 

 

 

 

俺は、ティファが大切だった。

 

この世界で何よりも、この世界の誰よりも。

隣でティファが微笑んでくれるのなら、他にもう、何もいらないと思えるほど。

 

 

 

 

 

 

 

 

ティファ。

 

だからどうか、俺から離れて。

 

できるだけ遠く、俺に見つからない場所に逃げて。この手が再びその体を、その心を傷つけてしまう前に、取り返しのつかないことをしてしまう前にどうか、遠く遠く、早く、俺の手の届かないところへいって。

 

ティファを守ると誓ったこの手が、ティファの血で染まるようなことがあれば、この心は破裂し、二度と戻らなくなる。ティファのいない世界を、自ら作り出してしまうようなことになれば、俺は二度と、もう二度と、生きている自分を許せなくなる。

 

だから、どうか、俺に構わず俺から逃げて。この手でティファに触れられなくなることよりも、この手がティファから体温を奪うことの方が、ずっとずっと怖いんだ。

 

ティファのいない世界は、この世に起こりうる全ての悲劇を集めた世界より、地獄なのだから。

 

 

 

 

 

 

ティファ。

 

バラバラに千切れ、離れ離れになった心が、その光だけを頼りに、ふらふらと歩き続ける。他の全てがもう駄目でも、この光だけは見失うまいと、わずかに残った自我が、くだけた心を呼び寄せる。

 

意識が遠のき、本物がどれかもわからなくなる中、俺はただその人の名前だけを呼び続けていた。

 

呼び続けなければ、終わる気がした。声が枯れても、手すら伸ばせなくなっても。ティファの存在だけが、俺の心臓に、血を送っていたのだから。

 

 

 

 

 

oxygen 

 

 (たとえ、この息が続かなくとも)

 

 

 


fin,