「花火大会?」

 

お仕事から帰ってきて早々、私に告げられた言葉を、クラウドはきょとんとしながら反復して呟いた。

クラウドが座るカウンターに置くのは、今日の夜ご飯。いただきます、と反射的に彼が言ってくれたのを見届けてから、私はその問いに答える。

 

「そう。知ってる?」

「いや、初めて聞いた」

「今度、エッジであるんだって。私も今日、お客さんに聞いたんだけど」

「エッジで? 珍しいな」

「街ができてから、何周年? とかで……お祝いに打ち上げるとか、なんとか」

 

興味を持ってくれたらしいクラウドに、私は手元に準備していた一枚のチラシを見せる。

 

それは、お昼の時間に来てくれたお客さんにもらったもの。大々的に宣伝されているのは、おそらくエッジで初めの開催となる花火のイベント。大広場かどこかで、簡単に打ち上げるのかと思いきや、どうやらもっと本格的なものらしい。今クラウドが読み込んでいるチラシには「観覧席」に関する案内まで記載されてあった。

 

「……なるほど」

 

一通り読み終えたのか、クラウドが目線を私に戻す。そこにはどこか、いたずらめいた笑みが浮かんでいた。

 

「…これ」

「ん?」

「……レノたちが絡んでいる気がする」

「ふふ。私も思った」

「…派手な爆発と言えば、あいつらの専門だ」

「あはは。やっぱり、神羅が裏にいるのかな?」

「どうだろう」

 

怪しがるような言い方をしつつ、クラウドの表情は明るい。

 

レノたち……「神羅な彼ら」が絡んでいるかはともかく、イベントがあること自体は悪くないことを、クラウドもわかっているんだろう。少なくとも、このイベントから悪意は感じない。もし悪意があるのなら、そっちのほうこそ既に、私たちどちらかの耳に届いているはずだ。彼らのことはまだ信用できないけれど……話の通じない人たちでは、もうない。

 

私は、クラウドの悪くない反応を見た上で、話を続ける。

予期せぬ反応をもらえると、知らずに。

 

「それでね、提案なんだけど……」

「…見たいか?」

「ん?」

「花火」

 

クラウドは、まっすぐな目をしたまま私に問いかける。

その「見たいか?」が私宛の質問だと気づくのに、時間はかからなかった。

 

「……あ、」

「ティファが見たいのなら、付き合う」

「え……えっと、うん」

「?」

「わ、私もなんだけど……その、どちらかというと、子どもたちにどうかなって」

「……あ」

 

私を見てくれていた視線が、横に外れた。

その表情にあるのは、私の言ったことを察してくれたが故の、恥ずかしさ。

 

(わ……)

 

つられて私まで顔が熱くなる。だけどクラウドと私は、この空気をごまかすためにわざと、話を進める。嬉しいなあっていう気持ちを……心の中でじんわり、噛み締めながら。

 

「…、そうだな。……喜ぶと思う」

「だ、だよね。きっと、二人に知らせたら喜んでくれるよね」

「ああ……」

「…それとね? ちょうどこのとき、バレットが帰ってきてると思うんだ」

「バレットが?」

「うん。だから、家族みんなで見られるんじゃないかな」

「…そうか。……いいな」

「うん」

「…場所は、どうする? 席、買うか? ここの屋上から見えるなら、それでいい気もするけど」

「それ。お客さんに聞いて見たんだけど、席を買わなくても、多分ここから見えると思うよって」

「それならよかった。人混みに入らずに済む」

「ふふ。……クラウドは、この日の夜、帰って来れそう?」

「今のところ、大丈夫だと思う。……あけておく」

「ありがと。……ほんとに、ありがとね、クラウド」

「……ああ」

 

言葉にはできないくすぐったい想いも抱えながら、クラウドに伝えるお礼。クラウドは私の気持ちを汲んでか、優しい表情のまま微笑み返してくれた。それから彼は何も言わず、お話のせいで中断させてしまっていた食事を再開する。私もただ、その愛おしい光景を、見守る。

 

(……)

 

