強弱の変化なく、雨が振り続ける。この雨音をBGMに使わせてもらってからもう30分は経過しているけれど、止む気配も激しくなる予感も一向にない。きっと今日は変わらず、このまま続くのだろうと、意味もなく窓の外をぼんやり見つめながら思う。
「ん……」
そんな雨の音に混ざるように、くぐもった声が聞こえた。声の主が誰かはわかっている。しばらく前からずっと、私がゆっくり髪を撫で続けている人。ソファーに座る私の太ももを枕に、うとうととお昼寝を続けている人。
クラウド。もしかしたら目を覚ましたのかと思い、確認する意味も込めて大切な名前を呼ぶ。すると、さっきまで柔らかく閉じていた瞼が声に応えるように開き、青く美しい瞳を覗かせた。
「……」
「…おはよ」
「……。…ティファ」
「うん」
「…あれ……」
「?」
「…俺、寝てたか……?」
「ふふ、うん」
クラウドが不思議がる理由がわかるから、ぼんやりとする彼の様子を見て、つい口元を緩める。
クラウドは最初、お昼寝がしたくて私の膝枕を使っていたわけではなかった。クラウドが眠ってしまうまで、私たちはただここで、お話をしていた。クラウドにとっての、次の配達に行くまでの隙間の時間。私にとっての、夜の営業を始めるまでの休憩時間。そんな、偶然重なった自由時間を、私たちは私たちのために使っていた。特に何をするでもない、ただ一緒にいるためだけの時間に。
「…まいったな」
「……ん?」
なんだか困ったような声で、クラウドが小さく呟く。その頬を包むようにそっと手を添えれば、クラウドはうっとりと目を細めた。
「…勿体ないことをしたような、そうでもないような」
「…お昼寝したこと?」
「うん」
「ふふ、気持ちよさそうだったけど」
「…ああ、気持ちよかった。……贅沢な昼寝だ」
「あはは。……でも、勿体なかったんだ?」
「……。…せっかくティファと一緒にいるのに……」
どうやらクラウドは、ふたりきりの時間を睡眠に費やしたことを、少し後悔しているらしい。
その気持ちは私にもわかる。自分がもしクラウドと立場が逆だったら、きっと同じことを思っただろう。ふたり揃って忙しいから、こうして日中お話ができたり、触れ合えたりする時間はとても貴重だ。お昼寝はひとりでもできるけど、お話やスキンシップは一人じゃできない。だからこそ「勿体ないことをした」って思ってしまうのは、自然なことなのだろう。
だけど同時に、私は私で今、こんなふうに思っている。
ああ、なんて貴重で充実した時間だったんだろう……なんて。
「…クラウド」
クラウドが眠っていたときと同じように、見た目よりずっとふわふわと柔らかな髪を撫でる。それを心地良さそうに受け止めてくれるのが嬉しくて、私の頬は緩んだまま。
「ん……?」
「…ううん。呼んだだけ」
「……。ごめんな」
「…何が?」
「…退屈、させただろ。俺が寝てるあいだ」
「ふふ。身動き、とれないしね」
「……。寝てる間も、ティファを独占していた」
「…こっそり、私と枕を差し替えれたかも」
「…いや、だめだ……すぐ気づく。枕じゃ、ティファの代わりにはならない」
「もう……調子いいんだから」
わざとらしく、ちょっとの力でおでこを叩く。とたんに見せてくれる笑顔が、どこかいたずらっ子のようで愛おしい。だけど、クラウドの「ごめんな」はきっと本音だろう。この笑顔になるまで、申し訳なさそうな顔をしていたから。
(…でもね、クラウド)
私はまったく、退屈なんてしていないの。クラウドとこの時間を過ごし始めて、今の今まで、勿体ないなあって感じた瞬間は1秒もなかったよ。
時間ができたからちょっと一緒に過ごそうかと、一緒にソファーに座ったときも。とりとめのないおしゃべりをしながら、甘えるように私に身を預けてくれてからも。安心してくれたのか、眠そうにだんだんと瞼を閉じていくあなたを見ていたときも。クラウドの、子どもみたいにあどけない無防備な寝顔を。こうして守っていられた時間も。
クラウドのことが大好きな私には、あなたがくれるどんな時間も瞬間も、宝物にしかならないのだから。
「……」
「……」
見つめ合う時間。私たちふたりの間にゆったりと流れる、優しい想い。
窓の外で、雨も変わらず優しく振り続ける。まるでこの空間を守るベールのように、強すぎず、弱すぎず。
「……ティファ」
「…ん?」
「……。ううん」
「ふふ、まだ眠いんでしょ」
「……ちょっとな」
「寝ていいよ。まだ時間あるし」
「……。ティファは?」
「ん?」
「…ティファは、どこかに行ってしまうのか」
「…ううん。ここにいる」
「……」
「クラウドの寝顔、観察するの楽しいからね」
「あ……。…そうやって時間を潰してたのか」
「ふふ」
「……俺も、ティファの寝顔を観察したい」
「…いつも朝、してるじゃない」
「…気づいてたのか?」
「あんなに、まじまじと見られたらね」
「……。おあいこだな」
「あはは、うん。おあいこ」
きっと、いまのクラウドの笑顔と、私の笑顔はそっくりだ。心がふたつともここにあって、同じ温度で寄り添い合えている心地がするの。私たちはいま、どちらかのためじゃなく、二人のためにここにいる。それがわかって嬉しくて、笑顔がやめられない。
1秒、1分、1時間。振り続ける雨のように、強弱なく平等に時間は流れていく。
だけど、クラウドが言うように……こうしてふたりで過ごす時間は、他のどの時間とも変え難い。
時が流れ、やがて雨は止む。クラウドも私も、束の間の休憩時間にいちど、終止符を打つ。
でも、クラウドと一緒に中断して、クラウドと一緒に始める仕事の時間は、なぜだかいつもより、きらきらして見えた。大切な人と一緒にいれば、どんな時間も輝かせることができるのだと、クラウドはその身をもって、私に教えてくれていた。
甘雨のヴェール
fin,