(…痩せたな)

 

一番はじめに、そう思った。久しぶりにその体を抱きしめたとき、安堵するよりも早く。

 

襲いくる罪悪感と共に芽生えたのは、対照的なある種の感動だった。この腕が、この心がまだティファの感触を覚え、今に至るまで繋ぎ止めようとしていたのだという事実への、感動だった。

 

俺たちはまるで、初めて互いの体に触れる恋人同士のようだった。長かった一日を終え、子どもたちが床についたあと、俺たちは少し緊張しながらベッドに座り、互いの体へと手を伸ばした。

俺たちの中にあるのは、性欲とか好奇心とか、そういった類のものではなかった。ただ、確かめたいだけだった。触れていいのか。もう一度触れることが許されるのか。傷だらけになってしまった相手の……ティファの体と心は、自分のこの手を許してくれるのか。

 

「……」

「……」

 

おそるおそるティファの体を抱き寄せる。ティファが俺の腹に腕を回すのは、そのあと。遠慮、しているように感じた。それは俺が覚えているからだ。今までティファがしてくれた、たくさんの抱擁を。悲しいときや嬉しいとき、甘えたいときにしてくれた行動を、思いを。

 

「…痩せたね」

 

だから、そんなことばかり考えていたから、驚いた。俺の腕の中でゆっくり力を抜いていくティファがふと、そう呟いたことに。

 

「……え?」

「…クラウド、ちょっと細くなった気がする」

「…そうか?」

「うん。……ちゃんとご飯、食べてなかったでしょ?」

「……」

「…でも、そうだよね。ちゃんとなんて、食べれなかったよね……」

 

左腕が痛んだ気がした。気がしただけだ。少し前まで苦しめられてきた痛みがまだ、記憶に新しいせいだ。

 

あのときは頭の中がいっぱいで、後悔や無力感、これからの未来への絶望でいっぱいで、正直自分がどういう思考回路で行動していたのかわからない。少なくともまともではなかった。食事だとか寝床だとかそういったものは、思いつけるぎりぎりの選択肢のなかから選ぶことしかできなかった。「なんとか」生きていた。体が、じゃない。心が。

 

だからティファがそれを理解してくれていることが、ありがたくも、申し訳なくもあった。俺が味わっていた苦しみを……いや、それ以上のものを、意図的でないにせよ、俺はティファにも背負わせていたのだから。

 

「……ティファ」

「…ん?」

「……すまなかった」

 

今日、何度口にしたかわからない言葉を口にする。表情こそ見えないが、ティファが少し笑ったような気がした。嬉しくてじゃない。多分、呆れてだ。

 

「…もう。謝るのはもう終わりって、言ったでしょ?」

「……」

「…いいんだよ、クラウド。十分わかったから」

「…でも」

「取り返しのつかないことをした、から? クラウド、さっきも言ってたね」

「……うん」

「取り返しならつくよ。だって、私もクラウドも生きてる」

「……」

「生きて……もう一度、ここに帰ってきてる」

「……。…うん」

 

一度離そうとしたこの手を、繋ぎ止めたものはなんだったのだろう。握り返す勇気を失った俺の手を、離さないでいてくれたティファは、一体どういう気持ちでいたのだろう。俺は、幼すぎたのかもしれない。愛を語るのも、家族を、語るのも。

 

ティファはいつも、待っていてくれた。一歩先で、俺を待っていてくれた。

何度道に迷っても、何度闇の中に沈んでしまっても戻って来れるように……ティファはいつも、俺にとっての光でいてくれた。

 

ティファがいたから、俺は。手を繋いでいてくれたのがティファだったから、俺は。

 

「……ふふ、」

「……?」

「…クラウド、ちょっと苦しい」

「あ……、ごめん」

「ううん、いいの」

 

知らない間にこわばっていた腕の力を抜いたあと、ティファはどこかほっとしたような様子で俺の肩に頬擦りをした。改めてちゃんと抱きしめなおせば、その表情は柔らかな笑顔になった。

 

口付けがしたい。そう思った頃にはもう、体が動いていたような気がする。

 

「……」

「……」

「……。…ティファ」

「…うん」

 

視線がようやく交わる。

固まっていた何かが、溶けていく。

 

「…ティファ。……ティファも」

「…ん?」

「…ティファも、少し痩せただろ」

「え? そう、かな……」

「うん。……苦労かけた」

「……。……うん」

「……」

「……、明日から」

「…ん?」

「それなら、明日から……たくさん作らないとね」

「…ああ。俺も手伝う」

「…何、手伝ってくれるの?」

「……片付け」

「ふふ……それ、料理の手伝いなのかなあ」

「……。俺も、覚えないとな」

「…何から覚えますか?」

「……包丁の、持ちかた」

「あはは、あれ、覚えてる? クラウドがお肉切ろうとしてくれて、信じられないくらい細切れになったこと」

「…覚えてる。ティファに散々笑われたからな」

「だって、おかしかったんだもの。むしろ芸術的だったよ」

「…二度と同じ過ちは繰り返さない」

「ふふふ、うん。その意気だね」

 

ティファの温もりに身を委ね、心はほぐれていく。願わくば、ティファもそうであって欲しいと思う。傷つけてしまった分、時間はかかるかもしれない。俺は、それでもいい。それでもそばに居させて欲しい。ティファが俺を選んでくれる限り。いや……ティファに俺を、選び続けてもらうために。

 

死ぬか、ティファと生きるか。俺にはその選択肢しかなかった。そしておそらく、今後選択肢が増えることもない。

 

それなら。それ、ならば。

 

「……。なあ、ティファ」

「ん?」

「…今夜はこのまま、一緒にいていいか」

「……うん。いいよ」

「……ありがとう」

「…うん。……一緒にいよう、クラウド」

「……」

「…私は、やっぱり……一緒にいたいよ」

 

小さく、小さく漏らしてくれたティファの本音を大切に受け止め、俺は大きく頷いた。一言も聞き漏らすことのないように。一言も、記憶から滑り落とすことのないように。

 

 

 

その夜、俺たちは互いの体を抱きしめ合い、横になって眠った。

俺は何かの夢を見た。あたたかなその夢が、ティファが隣にいるときにだけ見られる夢だということを、俺は奇しくもようやく、知ったのだった。

 

 

 

 

仄か

 

 

 


fin,