美味しそうにご飯を頬張ってくれるクラウドを見つめながら、私は思い出の中の花火を、思い起こしていた。今でも私に、代え難い喜びをくれる、大切な思い出を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おーうお前ら喜べ! 花火だ! 花火!」

 

そんなこんなで迎えた、もう一人の家族でもあるバレットの帰宅日。

クラウドと私とバレット。子どもたちを寝かしつけたあとの、三人での晩餐中に「花火」の話を持ちかけようとした矢先だった。当の本人が、その言葉を先取りしたのは。

 

「え?」

「知ってっか? 今週末! でっけー花火打ち上げるんだってよ」

「…あんたも知ってたのか」

「エッジに帰ってくるなり、街の奴ら、その話ばっかりしてたからな」

 

私はクラウドと、顔を見合わせる。それから視線でなんとなく、お互い同じことを考えているのを確かめ合う。

 

バレットが花火大会のことを知っているのなら話は早い。しかも話しぶりから見て、本人は行く気満々だ。これならスムーズに、家族みんなで花火を見る流れにできそう。

 

でも、意気揚々と話すバレットがポケットから取り出したのは、私たちの予想をもう一歩先に行くものだった。

 

「でよ! これ、見ろ!」

「……チケット? 観覧席の?」

「おうよ!」

 

怪訝な顔をするクラウドに、バレットがひらひらと見せびらかす縦長の紙。クラウドの指摘通り、大きく「観覧席」と書かれたその紙は、バレットの大きな手に3枚握りしめられていた。……3枚。

 

「手に入れるの、大変だったんだぜぇ……売り切れてるとか言われてよ」

「…そ、そうか」

「入手経路は聞くなよ? 聞くだけ野暮ってもんだぜ」

「う、うん……でも、バレット」

「ん?」

「…3枚しかないよ?」

 

クラウドも同じことを思っていたのだろう。何度かこくこくと頷く。

だけどバレットが見せたのは、それがどうかしたか? というように、首を傾げる反応だった。

 

「ああ? それがどうした」

「…まさか、俺たち三人で行こうって言うんじゃないよな」

「当たり前だろうが! ティファはともかく、何が楽しくておめえを誘わなきゃならねえんだ」

「…だよな」

「じゃあそれ、子どもたちの分、だよね?」

「おうよ」

「子どもたちと……バレット?」

「それ以外誰がいる」

「……俺たちはどうした」

「あ?」

「…俺たちも家族だ」

 

私も同じことを思ってた。だけど、どこか拗ねたように「家族」はみんな一緒のはずだと主張するクラウドが愛おしくて、私は同意を表明する前に、こっそりひとりで口元を緩める。

 

そんなクラウドの主張をぽかんと聞いていたバレットは、ふと何かに気づいたあと、クラウドを睨みつけるようにしてから慌てて答えた。

 

「そりゃ……! おめ、言わせるな! こちとら気ぃ使ってんじゃねえか!」

「? 何に」

「お、ま、え、ら、にだよ」

「私たち?」

「ほかに誰がいるってんだ!」

「ば、バレット、声」

 

バレットは、子どもたちが寝静まっていることを思い出したのか、わざとらしく大きく咳払いをしてから小声モードに切り替える。どうやら、仲間外れにされたと落ち込む私たちは、何かを見落としているらしい。ただ純粋に、バレットのくれる答えを待つ。

 

「まさか、説明しねーとわからねえとは……」

「ああ。説明してほしい」

「……。この花火は、それまたでっけー花火なんだろ? エッジにいて、空さえ見えりゃどこからでも見れるって話じゃねえか」

「まあ……そうらしいな」

「だからよ、別にいいんだよ、場所なんてどこでもよ。どーせこの店の屋上から見えんだろ?」

「うん。だから、みんなでここから見ようかなって思ってたの」

「それじゃーお前ら、羽も伸ばせねえだろうが。せっかくの花火だってのに」

「はね?」

「……っ、だー! まだ、わかんねえか! マリンたちのことはオレに任せて、お前らだけで過ごせばいいって言ってんだよ!」

「…………あ」

「……あ」

 

