「クラウド、ティファを励ましてきて」

 

帰宅早々、困った顔でマリンが俺にそんなことを言った。切羽詰まったという感じではないが、ティファの身に何か起こったことに違いはない。グローブを外しながら詳細に耳を傾ける。今朝、家を出るとき笑顔だったティファのことを思い浮かべながら。

 

「何があった」

「あのね、今日こわーいお客さんが来たの」

「怖い客?」

「うん。それでね、ティファも運が悪かったの」

「……つまり」

「…ティファ、お会計失敗しちゃったの」

 

マリンのくれる必要最低限の情報から、いまの状況を把握していく。怖い客。ティファの悪運。会計の失敗。そこから導き出される答えはただ一つ。その、怖い客とやらからティファへ、叱責の類があったということ。

 

「…わかった。ティファは今?」

「お部屋にいるよ、ずっと前から」

「…マリンたちはちゃんと、夕飯は食べたか?」

「うん! ティファ、元気なふりしてご飯作ってくれたから」

「…そうか。さすがだ」

「だからね、早く行ってあげて?」

「ああ。…ありがとう、マリン」

 

マリンに背中を押してもらう気持ちで、俺は階上へと足を向ける。

 

話を聞かずとも既にわかる。きっとティファはいま、猛烈な自己嫌悪に陥っていることだろう。人のせいにするのが下手なティファだから、その客の中に非を探すことはしない。代わりに自分の非を洗いざらい見つけて並べて、反省しているに違いない。そこまでする必要はないし、誰だって上手くいかないことはある。それは俺も再三伝えているし、ティファもわかっているはずだが、それでもこうなるのがティファなのだから、今更この状況を咎める気にはならない。

 

ただ一つ、俺にできることは、俺がしてやれることは……そんなティファの、そばにいることだけだ。

 

「…ティファ」

 

ティファが引きこもる寝室のドアを軽くノックしてから、部屋の中に入る。

 

きっと、ベッドにうつぶせになって固まっていたのだろう。俺の帰宅に気づき、慌てて起き上がったように見えたティファの額には、赤く押し付けた跡が残っていた。

 

「く、クラウド! おかえりなさい」

「…ただいま」

「ごめんね、全然気がつかなくって……ご飯食べるよね?」

「ああ……」

 

案の定ティファは、今の状況を隠して平然を装おうとする。だけど、長年ティファを見守ってきたかいあってか、その笑顔が偽りのものであることも、声が変にうわずっていることも、俺には全部わかる。

 

目を合わさず、部屋に入ってきた俺と交代で廊下に出ようとするティファ。それを引き止める目的で細い腕を掴むと、ティファはきょとんとしてこちらを見上げた。

 

「…クラウド?」

「……ティファ」

「なに?」

「……無理しなくていい。わかってる」

「……」

 

全て説明するのも野暮だと思い、端的にそれだけを伝える。ティファは何度か瞬きをしていたけれど、その表情が少し泣きそうなものに変わるまで時間はかからなかった。

 

「……。…うん」

 

暫くもごもごとしていたティファが体の向きを変え、こちらに寄りかかる。その温もりを、自分の腕が反射的に包み込む。優しく抱きしめれば、ティファは体の力を抜いてくれた。

 

「……ふう」

「…大丈夫か?」

「うん……」

「……」

「……。失敗しちゃった……」

「…誰だって間違える。ティファはよくやってる」

「…うん。……ありがと、クラウド」

「…あまり自分を責めなくていい」

「ん……」

 

甘えるように、頬を擦り寄せてくれるティファ。俺はただ、あやすようにその背中を何度も撫でる。自分がおそらく、ティファが甘えてくれる唯一の人間なのだという自惚れが……ティファの知らないところで、満足感として育つのを自覚しながら。

 

ティファをここまで弱らせたその客とやらに、湧いた怒りは正直ある。だが今はそんなことより、安心してもらう方が先だ。客への怒りを暴発させたところで、他人に優しいティファが喜ぶとは思えない。

 

(……)

 

「…ティファ」

「……ん?」

「…俺にできることはあるか?」

 

せっかくいま、一緒にいるのだから。そんな想いを込めてティファに尋ねる。

何もしなくていいという返事も覚悟していたけれど、返ってきた答えは、いい意味で予想外なものだった。

 

「……。…もうちょっと、こうしてて」

「…わかった」

「……今夜は一緒にいて」

「…言われなくても」

「……。それと」

「?」

「……、……して」

「……え?」

「……よしよし、して」

 

ティファの声は、最後、聞こえなくてもおかしくないほどの小ささだった。

自分にとって都合のいい聞き間違えかもしれないと、その顔を再度覗き込む。だがティファは……その答えを示すように、耳まで真っ赤に染めていた。

 

(…ティファ)

 

思わず破顔してから、望み通りティファの頭をゆっくり撫でる。それからティファに負けないくらいに小さな声で、ティファの言葉を反復する。恥ずかしくなるのをわかって口にしてくれたことに免じて、耳元で、一度だけ。ティファと俺だけが覚えている事実になるように、一度だけ。

 

 

 

 

ティファの心が落ち着いて、もういいよと言われても、俺はしばらく大切なその人を抱き続けていた。その髪を、撫で続けていた。

 

 

 

柔らかく効く薬指

 


fin,