今日こそは、って思っていた。シャワーを浴びているクラウドを寝室で待っている間に。今日こそは、って思っていた。このあとのイメージトレーニングなんかを、勝手にしながら。

 

今日こそは、今日こそは。

今日こそは、自分がクラウドをリードするんだって。

 

 

 

 

 

 

(…はあ〜……)

 

午前0時の寝室、心の中で盛大なため息をつく。

 

これは成功を噛み締めているため息じゃない。数時間前の自分の決意を、何も実行できなかったことに対するため息だ。打ち砕いてしまったのは、夜の時間、クラウドを自分がリードするんだっていう決意。いつもクラウドがしてくれているみたいに、自分がコトを進めていくんだっていう決心。

 

一人反省会をしたいところだけど、あいにくベッドは抜け出せそうにない。隣で、思わずうつってしまいそうなほど幸せそうに目を閉じるクラウドが、腕と脚で私をがっちり閉じ込めているから。

 

こうなったクラウドは、私が水を飲みたいと言っても、下まで付いてきてしまう。朝目が覚めるまで、この腕と脚の拘束が緩むことがないのは、経験上わかっているつもりだった。

 

(……今日もだめだった)

 

観念して、クラウドの分厚い胸板に頬を寄せながら、無音のため息をつく。だめだった。今日はイメージトレーニングまでしたのに。どうやって始めるかまで、念入りに考えていたはずなのに。

 

クラウドは寝室に戻ってきたあと、ベッドに腰掛ける私の隣に座った。そこまではイメージ通りだった。だけどおしゃべりしているうちに、あれよあれよと私の体は彼の下敷きになっていた。その体制になると、ひっくり返すのはかなり難しい。「待って」も「違うの」もクラウドには通用しない。どうして待たなければいけないのか。何が違うのか。その理由がない限り、クラウドは進行を止めようとしないから。

 

だから、勝負はあっけなくついてしまった。「今日は私から」なんて切り出す勇気を、最後自分が持てなかったせいで。

 

(……まだまだ、だなあ)

 

「……ティファ?」

 

そんなふうに、反省会をクラウドの腕の中で勝手に開催していると、おだやかな声で名前を呼ばれる。目線を上げれば、そこには何とも柔らかい表情をした彼があった。

 

「…ん?」

「…眠れないのか?」

「え?」

「さっきから、ため息をついてる」

「あ……ご、ごめん。なんでもないよ」

「……」

 

(……。しまった)

 

そう思ったのは、何でもないと答えた私に、クラウドが少しむっとした顔を向けたから。目を逸らしてしまったのもよくなかった。クラウドは私より、私の心の機微に敏感である。

 

「…ティファ?」

「は、はい」

「…何でもないのに、人はため息をつかない」

「そうかなあ……」

「……」

「……そうだね」

「…素直でよろしい」

 

満足そうに頷くクラウド。なんだか悔しい。こういうところでもリードされっぱなしだと思いつつ、照れ隠しのため、再度クラウドの胸に顔を埋める。何にも言わず、当たり前のようにゆっくり頭を撫でてくれる大きな手が気持ちいい。私を文字通り包み込んで守ってくれる体温が、心地いい。

 

そう。不満足なことなんてないの。足りてないものもない。

自分がそれを、クラウドにお返しできてないのではないかということが、心配なだけで。

 

「……。クラウドはさ」

「? うん」

「その……。いつも、誘ってくれるでしょう」

「誘う? ……ああ。……うん、そうだな」

「……。自分ばっかりだって、思ったことある?」

「…俺ばかり?」

「うん。…クラウドはいつも誘ってくれるのに、私はそれ、できてないなって思って」

「…ティファ」

「甘えてばっかりだって……そんなことを、考えてました」

 

この話はおしまい。顔は見ないでください。そう言わんばかりに、私はクラウドの体をわざと力強く抱きしめる。

 

クラウドは暫くぽかんと動かなかったけれど、やがて体の力を抜いたのがわかった。優しく、頭のてっぺんに落としてくれたキスが、クラウドの心の穏やかさを私に教えてくれた。

 

「……。ティファは優しいな」

「……?」

「…それと、自分に厳しい」

「…どうして?」

 

思ってもいなかった言葉に、思わず顔をあげる。……あんなに隠そうと思った顔を、すぐ安易と見せてしまうあたり、自分を律せている人間からは程遠い。

目が合ったクラウドは、やっぱりどこか嬉しそうだった。それは、これまで何度も、不安になって落ち込む私を助けてくれた笑顔だった。

 

「……確かに」

「?」

「…ティファから誘ってくれたら、俺はすごく嬉しい」

「…クラウド」

「…ティファが想像しているより、喜ぶと思う。……でも」

「…でも?」

「…俺は、ティファが心配しているような不満を……俺ばかり負担になってるなんて不満を、感じたことは一度もない」

「……本当?」

「ああ。だって……俺は既に、嬉しいから」

「……」

「…一緒に過ごしたいってこと、ティファが受け入れてくれる。ティファも、望んでくれている。……それがいつも、ちゃんと伝わってくるから……嬉しい」

「……クラウド」

 

(……ん?)

 

クラウドのくれる言葉で、心がゆったりと安心に包まれていく最中、ふと我に帰る。……自分がクラウドと体を重ねることを、望んで喜んでいるってことが、本人にダダ漏れである事実が発覚したから。

 

(わ、わ……)

 

急に赤くなってしまった顔を、隠そうとしてももう遅い。クラウドは確実に、さっきより上機嫌になって私の顔を覗き込んでいる。どれだけ頑張って隠しても、逃げきれなさそう。

 

「く、クラウド……」

「ん?」

「……。恥ずかしい」

「ふ……ティファが言い出したんだ」

「だって……」

「…誘いは、いつでも待ってる」

「い、いいって言ったじゃない」

「それはそれ、これはこれだ」

「もう……」

「…ティファがそうしたいと、思ってくれたときでいい」

「……」

 

クラウドの腕の中で、クラウドのくれる言葉の意味を噛み締める。そうだ。無理に背伸びしなくていいんだ。目的と手段が逆になってしまったら、きっと意味がない。

 

私が本当に、そうしたいと思うとき。クラウドに喜んで欲しくて何かしたいって、思うとき。

 

(……)

 

「……。ねえ、クラウド」

「…うん?」

「……もう、眠い?」

「……」

「……」

「…いや。……まだ寝たくない」

「……。私も」

 

ゆっくり音もなく解かれる、クラウドの腕と脚。たどたどしく体に覆い被さるのは、クラウドじゃなくて私。

 

(あ……)

 

クラウドが言ってたことは、本当だ。

目が合うだけで、わかる。この状況を求めていたのが自分だけじゃないってことが。クラウドも今、嬉しいんだっていうことが。

 

 

 

 

夢中になってキスをしながら、私はじんわり思い改めていた。大好きな人を喜ばせること以上に嬉しいことなんて、この世界に、ないんだって。

 

 

 

 

 

 

お相こづくし

 

 

 


fin,