「あれ?」
おかえりなさいより先に、声は私の口から飛び出した。
その「あれ?」を受けた張本人、帰宅したてのクラウドは、何だか気まずそうに目を彷徨わせている。夜がずいぶん早く訪れるようになった冬の初め。暑いねよりも、寒いねという言葉が自然とこぼれる、そんな季節の始まりに。
「……。ティファ」
「おかえり、クラウド」
「…ただいま」
「どうしたの? 予定より早かったね」
「まあ……そうかもな」
「……?」
私が首を傾げているのも、クラウドがソワソワとしているのも理由がある。それは、クラウドが今朝私に告げた帰宅予定時間よりも、本当に帰ってきてくれた時間が二時間近く早いからだ。
いつもなら、早く帰るとき連絡をくれることが多いのだけれど、どうやら今日は違ったらしい。質問の答えをはぐらかしたクラウドは、私の視線を交わしつつ、いそいそと装備を外し、くつろごうとしている。
何かあったのだろうか。仕事が早まったのだろうか。話したいことでもあるのだろうか。
何故か理由を教えてくれないクラウドを不思議に思う。だけど、今の私の感情を正直に白状するとすれば……それは喜び。だって、予定よりも早く会えた。予定よりも長く、一緒にいられる。
(…ふふ)
「…でも、よかった」
「ん?」
「今日、これからどんどん寒くなるらしいの。天気予報で言ってたよ」
「そうか」
「うん。クラウド今日も薄着だったから、心配してたんだ」
「……うん」
(…あれ?)
目の前でふわりと生まれた、柔らかい笑顔。早く帰って来れたことが、クラウドも嬉しいのだろうか。なんだか意味がありそうな上機嫌。単純な私も、つられて笑顔になってしまう。
クラウドはそこからずっと、機嫌がよかった。思わず鼻歌でも、歌い出すのではないかと思うほどに。
「ティファ」
甘えるように名前を呼ばれる。早めに帰宅してくれたクラウドのおかげで、長く一緒に過ごせた、ベッドの上での情事のあとに。
枕に頭をのせたまま、私の頭をふわふわ撫でる、変わらず機嫌のいいクラウド。うっとりと目を細め、脱力し切った様子で、ぽつりぽつりと話を始めてくれた。
「…今日さ」
「うん」
「…無理して早く、仕事を終わらせてきた」
「あ。やっぱり」
「…気づいてたか?」
「ふふ……早すぎるから、変だと思ったの。むしろ遅くなるって昨日、言ってたから」
「…どうしても、早く帰りたかったんだ」
「お仕事、さぼっちゃった?」
「いや、さぼってはいない。ちゃんと終わらせた。……ひとつ、キャンセルしたが」
「もう。それをさぼってるって言うんです」
注意されることは想定していたのだろう。クラウドは楽しそうに、ほとんど満面の笑みになる。人前ではあまり見せない屈託のないこの笑顔に、私はどうも弱い。家計をともにする者として、もう少し怒らなければならないのかもしれないけれど、クラウドが嬉しそうだからまあいいかという気持ちに、すぐ負けてしまう。
だけど、どうしてだろう。どうしてお仕事、嫌になっちゃったんだろう。
にこにこと、幸せそうに私を見つめるクラウドを見つめ返す。不安を感じるような理由ではなさそうだと、確かめながら。
「…ね、クラウド」
「?」
「早く帰りたくなったのは、どうして?」
「…聞くか? それ」
「え?」
「わかるだろ」
「…わかりませんけど」
「…嘘だ。ティファはわかってる」
「ふふ、ほんとにわからないよ」
「いや。俺は騙されない」
「あはは、なにそれ」
クラウドが口を尖らせ、私をわざとらしく責める。強気でいようとしているみたいだけれど、我慢できないのか、会話の合間にくれる口付けで全て台無し。いつもクラウドに「鈍感すぎる」と注意される、私でさえわかるもの。クラウドが私を大事に想ってくれていること。この時間を、楽しんでくれていること。
ねえ、クラウド。本当は理由なんてなんでもいいの。家に帰りたい。そう思ってくれたことが一番嬉しいから。
だけど、もし欲張りが許されるのなら。もし、あなたが照れて教えてくれない理由を当てていいのなら。
クラウドの帰りたかった理由の中に、少しでも私の存在があるのなら……私は。
「…へへ」
「ん?」
「わかったかも。理由」
「……。そうか」
「…当ててみてもいい?」
「…当てられるものなら」
「……。…やっぱり、内緒にしておく」
「…ティファ。照れてるのか?」
「照れてるのはクラウドでしょ?」
「俺は照れてない。ティファに隠すことなんてないからな」
「ほんとかなぁ」
「ほんとだ」
「…じゃあ、やっぱりクラウドから教えて?」
「ん?」
「今日、早く帰ってきた理由」
「……。…今夜は冷えるな……」
「わっ! ちょ、もう、クラウド……!」
急に、身動きが取れなくなるくらいに強く抱きしめられる体。くすくすと、けらけらと、二人で声を押し殺して笑い合う。相手を抱きしめる腕の力を緩められないのは、お互い様。この温もりなしに、満足に笑えなくなってしまったのもきっと、お互い様。
「……。ティファ」
「…ん?」
一通り笑い終えたあとに、クラウドが小さな声で名前を呼ぶ。私はただ、その声に耳を澄ます。
「…ティファに、こうしてほしくなったんだ」
「……、」
「…それだけだ」
ふたりにしか聞こえない、柔らかい告白。寒かったからなと、誤魔化すようにクラウドが言葉を付け加える。
照れてないなんて、それこそ嘘。心臓の音が早くなったの、わかってるよ。だって、こんなにも近くにいる。鼓動の速度の共有さえ、お互いに許し合っている。
「ふふ……」
「……」
「クラウドったら」
「…うん」
「……」
「…だめか?」
「……。だめなんて、言えないよ」
たとえ、世間がだめだと言っても。ティファはクラウドに甘すぎる!……って、またみんなに、怒られたとしても。
その日の夜は、予報通り一段と冷えた。油断したら足のつま先が、冷たくなってしまうほどに。
だけど、今夜の私たちにはちょうどよかった。言い訳を一緒に考える時間を、ふたりの時間に費やせたのだから。
いいわけ選び
fin,