汗と砂埃と泥と、考えなければならない、あれこれと。時々俺はそういった、家の中に持ち込みたくないものを身にまとい、帰路に立つ。

 

そういうときは大抵、真夜中であることが多い。街が寝静まり、家族も寝静まるような夜。憂鬱な気分が濃くなるのは、おそらくそんな時間のせいでもあるだろう。自ら能動的に選んだ仕事だ。働く時間が不規則であることには慣れているし、諦めもついている。だがそれでも、人一人歩かない夜の道をフェンリルで走ると、何らかの虚しさは感じてしまう。前述の疲れも相まって、虚しさはしつこく付きまとう。

 

 

 

そんな陰湿な疲労を、その灯りは一瞬で吹き飛ばす。

唯一無二の、我が家の上階。俺たちの寝室に灯る温かい色の光と……おそらくそこで俺を待っていてくれる、ティファと。

 

 

 

どたばたと。なるべく物音を立てずに家の中を移動したつもりだが、焦る気持ちが出てしまっているのか、あまり配慮は生かされなかった。

 

消灯された家の中を、間取りを把握した頭と記憶だけを頼りに、手探りで進む。俺自身の歩行のためだけに、灯りを灯したくなかった。俺が求めている光は、ただひとつだけだったから。

 

(…ティファ)

 

ようやく辿り着いた寝室のある廊下。少し息が切れてしまっているのをそのままに、取っ手を回し扉を開ける。

暗闇に慣れてしまった目に優しく馴染む電球色。その光の中にティファはいた。驚いた顔をして、立っていた。

 

「あ、クラウド」

「ティファ、」

「やっぱりクラウドだったんだ。バイクの音がしたから、帰ってきたのかと思っ……わっ、」

「ティファ……」

 

絵に描いたような満面の笑みで、俺の帰りに気づいたことを報告してくれるティファの言葉を遮り、思い切り身体を抱きしめる。力を込めすぎたかと思ったが、もう遅かった。ティファを中に閉じ込めることに成功した腕が、拘束を緩めることなどできるはずもない。

 

「く、クラウド?」

「……うん」

「…大丈夫?」

「ああ……。癒される……」

「え? ふふ……お疲れだね」

「ん……。……ただいま、ティファ」

「うん、おかえりなさい。遅くまでお疲れ様」

「……ん」

 

ティファの、俺よりも一回り小さな手が、優しく頭を撫でてくれる。抱きしめている体の柔らかさと、ティファ自身の優しさに、ぼろぼろになった心が絆されていくのがわかる。回復するとは、こういうことを言うのだろう。ティファの持つ癒しの力と比べれば、ケアルなんて気休めみたいなものだと感じる。

 

(…よかった)

 

ティファに会えた。ティファを抱きしめることができた。それだけでもう、疲れも悩みも何もかも、どうだってよくなる。

 

「……ティファ」

「うん?」

「…待っていてくれてありがとう。…遅くまで、すまない……」

「ううん。…迷惑じゃなかった?」

「まさか。……生き返る」

「ほんとに、今日は疲れてるんだね」

「……うん」

「ご飯、なにかつくろうか?」

「いや、いい……」

「…シャワーは? お湯、ためる?」

「ううん……。……このまま」

「?」

「…このまま、もう少し」

「…クラウド」

 

緊張していた筋肉がだんだんと緩み、脱力していくのがわかる。ティファは、俺が相当弱っていると判断したのか、今度は優しく背中を撫で始めてくれた。どうしても、そんなティファの顔が見たくなり、重い身を少し起こす。目が合うなり微笑んでくれたティファへの口付けは、いつもより甘えが入ったものになった。

 

「……」

「……。…クラウド」

「……ん?」

「熱、ある?」

「…いや。そんなはずは……」

「……あ、やっぱり。おでこ熱いよ?」

「…疲れているだけだ」

「もう、無理して。シャワーは明日にして、今日はもう寝よう。着替えは……」

「…ティファは?」

「ん?」

「…一緒にいてくれるか」

「うん。クラウドが嫌じゃなければ」

「……よかった」

「わ、……ふふ、もう、重いよクラウド」

「ん……」

「ベッドまで頑張って歩いて?」

「うん……」

 

ティファに寄りかかりながら、ゆっくりひとつずつ意識を手放していく。万が一ティファがバランスを崩し、倒れそうになったとき、俺から受け身をとれるようにだけ準備をしながら。それ以外は全てティファに委ねた。

 

昔の俺が知ったら、顔を真っ青にして止めるだろうか。こんな弱い姿を見せてどうすると、慌てるだろうか。ティファにベッドまで引きずってもらいながら、そんな、考えても仕方のないことを考えた。

 

「クラウド」

 

ようやく辿り着いたベッドに身体を投げ出してから、俺は眠りに落ちるまで、ティファのあたたかい手を繋いでいた。

 

「…おやすみなさい」

 

俺にとってティファは、ただひとつの灯りだった。触れることのできる、ただひとつの光だった。

 

 

 

 

マイ・ルミエール

 


fin,