なんてことはない。

 

一緒に家を出発する時間を決めて、ふたりその時間めがけて準備をする。一人のときよりも一応、見た目、格好に気をつけて、これから隣を歩くティファに恥をかかせないよう気を配る。

 

なんてことはない。

 

これから共にする食事のために、共に買い物に出かける。特に口約束をしたわけでもないが、俺たちはこれから「当たり前」のこととして、同じ目的のために行動する。1分先、1時間先、これからずっと先も続くであろう自分の未来の中に、当たり前のようにティファがいる。幼馴染だから。仲間だから。いや、違う。家族だから。

 

なんてことはない。これは、取り立てて言葉にするようなことではない。

家族だから。家族だから。俺たちは、家族なのだから。

 

 

 

 

「クラウド、機嫌いいね」

「……」

 

ティファにそう声をかけられたのは、情けないことに、一緒に家を出て5分もしない頃だった。

元々自分のことを、表情を顔に出せるタイプだとは思っていないし、嬉しいときもしかめっ面をしている自覚がある。だが、そう思っているのは自分だけで、ティファにはそんなポーカーフェイスは全く通用しないらしかった。

 

「…別に、普通だ」

「そう? いいことあったのかと思った」

「……。ティファも、機嫌がいい」

「私? ふふ、クラウドとお出かけしてるからかな」

「……そうか」

 

(……俺もだよ)

 

俺の誤魔化しを深掘りしない、優しいティファ。恥ずかしがらずに、自分の思いを答えてくれるティファ。

……隣を対等に歩くなんて、到底できそうもない。

 

夕飯はシチューにしよう。冷蔵庫を覗きながら言ったティファの提案に、俺は間髪入れず賛成した。必要なものは人参。買い物に行ってくるねと言ったティファへ、俺はすかさず「自分も行く」と言って立ち上がった。

 

家族、というつながりを得て、経った時間は二週間。曖昧だったティファとの関係に、初めて名前がついてから二週間。

同じ屋根の下で暮らしていい。一緒に買い物に出かけたっていい。手を繋いでもいい。昼寝だって一緒でいい。時には夜眠るまで……だらだらと語り合ったっていい。

 

家族だから。家族だから。人が生きていく中で得られる、最も繋がりの深い関係に、俺たちはたどり着いたのだから。

 

「ふうー……今日、いい天気だね」

「…ああ。買い物日和だな」

「そうだね。一緒に来てくれてありがとう」

「…うん」

「……へへ。なんだか変な感じ」

「…変な感じ?」

「うん。クラウドと一緒に、野菜を買いに行けるような日が来るなんて」

「…俺にはまだ、食料調達は似合わないか」

「ふふ、ううん、そうじゃないの。なんていうか……日常のなかに、クラウドがいるのが嬉しくて」

「……」

「いちいち感動しちゃうの。お風呂も歯磨きも洗濯も、これから一緒なのかって思うと」

 

なんてね、と、ティファははにかむ。その笑顔から目を逸らすことなどできるはずもなく、俺はただ釘付けになる。

 

空いているティファの左手に自分の指を絡ませたのは、無意識下の行動だった。ティファは少し驚いた。俺も自分の行動に驚きつつ、何事もないような顔を見繕った。

だけどティファは、その手を握り返してくれた。何も言わず。当たり前のこととして。

 

「……家族だからな」

「…え?」

「…家族だから、いいんだ。買い物だろうが、昼寝だろうが……意味のない時間だろうが、一緒にいてもいい」

「……」

「…少なくとも俺は、……それを嬉しいと思ってる」

「……クラウド」

 

もうティファの顔は見れなかった。この話題が終わって、それこそ何でもない話が始まるまでの間、暫く。

でも、横目にティファが微笑んでくれたのが見えたからそれでよかった。繋いだ手の力を、互いに少しだけ強める。親指で互いの手をなぞり、気持ちがここにあることを確かめ合う。

 

不安が全くないとは言わない。それは多分、自分が今、夢の中にいるのに近いからだ。足元に揺るがぬ大地があるのがわかっているのに、うまく着地できず浮いているような、そんな感覚。いつか夢は破裂するかもしれない。見て見ぬふりをしている過去や責任の重さに、はじける日が来るかもしれない。

 

だけど少なくとも今、俺たちは一緒にいる。生きていくための道の上に、共に立っている。

幼い頃からずっと焦がれていた、ティファの隣という場所で、ティファと同じ景色を見ようとしている。

 

きっと今は、それでいい。短くはない歳月を経て得た、この時間を大切にすることに、すべてを注いでいたい。

 

ここでなら、ティファの隣でならやっと、幸せというものと……向き合えるような気がするから。

 

 

 

「…ねえ、クラウド」

「……ん?」

「…明日は、何して過ごそうか」

「…ティファは何がしたい?」

「……何でもいい。クラウドが一緒なら、何でも」

 

ティファはまっすぐ、まっすぐ前を向きながら、小さな声でそう答えてくれた。

 

たとえいつか、本当の意味でこの時間が「なんてことない」ものになったとしても……今感じる愛おしさだけは決して忘れないだろうと、俺は思った。

 

 

あいかぎ

 

(なにがあっても、そばにある)

 

 


fin,