夢を見ているみたいだと、夢から目覚めて尚思っていた。
ベッドの上、半身だけ起こしてぼうっとする。自分が半裸であることを、ぶるりとするような寒さで思い出しながら。
寝ぼけながら腕を伸ばし、ベッドの隅に固まっているトレーナーを引き寄せる。そしてそれをだらだらと身につける。元兵士とは思えない自分のノロマさに呆れるが、身体を包んだ柔軟剤の香りが、そんなこともすぐ忘れてしまうほど大切な人の存在を俺に意識させた。
(……ティファ)
無意識に、右隣を見る。もぬけの殻になっているベッドの片方のスペース。触れたらもう、冷たくなっているところを見ると、ティファがベッドを抜け出してからかなりの時間が経過しているに違いない。何の意味もなく、ティファがいた場所を撫でながら、昨日の夜のことを思い出す。いつものように、触れ合った。いつものように抱き合った。それから、いつものように……ティファと話をした。その内容が少し、普段と違っていただけで。
「……」
自分の頬が緩んでいる自覚があったからか、自然と片手が口元を押さえる。昨夜のことなのに鮮明な喜び。これだけティファといっしょにいても、なかなか知ることのなかった秘密。ティファが教えてくれた。というよりも、偶然聞き出すことができた、に近いのだが。
ティファが俺を、好きだという話。
俺が想像していたより……ずっと前から。
「……クラウドがにやにやしてる」
「!」
まさか声をかけられるとは思わず、油断していた。顔をあげ、慌てて見たのは部屋の入り口。すでに服を着替えているティファは、俺が朝からだらしない顔をしているのを不思議に思ったのか、くすくす笑いながらこちらを見ていた。
「…ティファ」
「おはよ、クラウド」
「…おはよう」
「どうしたの? 朝から嬉しそうだね」
「……思い出し笑い、かな」
「思い出し笑い?」
ティファは昨日の会話を忘れているのだろうか。首を傾げながら、俺の言葉の真意を考えている。忘れていても無理はない。ティファがぽつりとその秘密を教えてくれたのは、眠りにつく直前だったから。
あれは本当に、たわいのない話。どちらのほうが、どちらを想っているのかという……俺たち以外が聞いても、仕方のない話。
『クラウドだけじゃないんだからね』
ティファが拗ねたように頬を膨らませたのは、どう足掻いてもティファは俺の想いには勝てないと、変に自信満々に伝えたあと。別に競うものでもないが、想いの強さ……想ってきた時間の長さだけはティファにさえ負けられないと、妙なプライドが俺を偉そうにしていた。
『何が?』
腕の中で頬を膨らませるティファに、余裕ぶって尋ねる。ティファはちらりとこちらを上目で見たあと、目だけそっぽを向き、小声で続けた。
『……長年、片思いしてきたの』
『…どういう意味だ?』
『クラウド、自分だけが子どもの頃から好きだって思ってるでしょ』
『……思ってる』
『…クラウドだけじゃないんだから』
まばたきを繰り返し、一生懸命に思考を巡らせる。ティファは小さな声で「おやすみ」と呟き、俺の胸に顔を埋める。
俺だけじゃない? 片思いが? 子どもの頃から好きだったのが? ……子どもの頃から、好きだったのが?
『……!』
『……』
『ティファ、眠らないでくれ』
『……もう寝ました』
『もう少し詳しく話を聞きたい』
『し、知らない』
『ティファ』
『……』
そのあと何度呼びかけて肩をゆすっても、耳の先まで真っ赤にしたティファが応えてくれることはなかった。
俺はそのあとしばらく、寝付くことができなかった。もらった感動をすぐ、受け止めることができなかったから。ずっとそばにあったのに知らずにいた事実が、あまりにも……嬉しいものだったから。
「…変なクラウド」
そして、二人目覚めた朝。
ティファがいたずらっぽく呟いてからこちらに歩み寄ってくる。俺はもちろん、両腕を広げてその人を迎える。
ティファを抱きしめたとき、目の前で揺れた黒髪。この、変わらない綺麗な黒を見るたびに、あの頃のことを思い出す。ただ見つめることしかできなかった、子どもの頃のことを。ティファの煌めきに改めて気付いた、約束の夜のことを。
(……)
ティファも、子どもの頃から俺を? いつ、だろう。なぜだろう。俺の何が、ティファのような人に気づいてもらうきっかけになったのだろう。
ろくに会話もできなかった俺の……力も優しさも何もかも足りなかった俺のどこを、ティファは好いてくれたのだろう。見栄を張って、なると宣言したソルジャーにさえなれなかった俺に、失望はしなかったのだろうか。
(……これは、今も昔も変わらない問いだが)
「……ティファ」
「…うん?」
「…俺はティファの理想になれているか?」
ティファは目をぱちくりとさせてこちらを見る。だけどすぐに、何の話の「続き」を求められているのかを悟り、恥ずかしそうにその目を彷徨わせた。
「……あ。も、もしかして、昨日の夜の話?」
「…うん」
「……ちゃんと覚えてたんだね」
「忘れられるわけがない」
呆れたように、ティファがわざとらしく口を「へ」の字にして俺を見る。そのかわいい表情に惑わされることなく、俺はティファを見つめ返す。
覚えていたいんだ。知っていたいんだ。ティファの考えること、感じること。思ってきたこと……感じてきたこと。
ティファは、しばらく俺をじっと見つめていたけれど、観念したように優しく微笑み、頬を撫でてくれた。そこにはただ、優しさだけがこもっているような気がした。
「……あのね」
「…うん」
「……。…クラウドは、私が想像していた人とちょっと、違ったの」
「え?」
「だけどね……それが、よかったんだよ」
言葉の真意がわからず、ぽかんとする。ティファは俺の反応を見越していたのだろう。頬を染め、嬉しそうに笑うだけ。
「……ティファ」
「ふふ、はい。もう終わり」
「…もう少し詳しく知りたい」
「知らない方がいいの、こういうことは」
「…そういうものなのか?」
「そういうものなの」
穏やかな声が寝室に柔らかく響く。頭を抱きしめてもらって、俺は何も言えなくなる。
確かめたいことは沢山あるけれど……俺にとってのルールでもあるティファがそう言うなら、これ以上問うことはできない。
ティファ。ティファの思う俺は、どんな男だったんだろう。「期待に応えられなかった」俺は……あの頃から、ティファの目にどう映っているのだろう。
「……ティファ」
「…なあに」
「……俺、頑張るよ」
「ふふ、頑張らなくていいんだってば」
「…頑張りたいんだ」
「……わかった。それなら、応援してる」
額にキスを貰い目を細める。これ以上の応援はないと、胸に感動を染み込ませながら。
結局わからないことだらけだ。だけどティファの言う通り、それでいいのかもしれない。ティファが想いに応えてくれたという、俺にとって人生最大の奇跡の秘密が、そう簡単にわかるわけがないのだから。
そうして、俺たちはこの話に鍵をかけた。この想いをいつ打ち明けようかと、幸福な秘密を互いに抱きしめあいながら。
月のお零れ
fin,