私とクラウドが、表紙の抜けた声を出したのはほとんど同じタイミングだった。それから反射的に見合わせる、お互いの顔。そしてまた、慌てて反射的に逸らす、視線。初々しい反応をしてしまった恥ずかしさも感じつつ、全てを察した私は、ようやくバレットの顔を見る。呆れた顔をして、私たち二人を見守るバレットを。

 

(…ま、まさか)

 

バレットが、気を利かせてくれたなんて。

ちょっぴり想像はしたけど、現実になるとは全く思っていなかったふたりきりの時間を……作ってくれようとしているだなんて。

 

「ご……ごめん、バレット。全然気づかなくて」

「ったくよぉ、ティファ……お前らぼーっとしすぎたぜ」

「…すまない。……でも、いいのか? 本当に」

「そうだよ、バレット。バレットも疲れてるでしょう?」

「何言ってんだ、我が子と花火だぜ? 願ったり叶ったりだろうが」

「…バレット」

「いいから、お前らはのんびり上で見てろ。なかなかこういう時間もねえだろ? 花火終わったらすぐ、マリンたちを連れて帰ってくっからよ」

「でも、」

「…ティファ」

 

二人がいい子とはいえ、子どもを連れて人混みに行くのは大変なこと。だから甘えてしまっていいのかと、罪悪感のようなものも生まれる。

 

だけど、なかなか食い下がらない私を止めたのは、隣に座っていたクラウドだった。彼は私の手に自分の手を添えてから、こちらを覗き込むようにして、ゆっくり一度頷いてみせた。

 

「…クラウド」

「……ここは、甘えよう」

「そうだティファ。たまにはちゃんと休め」

「…バレット。……うん、わかった。……ありがとう」

「お安いご用だ!ってな! かーちゃんが笑顔なのが一番なんだ、家族ってのは」

「…それはそうだな」

 

バレットは、私たちが状況を飲み込んだことに満足したのか、上機嫌にお酒を飲み干す。そのままくれる「おかわり」の声が嬉しくて、私もバレットと同じくらいの笑顔のまま、お酒をつくりにキッチンに向かう。

 

気を使わせてしまったことはどうしたって申し訳ない。けれどクラウドの言う通り、今は甘えることが最善かもしれない。優しさをくれようとしてくれるバレットのために。そして何より……私たち、ふたりのために。

 

 

 

キッチンに立ったとき、ふと目に入った、壁かけのカレンダー。自分にだけわかるように、こっそり書き込んでいた花火のイラストが、どこか違った色を放ったような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それからあっという間にやってきた、花火大会の日。

 

意気込んで子どもたちとバレットが家を出たのは、開始予定時間の2時間も前のこと。セブンスヘブンはお昼の営業だけで、今晩はお休みをもらっている。バレットがせっかく作ってくれた時間を、大切に過ごしたいから。

 

「…ティファ」

「はーい」

「ティファ、まだか」

「ちょっと待ってね、すぐ行くから」

 

真冬ではないとはいえ、夜は冷える。そう思ってひとり準備していた、ふたり分のホットワイン。少しでもあたたかい状態で持っていこうと、花火があがるギリギリの時間まで用意してしまっていたから、クラウドをさっきからずっと、ソワソワさせてしまっている。

 

ふと、視線を送る階段。クラウドはそこでじっと、私がくるのを待っていた。

 

「ごめんね、クラウド。あと1分」

「…わかった」

「バレットたち、もう席に着いたかな?」

「多分。さっき携帯に、出店で何かを食べる二人の写真が送られてきた」

「ふふ、楽しんでるね」

「…子どもたちは、会場に連れていってもらって正解だったかもな」

「確かに。ゴールドソーサーでも行かない限り、あんまりこういうことないもんね」

「ああ」

「クラウドも本当は、出店行きたかった?」

「…いや。俺は、ティファがいればそれで……」

「あ……」

「……。…もう、1分経ったんじゃないか」

「え? あ、そうだね。………うん、これでよし! クラウド、自分の分持っていける?」

「ああ。…ありがとう、ティファ」

「うん。美味しくできてたらいいな」

 

クラウドに手渡す、コップに注ぎたての、あつあつのホットワイン。なんだか嬉しそうに見えるその横顔をにこにこと見つめていたら、クラウドはコップを持たない方の手で、私の空いた方の手を取り、握る。

