心の底から疲れた夜に、家族にいれてもらう温かい飲み物は、どうしてこうも美味しいのだろうか。
仕事終わり、誰もいないお店のテーブル席。ぐで〜と、なんともだらしない格好で、私は机に突っ伏している。
こうなっている原因はいろいろある。料理がいつもより順調にいかなかったこと、困ったお客さんが多かったこと、そもそもお客さんの数も多かったこと、エトセトラ、エトセトラ。お店の営業はとっても楽しいし、天職だと感じることも多いけど、やっぱり人間疲れるときは疲れるみたい。食器洗いが残っているけど、今日はもう、ひとつもお仕事をしたくない。
このままここで眠ってしまおうか。
私が体重を預けるテーブルの上に、ことんとコップが置かれたのは、そんなことを考えはじめた矢先だった。
「…お疲れ」
「!」
予期せず、頭上から聞こえてきた、何度聞いても聞き足りない大好きな人の声。
さっきまで眠ろうとしていた人とは思えない早さで、私は顔をあげる。
目の目にはホクホクと湯気をあげる、お気に入りの陶器のコップと……心配そうにこちらを見下ろすクラウドの姿があった。
「…クラウド」
「大丈夫か? ティファ」
「うん、へいき……ごめんね、ちょっと疲れちゃって」
「繁盛してたもんな」
「ん……」
つい、甘えた子どものような声を出してしまったのは、クラウドの大きな手のひらが慰めるように頭を撫でてくれたから。なんだろう。クラウドに触れてもらうだけで、疲れた心がじわじわ癒やされていくのがわかる。なにか魔法でも使っているのだろうか。
疲れた頭で、そんなことをぼんやり考えていたとき。ふと、湯気から香る甘い香りに気が付いた。
「……あれ? これ……ココア?」
「…ああ」
「…クラウドが作ってくれたの?」
「…うん」
恥ずかしそうに目を逸らしてから頷く、クラウド。それとは対照的に、私は自分の目を輝かせる。
暖をとるように、両手で包み込むマグカップ。あたたかい。コップの中では予想通り、ミルクココアがゆらゆらと揺れていた。
(あ……)
その優しい香りに包まれて、思い出す。いつか私が何気なく、ココアにはミルクをたくさん入れる方が好きだとクラウドに話したことを。そのときクラウドが珍しく……どうやって作るのか、聞いてきてくれたことを。
(…覚えててくれたのかな)
「…ありがとう、クラウド」
「……うん。それくらいしかできないけど」
「ううん。これが嬉しい」
「…そうか」
「うん」
精一杯の感謝を伝えたくて、目を見てしっかりお礼を言えば、クラウドはほっとしたように微笑み返してくれる。この、目には見えないちょっとしたやりとりが、心をさらにあたためてくれるような気がした。
「…よし。じゃあ……ティファは休んでいてくれ」
「? クラウド?」
「皿は俺が洗うから」
「え、いいよ! クラウドだって疲れてるでしょう」
「いいんだ。俺はまだ動ける。…手伝わせてくれないか」
「……、甘えちゃって、いいの?」
「…甘えてくれたら嬉しい」
クラウドはなぜか、本当に嬉しそうに見えた。これから冷えた水道水に手を突っ込まなくちゃいけないというのに。
私がこれ以上引き止めないのを確認したクラウドは、額にかわいくキスをしからキッチンの方に歩いていく。
ここに残されたのは、あたたかいココアと、ほんの少しの罪悪感と……申し訳ないけど、それより大きな喜び。
(……)
さっそくお皿洗いを始めてくれたクラウドを見守りながら、そっとコップに口をつける。ぬるくもなく熱くもない、ちょうどいい温度に保たれているココアが、甘く体の中に染み渡っていく。この、溶けるように広がる優しい後味は、きっと蜂蜜だ。お砂糖の代わりに使ったんだろう。
お砂糖の保管場所がわからなかったのか、あえて蜂蜜を選んだのかはわからない。それでも、偶然できたものであっても……このココアは今、世界で一番おいしい飲み物だ。
「…クラウド」
「ん?」
「すごく美味しい。ありがとう」
「…ん。よかった」
贈り物をもらったのはどっち? そう、揶揄いたくなるくらいの嬉しそうな顔。胸の中で広がる愛おしさには、限界がない。
ココアをもう一口飲んでから、疲れているはずの足で軽々と立ち上がる。それから、不思議そうに私を見守るクラウドのもとへ一目散に駆け出す。大好きな人を抱きしめるために。大好きな人に、抱きしめてもらうために。
この想いは、疲れることを知らなかった。いつまでもいつまでも、真っ直ぐ駆けていられると思った。
オアシス・イン・ザ・ダーク
fin,