夜も更けたというのに、フェンリルを調整しに、クラウドはガレージに行ってしまった。
今朝は仕事に出るのが早かった彼だから、早めに休んでほしいのだけれど、なかなかそう声をかけづらい自分がいる。お客さんも子どもたちもいない店内で、ひとりクラウドの戻りを待ちながら、私はうろうろ落ち着かない。頭の中ではずっと、正解を探し続けている。こういうときに自分が取るべき、ふさわしい行動の、正解。
『フェンリルで出かけるか』
クラウドが珍しく明るい口調でそう呟いたのは、ふたりで仲良くベッドの中に入ってからのことだった。そのときのクラウドのはしゃぎっぷりといったら、まるで世紀の大発見でもしたかのような、そんな調子。夜の闇の中でも、クラウドの青い瞳がきらきらと輝いて見えた。少しでも否定的な反応をしようものなら、落ち込んで暫く口を聞いてくれなくなるんじゃないかと思うほど。
明日。それは、私とクラウドが揃って休日を取ることのできる日。
そんな嬉しい一日の存在に気づいたのは、おやすみを言おうか言うまいか悩むような、うたた寝直前の頃合い。きっかけは忘れてしまったけれど、とにかく私たちは気がついた。自分たちに予定がないこと。一方子どもたちは朝から遊びにいくといっていたこと。つまり……日中、二人きりだということ。
(……まだかな)
そわそわと店内をパジャマ姿で歩き回りながら、クラウドが戻ってくるのを待つ。ときおり控えめに、がちゃがちゃと何かをいじる音がする。クラウドが本格的にフェンリルを触っていることがわかって、その無邪気さに思わず一人微笑む。
毎日乗って仕事しているのだから、調整なんてしなくたってきっと大丈夫なのに。
クラウドはそんな助言も耳に入れず、ベッドを抜け出し、何かあったら大変だからと一目散にフェンリルの元へ向かった。
朝起きてから確認すればいいじゃない。この助言に対しても、答えはノー。朝一番で出なければならないのだから、今夜中に仕上げる必要があるらしい。一体何を仕上げるつもりなのかまで、さすがに聞くことはしなかったけれど。
連勤続きで疲れているに違いないから、寝てほしい。この状況で私が取るべき行動はきっと、クラウドをフェンリルから引き剥がして、ベッドの中に押し込むことなのだろう。できるかできないかと聞かれたら、多分できる。クラウドは優しいから、私が本気で怒ると必ず言うことに従ってくれる。だから今回も、私がはっきりお願いしたら聞いてくれるに違いない。それはわかっている。わかっているから、問題だった。
そう。クラウドと一緒に寝室を飛び出して、こうして店内で待っている私には、クラウドを止めたいという強い気持ちがなかった。なぜならば私も、クラウドに負けないくらい喜んでしまっていたからだ。明日がお休みという事実に、じゃない。あのクラウドが、あんなに嬉しそうな顔をして、フェンリルでお出かけしようと提案してくれたことに対して。
嬉しくない、わけがなかった。
一緒に過ごす時間を、こんなにも喜んで大切にしてくれる、クラウドの姿を見て。
「ティファ」
「!」
ふとかけられた声に、うろうろしていた足を止める。振り返れば、いつの間にか調整とやらが終わったのか、クラウドがお店に顔をひょっこり出していた。やけにさっぱりとしたその表情は、一生懸命遊び終えた子どものよう。愛おしさが心の中で膨らむ。緩んだ頬は、今夜中にはきっと戻らない。
「クラウド、」
「すまない、待たせた。ティファは寝ていてよかったのに」
「気にしないで。整備は終わった?」
「ああ。問題なさそうだ」
「乗るの、久しぶりかも。フェンリル、重いって言って怒らないかな?」
「まさか。大歓迎だろ」
何度も思ってしまうけれど、さっきまでベッドの中にいた人の顔とは思えない。まだきらきらと、わくわくな気持ちで輝き続ける瞳は綺麗。そうやってクラウドに見惚れている最中に、私はふと、さっきまでなかったものに気づく。
「……? あ」
「?」
「クラウド、ちょっとじっとしててね」
グローブを外しながら、いそいそと片付けをするクラウドを止めて、私はキッチンにあった適当なクロスを手に取り、彼に近づく。言われた通りクラウドは、じっと私のことを待っていてくれる。その素直さに再び愛しさを感じつつ、クロスを彼のほっぺたに当てた。しっかりお土産として頬に残っていた、煤汚れを拭くために。
(…かわいいなあ)
「ん、」
「ふふ……あ、おでこにもついてる」
「……いつの間に」
「ほんとだね。はい、取れた」
「…ありがとう、ティファ」
ありがとう。そう言ってはにかんで見せるあなたを、愛情以外のどの感情で包んであげればいいのだろうか。
クラウドは恥ずかしそうに鼻を触ってから、照れ隠しのように私の手をとり、歩き始める。向かう先はもちろん寝室。気を取り直して、私たちは眠りにつかなければならない。偶然生まれた素敵な明日を、万全な状態で迎えるためにも。
「…ねえ、クラウド」
「ん?」
「フェンリルで、どこにいく?」
「そうだな……計画を立てないと」
「ふふ、今から立てたら朝になっちゃうよ」
「かといって、ティファを連れて路頭に迷うわけにはいかない」
「そういえばクラウド昔から、目的地をちゃんと決めてから行動するタイプだったよね」
「…迷ったら、格好がつかないだろ」
「え?」
「なんでもない。計画はちゃんと用意しておく。ティファは安心して眠ったらいい」
「あはは、いつ立てるの?」
「寝ながら。夢の中で」
「クラウドすごい」
「ティファのためなら、超能力でも何でも使うさ」
「ふふ、さてはクラウド、酔ってる?」
「酔ってる。ティファに、いつも」
「もう、やっぱり酔っ払ってる」
私もクラウドもわかってる。今夜はお酒なんて一滴も飲んでないことくらい。だけどこのまま許してね。冗談を言うことで、照れくさくて仕方がない今の気持ちを、ごまかしてしまうことを。
私、嬉しいの。嬉しいことを、ありのまま表現できないくらいには。ありがとうって思ってるよ。私が迷わないよう真っ直ぐに、想いを示してくれるあなたに。
再び一緒に潜り込んだひとつのベッド。ぎゅっと抱いてくれるクラウドの体温に誘導されて、私は何不自由なく夢の中へと飛び込んだ。明日が来るのが楽しみだという、かつて抱くことすら叶わなかった喜びを、しっかりと確かめながら。
今宵、ベッドを抜け出して
fin,