 

どうやらこのまま手を繋いで、屋上に……私たちだけの花火会場に連れて行ってくれるらしい。

階段を上がるたび、自分の心が浮き足立っていくのがわかる。ふわふわと、わくわくと、どきどきで胸がいっぱいになるのもわかる。

 

一番嬉しいのは、この気持ちに蓋をしなくてもいいこと。

あのときみたいに……はじめてふたりで花火を見たときのように、不安を抱える必要はもう、ないということ。

 

 

 

 

 

 

 

「ふう、間に合ったね」

 

私たちが屋上についたのは、予定時間の7分前だった。

私がワインを作っている間に、クラウドが準備してくれていたのだろう。座ってもおしりが冷えないよう、丁寧に敷かれたブランケットに、二人で包まることのできる大きめの毛布。お礼を伝えてから腰掛ければ、クラウドは私のすぐ隣に座ってくれた。

 

「…寒くないか?」

「うん、平気。ありがとう」

「…もう、すぐだな」

「方角って、こっちで合ってるかな?」

「ああ、大丈夫だ」

 

ホットワインを安定した場所においたのを確認してから、クラウドが私に毛布をかけてくれる。ふたりで入っているからか、毛布はすぐに暖をくれる。

 

私たちが並ぶのは、腕と腕がぴったりくっつく距離。

私たちを見守るのは、この花火の日に相応しい、満点の星空。

 

ひゅう、と。花火の打ち上がる音がしたのは、そんな風にふたり静かに、夜空を見つめはじめて間も無くのことだった。

 

「……あ!」

 

ぱっと、真っ暗の夜空に咲いた赤色の花火。

 

遅れて聞こえてくる、どーんという大きな音は、振動とともに私たちに伝わる。一つ目が上がると、すぐにあがる二つ目。赤色だけじゃない。青や黄色、緑にピンク。想像していたよりもずっと大きい花々が、ふだんは何もないエッジの空を明るく彩っていく。きらきらと、魔法みたいに光り、消えていく火花が、私たちを照らす。

 

きれいだね。そんな思いを抱えたまま、隣のクラウドを見る。

クラウドは私と同じように空を見上げていたけれど、視線に気づいてすぐ、こちらを見て微笑んでくれた。

 

「…すごいな」

「ね、すごいね……!」

「こんなに本格的だとは」

「うん……本当に綺麗」

 

クラウドと目を合わせ、微笑み合ってから、もう一度視線を夜空に移す。

 

絶え間なく打ち上がる、豪勢な花火とは違う、花火。ひとつずつ丁寧に打ち上げられていくそれは、火花となって消えていく余韻も、大きく響き渡る音も含め、花火というものの美しさを教えてくれる。この時間しか、この一瞬でしか感じられないものがあるのだということを、その炎を持って、私たちに伝えてくれる。

 

(……)

 

色とりどりの花火。ふたりきりの夜。隣にいてくれるのは……クラウド。

意図せずとも心の中に浮かぶのは、ほとんど同じ条件下で見た、あのときの花火。あのときに感じた、想い。

 

『ティファ』

 

(……)

 

「…ねえ、クラウド」

 

花火の大きな音がエッジの街中に響く中、私はクラウドの名前を呼ぶ。

花火に照らされた綺麗な横顔が、ゆっくりとこちらを向く。私の声は、花火の音をかき分けるようにそっと、クラウドに届いたような気がした。

 

「……ん?」

「…花火。懐かしいね」

「……ああ。俺も多分、同じことを考えていた」

「ふふ……まさかこんな形でまた、一緒に見られるなんて」

 

クラウドも思い出していてくれた「同じこと」。それは、もう何年も前の夜。私たちがまだ旅の途中で、右往左往していた頃に立ち寄った、ゴールドソーサーでの夜のこと。

 

今思えば、あのときの自分は何もかもがわからず、何もかもに必死になり、立っているだけでやっとの状態にあった。私はただ未熟で、無知だった。自分一人の力じゃどうにもできないことがあるということを、痛いほど感じていたのをよく覚えている。不安で、不安で、仕方なかった。自分がどこに連れて行かれるのか、どこに行きたいのかもわかっていなかった。

