寝たふりが、終わらない。
「……」
「……」
なで、なで、なでと。大きくてあたたかい手が私の髪を一定の間隔で撫で続けている。撫でてくれている張本人が、どういう気持ちで、どういう表情でそれをしてくれているかはわからない。今わかっているのは、私はベッドに横たわっていて、その人が、クラウドがずっと……私を見つめ続けてくれているということだけ。
きっかけは本当に些細なことだった。私はついさっきまで、クラウドの帰宅を待ちながら、一階のお店でうとうとしていた。クラウドが帰宅したとき、すでに脱力し机につっぷしていた私は、ちょっとしたイタズラを思いついた。ほんの少しの間寝たふりをして、クラウドを驚かせてみよう、なんてことを。
ゆっくり近づいてくる、重い足音。ぎゅっと目を閉じて我慢する。感じる、クラウドが私に気づいた気配。さらに近づいてくる足音。さあ、いつ顔をあげようか。いつ、おかえりって笑おうか。
「…ティファ?」
「……」
「……ティファ」
「……。……!」
その慣れない悪戯が失敗に終わったのは……。何度か私の名前を呼んでくれていたクラウドが、まるで「いつもしています」とでもいうかのように、自然に私の額に、優しくキスを落としたから。
(……)
そこからもう、私はクラウドの手中である。寝たふりを解除するタイミングは完全に見失った。
一瞬も目を開けられないから、クラウドの状況もわからないでいる。わかるのはやっぱり、ただ自分が今見つめられているということだけ。
(……)
ついさっきといえども、10分以上前のことなのに、まだ鮮明に思い出せる。前髪をかき分けてくれた優しい指遣いも、唇の柔らかさも。どんな表情をしていたんだろう。どんな気持ちだったんだろう。
本当はそこまで知りたいけれど、今の私にはちょっとハードルが高すぎる。
クラウドはキスをくれたあと、しばらくその場で頭を撫で続けていてくれた。だけど満足したのか、それとも一向に私が動かなかったからか、彼は眠った(ふりの)ままの私を軽々と抱き抱えて、すたすたと階段を上がり始める。
たどり着いたのはおそらく、寝室。ゆっくり寝かせられたのは、きっと私のベッド。そこまではいい。クラウドは電気を消して去ってしまうかもしれないけれど、ひとまず寝たふりはやめられる。このどきどきを落ち着かせようと、深呼吸することはできる。
でも、すぐにそれが叶わないと悟ることになった。同じベッドに腰掛けたクラウドによって、再び「なでなで」が始まったから。
「……」
「……」
クラウドの手は止まらない。そして、このままだと本当に眠ってしまうのではないかと思うくらい、その手は心地いい。
(ど、どうしよう……)
「……」
「……」
文字通り、一刻一刻と進んでいく時計の針。
本当にクラウドは、いつまで続けてくれるつもりなのだろうか。朝まで……は流石にないと思うけれど、このままクラウドもベッドに横になり眠ってしまう、なんていう展開は大いにあると思う。それはあまりにかわいそうだ。お腹も減っているだろうし、シャワーも浴びたいだろうと思う。私の寝たふりに、付き合ってもらっている時間は正直もったいない。
やっぱり起きなくちゃ。恥ずかしいけれど、何とか自然に目を覚まさなくちゃ。この、夢みたいにあたたかい時間から……本当に抜け出せなくなる前に、抜け出さなくちゃ。
「……」
「………、」
「…、ティファ」
ゆっくりゆっくり開いた瞼。眩しくて最初うまく目を開けられなかったけど、すぐに呼ばれた名前に心は跳ねる。
おそるおそる、声の主がいるほうに顔を向けると、クラウドは思わずこちらまで頬を緩めてしまうほど、嬉しそうな顔をしていた。
「……。クラウド」
「…うん」
「……おかえりなさい」
「…ああ。ただいま」
恥ずかしくて、目のやり場に困り、わざとらしく辺りをきょろきょろと見渡す。クラウドは私が自分の状況を把握していないと思ったのか、質問をする前に話しかけてくれた。
「…眠っていたから、勝手に寝室に運んだ。遅くまで待たせてすまなかった」
「う、ううん。ありがとう」
「…このまま寝るか? それなら電気を消していくけど」
「…、クラウドは?」
「俺は、シャワーだけ浴びてくる」
「ご飯……お腹減ってない?」
「…朝食べる。大丈夫だ」
そう言いながら、クラウドがベッドから立ち上がる。それに合わせてつい、私も半身を起こしてしまう。どうして? まだ眠くないから? それとも……クラウドが行ってしまうのが、いやだから?
(……)
「……疲れただろ。もう休んでくれ」
「…、うん……」
「……? どうした、ティファ」
「…え?」
「いや……何か、言いたそうな顔をしていると思って」
「……」
言いたいこと。聞いてみたいこと。知れるチャンスの到来。
ねえ。どうして、あんなに優しく頭を撫でてくれていたの? いつも寝ているとき、ああいうことを、キスをしてくれているの? どんな気持ちだった? どんな気持ちで……見守ってくれていた?
(……)
「…ううん、なんでもない」
「…そうか」
「うん。大丈夫、です」
「…よかった」
「……」
「……」
知りたいけど聞けない気持ち。クラウドの想い。こういう感じを人は、もどかしいと呼ぶのだろうか。それとも、くすぐったい部類に入るのだろうか。
二人して破れない、優しい沈黙。照れ隠しに前髪に触れる。寝たふりをしていた罪悪感も相まって、私はずっと、クラウドの目を見つめ返せなかった。
彼が……ゆっくり身をかがめ、さっき私にしてくれたように柔らかく、唇へ、触れるだけのキスをくれるまでは。
「……」
「……、クラウド」
驚いて、嬉しくて、ちょっと情けないくらいにか細い声が自分から出る。クラウドはただそっと、はにかんで見せた。
「…おやすみ、ティファ」
「………おやすみ、なさい」
自惚れるほど上機嫌に踵を返し、クラウドは部屋を出る。優しく消された灯りは、胸の高鳴りまでは消してくれない。
「……」
きっと、いいこと、あったんだ。きっと、今日は何かが上手くいった日なんだ。意図せずこんな、おやすみのキスの「おまけ」まで貰ってしまった言い訳を必死に考える。いますぐ両手をあげて喜んでしまいそうな自分の心に、必死に蓋をする。
(………寝よう)
慌ててもぐりこんだシーツの中。冴えてしまった目も心も、瞼を閉じただけでは鎮まってくれない。けど、なんとか落ち着かなきゃ。自分がこの一連の寝たふりに、味を占めてしまう前に。
シャワーを浴びたあと、私の様子を見にきてくれたクラウド。結局、彼にもう一度おやすみのキスを貰い頭を撫でてもらうまで、私は寝たふりをやめられなかった。
クラウドからの贈り物を待っている間、眠ることを許してくれない私の心は主張を続けた。
いいんじゃない、なんて。いいんだよ、なんて。
こゆびを繋ぐ
fin,