寝たふりをして騙してはいけないとわかっているのに、まぶたを開けれらないでいる私を、どうか許して。
あなたに頭を撫でてもらっていると気づいたのは、意識が目を覚ましてからすぐのこと。だけどそれからずっと、手のひらの大きさと温かさがくれる安心感に、ずっとまどろみ続けている。
あなたは今どんな顔をしているのだろう。どんな気持ちで撫でてくれているのだろう。知りたいことはたくさんあるけれど、それよりも今このときに身を委ねる方を、私は選んでしまっている。あなたが私を見ていてくれる。あなたが私のことを考えてくれている。確かなその事実だけで、十分な幸せを感じている自分がいる。
(……)
世界は朝を迎えた頃だろうか。この瞳に映さずとも、太陽の光の存在を感じる。外から感じる心地よい風。シーツからはみ出した、何も纏わない肩が少し肌寒く感じるけれど、それがかえってクライヴの温もりを強くしてくれるから、これでいい。
優しくて頼もしい手が、指が、私の頬に触れる。ゆっくりとなぞってくれる手つきからは、否応なしに愛を感じる。その間、クライヴに感情を読み取られないのをいいことに、頭は自由に次々と、子どもじみた我儘を口にする。
ずっと、このときが続けばいいのに。ずっとこの腕の中に、閉じこもっていられたらいいのに。
あなたがどこにもいかず、危ない目にも遭わず、己を犠牲にせず、ただ穏やかな気持ちでずっと、ここにいてくれたらいいのに。
「……。ジル?」
名前を呼んでもらってつい、まぶたはぴくりと反応した。それから私は時間を置くこともなく、瞳を世界に覗かせる。確かめなくたって、試さなくたってわかってしまったからだ。クライヴが私の目覚めに気づいたことを。
「…ジル」
手のひら同様、あたたかく優しい眼差しと視線が絡む。
頭の中の想像よりも、ずっと優しい眼差し。
(…ああ)
クライヴ。私、あなたのことが、どうしようもなく。
「…おはよう、ジル」
「……おはよう」
「すまない。起こしてしまったか」
「いいの……気にしないで。……早起きだったのね」
「ああ。ふと目が覚めてしまってな……それでずっと、君を見ていた」
「ずっと?」
「ずっと。……盗み見をしてはいけないとわかっているんだが、君を見つめ始めると、やめ時がわからなくなる」
「もう。クライヴったら……」
まっすぐに向けられる愛情に、臆病な私はすぐ目を逸らす。照れくさいという気持ちと、あとは器の問題。誰かに大切にされることから、ずいぶん遠いところで生きすぎたせいで、温かい想いをうまく受け止めきれずにいる。それをクライヴが許してくれるから、待っていてくれるのがわかるから、焦らずにいられるのだけれど。
「ジル」
再び頬を包んでくれる、大きな手。反射的に見つめ直したクライヴの瞳は、それこそ見つめるやめ時がわからなくなるほど、澄んでいて美しい。
「……、クライヴ?」
「…あ、いや。君の瞳を見られるのが嬉しくて」
「大丈夫よ。私は眠り姫様のように、大人しくはないわ」
「そうかい? 眠っているときの君を君に見せてあげたい」
「どういうこと?」
「本当に綺麗なんだ。だけど、美しい分、このまま目覚めないんじゃないかと不安になる」
「…そんなことを考えて、私を見ていたの?」
「ああ。俺は臆病だからな」
「嘘ばっかり。あなたほど勇敢な人を知らないわ」
「勇敢と臆病は、紙一重さ。君の前で油断している俺は、大抵臆病な俺だよ」
「ふふ……」
愛おしい告白につい頬を緩ませる。
軽く重ねてくれた唇は、冗談ではないんだと念押しをするようで、余計にかわいく思えてしまう。
大丈夫。わかっているわ。臆病であることの大切さを。あなたがちゃんと、失うことを恐れた上で、私たちの前に立ってくれていることも。
「…クライヴ」
優しくて頼もしい人の頬に、手のひらを添える。クライヴもまた、私のその手に手を添える。
ごめんなさい。寝たふりなんかをして、あなたに不安な思いをさせて。だけどそれよりも、謝らなければならないことがある。それは今、嬉しいと感じてしまっていること。臆病な姿を私に許してくれている、その事実を。
「…温かい」
「?」
「君は体温が低いけど、手は温かいことが多い」
「…私だってあなたを、温めたいから」
「俺はいつも……十分温いよ。熱すぎるくらいだ」
「いいの。いいのよ、クライヴ」
「……」
「どんな炎も、冷たい風は嫌いだわ」
私はクライヴを抱きしめる。クライヴも私を包み込むように腕の中に閉じ込める。
風が少し、冷たくてよかった。私の中にある頼りない温もりが、ほんの少し強くなるから。この人の抱く不安に、寄り添うことができる。また一つ……この人が立ち上がるための勇気の一部に、なることができる。
ずっと、このときが続けばいいのに。ずっとこの腕の中に、閉じこもっていられたらいいのに。
あなたがどこにもいかず、危ない目にも遭わず、己を犠牲にせず、ただ穏やかな気持ちでずっと、ここにいてくれたらいいのに。
我儘は決して消えることはない。だけどわかっているの。受け入れてさえいるの。そんな願いはきっと、一つも叶わないことを。
選ぶこともできたのに、自分だけが幸せになる道を選ばなかったあなたを、私は愛し、守りたいと思ったのだから。
優しい炎に包まれて、私は時間になるまで暫く、再びまぶたを閉じていた。
耳を当てた彼の厚い胸からは、とくとくとくと、酷く優しい鼓動が鳴り続けていた。
酸素の抱擁
fin,