 

そう、そんな夜だった。クラウドとはじめてふたりで、花火を見たのは。

はじめて……心を、通わせたのは。

 

(……)

 

「…ねえ、クラウド」

「ん?」

「私……あのあとね。クラウドと別れて部屋に戻ったあと……どきどきして、眠れなかったの」

「…ティファも?」

「え?」

「俺もだ。……一睡もできなかった」

「本当?」

「ああ。……次の日の試合に備えなくちゃならなかったのは、わかってたんだが」

「ふふ、私も、全然ダメだった」

 

クラウドが教えてくれる、知らなかったあの日の思い出。私もそれに応えるように、自分の思い出を話す。

 

ちょっと恥ずかしいくらいに、今でも鮮明に覚えてる。ゴンドラを出たあとうまく会話ができなかったこととか、乗る前と乗ったあとじゃ、クラウドの横顔が違う人に見えたりだとか。今まで、頑張って意識しないようにしようと思っていた心の中の想いが、あの日、全部外に漏れてしまったような心地がした。クラウドの差し出してくれた手をとったあのとき、あの瞬間から、何かが始まったような気がする。

 

「……、でも、意外。クラウド、余裕そうに見えたから」

「そうか?」

「うん。慣れてるのかなって、最初は思ったよ」

「…今もそう思うか?」

「ふふ、どうでしょう」

 

困ったように微笑むクラウド。あのときに見えていたあなたと、今ここにいるあなたは少し違うことを、私は知っている。そしてクラウド自身も、わかっている。私たちはもう、話をすることができる。もう、昔話として……笑い合うことだって、できる。

 

クラウドはそのあと、少し花火に視線を戻し、空を見上げていた。

そのままぽつりぽつりと……穏やかな表情のまま、あのときの思い出を、私に打ち明ける。

 

「……。…あのとき」

「…ん?」

「…あのときのことは、覚えているようで、あまり覚えていないんだ」

「……」

「…ずっと、夢の中にいたみたいな……。ティファが部屋に来てくれたあたりからずっと、自分の夢の世界にでも入り込んでしまったのかと思っていた。それくらい、信じられなくて……寝たら、逆にこの夢から覚めるんじゃないかと思った。それがいやで、どんどん眠れなくなったのを覚えてる」

「…クラウド」

「……あのときの俺にとっては、それくらい……特別なことだったんだ」

「……うん。私も。……すごく、大事な時間だった」

 

同じ気持ちだと。同じ想いだと。それを伝えたくて、花火を瞳の中に咲かせる横顔を見つめる。

クラウドはまた、ゆっくり私を見る。その瞳には、あの夜と同じように、花火と私が映り込む。

 

「……」

 

クラウドがそっと私の肩に手を回し、抱き寄せる。私はそのまま自然と、クラウドの肩に頭を預ける。

 

花火のはじける大きな音が、ほかの全ての音を静かにさせる。私たちの間に、まるであのときのように特別な……ふたりきりの空間が用意される。

 

「……なあ、ティファ」

 

すぐ近くで、クラウドが私の名前を呼ぶ。

花火の音でかき消されてしまうはずの小さな声。だけど、優しいクラウドの声だけは、音の支配から逃れ、耳の中にすっと入ってくるような心地がした。

 

「…まだ、不思議か?」

「え……?」

「……俺たちが、こんなふうにしてるのを……まだ、不思議に思うか?」

 

私にそう問いかけるクラウドの瞳は、どこか揺れているように見えた。その瞳の中には、確かに不安があった。きっと、私たちが生きている限り、一緒にいる限り拭うことのできない、ささやかな不安。

 

『クラウドとこんなふうにしてるなんて、不思議』

 

(あ……)

 

時間が、記憶が、あのときの想いをここに連れてくる。フラッシュバックする、不安と、喜びと、緊張と、何よりクラウドへ抱いていた想い。

 

そこにはまだ、あなたが見えなくて、まだあなたの真実がわからなくて、それでもあなたに惹かれる自分がいた。

あなたの私への想いも、私のあなたへの想いも、名前がなかった。ううん、きっとまだ、はっきりさせたくなかった。確かめることが怖かった。気づくことが怖かった。気づいてしまったあと、失うことが怖かった。

