夢を見た。すぐにそれが夢だとわかったのは、そこにパパがいたからだ。
「パパ」
悲しむことも驚くこともせず、ごく自然な喜びに突き動かされ、私はパパに駆け寄った。パパは記憶の中の通り、優しく微笑んでくれる。
私はすっかり成長しきった今の姿。目の前のパパは「あのとき」のままの姿。だって私、知らないから。パパがおじいちゃんになった姿を、知らないから。
ティファ。
パパが私の名を呼ぶ。その声色はまるで、幼い子どもに語りかけるときのそれだった。
独りじゃないか。寂しくはないか。
もしかして、心配してくれているのだろうか。天涯孤独の身となった自分がいまどうしているのか、気にかけてくれているのだろうか。
私を想ってくれたパパ。料理をがんばってくれたパパ。たくさん笑いかけてくれたパパ。いつも味方でいてくれたパパ。どんなときも守ってくれたパパ。大好きな、パパ。
「パパ」
パパの問いかけに、私はまっすぐその目を見据えて頷く。
「大丈夫だよ。私、ひとりじゃないよ」
知らない間に目尻に溜まっていた涙が、ぽろぽろとこぼれ落ちる。
「私、家族ができたの」
「誰だかわかる? クラウドだよ。いつもパパに怒られてた、クラウド」
「たくさん、話したいことがあるの。知って欲しいことが、たくさんあるの」
「ねえ、パパ」
滲んだ視界の先。
「私ちゃんと、幸せだよ」
パパが確かに、笑顔をくれる。
夢を見ていた。目覚めて直後視界に映る、お店の見慣れた天井を見つめながらそれに気づいた。
いったいどうして自分はここで眠っていたのだろう。決して寝心地がいいとは言えない、店内の四人掛けのソファー席に寝転びながら考える。自分のことだ。ちょっと休憩をしようと座って一息つくうちに、うとうとと眠ってしまったに違いない。屋内に差し込む日の光がまだ明るいことから、酷い時間まで寝過ごしてしまったわけではないことを悟る。
とはいえ、起きないと。そう思って体を起こそうとしたとき。ジュウ、と何かを焼く音と甘い香りが、私の意識を覚醒させた。
「………あれ?」
「……? あ。ティファ」
無意識に目を向けた先は、自分の仕事場でもあるキッチン。そこに立って明らかに「料理」をしていたのは……その場所では見慣れない、クラウドだった。
「…おはよう、ティファ」
クラウドは、微笑んでいた。
「……おはよう」
幸福とは違う、だけど限りなく近い感情が胸の中に沸き起こる。ぶわっと広がったそれは、心をふわりと満たしていく。
「…よく寝てたな」
クラウドは、私がそんな状態であることに気づくわけもなく、ごく自然に会話を始めてくれる。
それが嬉しくて、私も話を続けることにした。余韻のように残る、パパの笑顔をしっかり心に留めながら。
「へへ……ごめんね。うたた寝してた」
「最初、ティファがいなくなったと思って焦った」
「ええ?」
「その席で寝転ぶと、死角になるからな」
「わ、それはご迷惑をおかけしました」
「いいんだ。幸せそうに寝ていたから」
「ふふ……。……あ、ところで」
「?」
「…クラウド、何つくってるの?」
いずれ聞かれる質問だと思っていたのだろう。
片手でフライパンらしきものを動かしつつ、クラウドは苦笑いをしながら、空いているほうの手であるものを掲げてみせた。大きな文字で「ホットケーキ」と書かれた、ある袋を。
「…ホットケーキ?」
「…マリンにねだられてな」
「ふふ……頑張ってくれてるんだ」
「…これくらいなら、俺も作れる。多分」
「ほんと? 大丈夫そう?」
「俺を誰だと思ってる?」
「クラウドだから心配してるの」
「言ったな」
「あはは」
クラウドがわざとらしく私を睨む。その顔が面白くて、思わず声に出して笑ってしまった。流れる時間はあたたかい。今が何時なのか、確かめたくないくらい。
きっと、焦げやすいホットケーキの対応でその場を離れられないであろう彼のために、私は立ち上がる。クラウドの元に辿り着くまで、クラウドは優しい眼差しでじっと見守ってくれていた。
「……わ、上手」
「そうか?」
「うん、もうひっくり返してもいいと思う」
「……。……」
「お見事! さすがクラウド」
「…まあな」
得意げな表情をしてみせるクラウドが愛おしくて、思わず屈託のない笑顔になる。
そんな私と、一緒になって笑ってくれていたクラウドが、ふと真顔になったとき。
きっと、気づかせてしまったのだろうと思った。拭い忘れていた、涙の跡に。
「…ティファ?」
少し首を傾け、目尻を親指で拭いながら、クラウドは私に何かを問いかける。
大丈夫? 言葉にはならない優しさを受け取って、私はただ黙って頷く。しっかり瞳を見つめて、笑顔で。
「……」
クラウドはしばらくじっと私の目を見ていた。だけどふと、ほっとしたように、目に込めていた力を抜いた。
「……。あ」
「?」
「クラウド、焦げ臭い」
「……あ」
「と、とにかく火を止めて?」
「……」
「それから、はやめにお皿にのせちゃおう」
「……。よし」
「うん、よし」
「…合格か?」
「ぎりぎり……合格です」
「…よかった」
「ふふ」
ほんのちょっぴり焦げてしまった、だけど十分美味しそうなホットケーキを前に、私たちは笑い合う。
わざわざ伝え合わなくともわかる。今ここにあるのは幸せ。誰も否定することはできない。私たちでさえ、認めざるをえない。
腕を絡め、寄り添い、感じるあたたかい体温。クラウドは何も言わず、絡めた腕の先で手を握ってくれる。二人が二人の意思でここにいることを、思い出せてくれる。
パパ。ゆっくり瞼を閉じながら、私はパパを想った。
大丈夫だよ。見ていてね。いつかまた、話をしようね。
かたぐるまの卒業式
fin,