今朝からティファの様子が少しおかしい。のぼせたような表情で、俺をときどき見つめている。
「ティファ?」
熱でもあるのかと額に手のひらを当ててみるも、異変はなし。むしろ触れた瞬間、その表情はより、とろけたようなものになった気がした。今すぐ家を出て配達に向かわなければならないという状況に、自分がいるのが惜しくて仕方ない。時間が許すのならこのまま食べてしまおうかと思うほど、ティファは「そういう」顔をしていた。
(……)
「……。ティファ」
「……? あ、わ、ご、ごめんクラウド! い、いってらっしゃいだよね」
「ああ……」
「…なに?」
「大丈夫か? 様子が変だ」
「そ、そうかな? そんなことないよ」
「…なら、いいんだが」
何かを誤魔化すように、ティファは空元気のまま慌てて俺の背中を押し、見送ろうとする。そんなティファを制し、半ば実験的に挨拶のキスをすれば、ティファは案の定再びのぼせた表情に戻ってしまった。
(…やっぱり俺か)
ティファに「こんな」顔をさせる原因は。
「…ティファ」
「はい……」
「……。帰ってくるまで、我慢できるか?」
わざとティファに近づき、ティファの耳元で質問を投げかける。ティファの顔が、みるみるうちに茹蛸のようになっていくのをしっかり確認しながら。
「! も、もう、クラウド、朝からなに言って……!」
「俺は何も言ってない」
「言いました」
「何て?」
「な、なんてって……その」
「…ティファは今、何を想像してるんだ?」
「!」
「…昨日、そんなによかったか」
「!」
俺の壮大な勘違いでなければ、どうやら図星を突き抜いてしまったらしい。真っ赤になったティファが、控えめに俺の胸を叩く。控えめと言ってもものすごいパワーなので、俺はしばし痛みに耐える。
ごめん、ティファ。俺もちゃんと覚えてる。自覚している。なぜか二人して普段より盛り上がってしまった、昨日の夜のことを。だから、朝からティファの様子がおかしい理由も、その顔を見た瞬間にわかっていたんだ。まだ記憶に新しい……俺を欲しがってくれているときの目の色を、忘れることなんてできなかったから。
体温も、肌の柔らかさも。俺の背中に立てた爪の痛みも、何度も乞うように俺を呼ぶ、甘い声も。
(もう知っているはずなのに)
ティファはいつも、新しい。
「……ティファ?」
「……く」
「?」
「……クラウドの意地悪」
「すまない。…からかうつもりはなかった」
「…嘘つき」
「…触れざるをえないくらい、顔に出ていた」
「…わざとじゃないもの」
「…?」
「……。起きたときから」
「うん」
「ま……ま、まだ、クラウドとその、繋がってるみたいで、」
「……」
(…ティファ)
耐えるんだ、俺。一人、歯を食いしばる。
「……。…ティファ」
「…なに?」
「ここまでにしよう。俺の身が持たない」
「あ……」
「…今はこれで我慢できるか?」
「これ?」
「……。……これ」
「……、…うん……」
我にかえったら、顔から火を出しそうなことを打ち明けてくれるティファに再びキスをし、口封じのようなことをする。さっきより長く深い口付けのあと様子を伺うと、ティファはやはり上せた顔に戻っていた。
(…はあ)
このまま、ティファと二人で過ごすことができればどれほどいいだろう。奇しくもティファに育ててもらった社会性みたいなものに、その選択肢は消されるわけだが。
「…いってきます」
悪あがきをするように、ティファの額にキスをしてから玄関を出る。
ティファのためではない。俺自身のための悪あがきだ。格好でもつけない限り、この場から己を引き剥がせる自信がなかった。
「っ、クラウド」
どこか吹っ切れたような明るい声。見送ろうとしてくれているであろうティファの気配を感じ、恥を忍んで振り返る。
「…いってらっしゃい!」
はにかむティファに見惚れながら、頷く。頭上に広がる真っ青な空や輝く太陽よりも、その笑顔は眩しく美しい。
結局のぼせあがっているのは俺なのだろう。
俺はただ、ティファを見つめながら、そう顧みた。
ハニーとハニー
fin,