 

ふたりきりで過ごす時間は、私にとっても夢みたいだった。あなたの言うように、都合のいい夢のように思えた。

 

だから、不思議だったの。戸惑っていたの。不安定でぐらぐらしたまま、自分の気持ちをごまかしたまま、ふたりきりになってしまったことも……不安でいっぱいはずなのに、それでも進もうとしてしまう自分への、想いも。

 

(…だけど)

 

今は、違うよね。

今の私たちは、もう……あの頃とは、違うよね。

 

(…クラウド)

 

「……、…ううん」

「……」

「…思わない。……もう、不思議じゃない」

「……」

「……私たちで……考えて、選んで、決めたことだから」

 

一生懸命に、クラウドを見た。この気持ちが届きますようにと、一生懸命に言葉を紡いだ。

いまだ、あなたの心の中に見え隠れする、幼かった頃のあなたにも届くように。優しすぎて、いつも自分ひとり不安を抱え込んでしまうあなたに、ちゃんと届くように。

 

「……ティファ」

 

じっと私を見つめてくれていたクラウドと、ようやく視線が絡む。

 

彼は目をふせ、そっと身を屈める。私は息をとめて、ゆっくり瞼を閉じる。クラウドがくれるキスを……待つ。

 

(……)

 

唇は重なる。もう何度こうしてきたかわからないくらいなのに、初めてのときのように優しく、柔らかい。

 

(…ねえ、クラウド)

 

いろんなことがあったね。心を通わせたと思っていたあなたが、すぐわからなくなった。何が真実か見えなくて、あなたとの時間を、疑ってしまうことだってあった。あなたがが幻だったんじゃないかって……信じたくないことで悩み、眠れなくなる夜が続いた。

 

それでも、心は覚えていたの。あなたの優しさも、温もりも。

心だけは、あなたを想い続けてきたの。たとえ、あなたに裏切られるようなことがあったとしても……あなたが私を傷つけるようなことがあっても。

 

心だけは、あなたを信じ、見ていたの。

 

あなたが、好きだったから。

きっと、あのときにはもう……他の誰にも代え難い想いが、私の中にあったんだよ。

 

「……」

「……。……」

 

何秒続いたかもわからない、触れ合うだけの口付けが終わる。

閉じていた瞼をあけるとき、少しだけ震えたのは、どきどきしているから。そして、嬉しいから。あのとき、永遠を願った時間がいまも続いていることがとても、嬉しいから。

 

「……」

「…ティファ」

 

ほとんど同じタイミングで瞼を開け、クラウドは再びその瞳に私を映し出す。それからお互い、なんだか恥ずかしくて目をそらす。耳の奥で、こだまするように鳴る花火の音が、あの夜の私たちの想いをここに持ち込んでくる。

 

「…ふふ」

「ん……?」

「…なんだか……照れくさいね」

「…ああ」

「はじめての、ときみたい」

「……うん。…でも」

「……?」

「…あのときよりずっと……近くにいる」

 

(…クラウド)

 

ふたたび、キスは始まる。今度クラウドがくれるのは、もっと深い口付け。ついばむように、確かめるようにくれるそれを、私は受け止め、返す。私がクラウドのそばにいることを伝えるために。クラウドがここにいることを、実感するために。

 

この時間はもう、夢なんかじゃない。

奇跡を待たなくたって、私たちは自分で、時間をつくることができる。

 

胸を張って……あなたへの想いを、信じることができる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……、…ね、クラウド」

「…ん?」

「…花火、終わっちゃうよ」

 

打ち上げがはじまってから、短くはない時間が過ぎた。私は花火に背中を向け、クラウドの腕の中に身体をあずけたまま、色を変え灯る光を感じていた。

 

「……いいんだ」

「……」

「…もう、いいんだ」

 

同じく、私の首元に顔を埋めたまま、クラウドはそう呟いた。

 

ここは、今だけゴンドラの中だった。

あの夜は確かに、今の私たちに続いていたんだ。

 

 

 

 花火の星掛け

 

(言葉は消える 想いは、消せない)

 

 


fin,