目覚ましの音、無しで、意識が浮上する。昨夜眠りにつくのが早かったからか、ごく自然に目は醒めた。

 

世界はまだ暗闇の中。カーテンを開ければきっと朝の光が入ってくるだろうが、それまで部屋は夜のまま。音はない。体の中から聞こえる、自分の呼吸の音だけ。

 

睡眠をとったせいで一度リセットされた脳が、ゆっくり起動する。今日は何曜日だとか、仕事は何時からだとか、二度寝をしてもいいのかどうかとか。一日を始めるのに必要な基礎情報が、頭の中に流れ込む。

 

だがそんな雑多な情報は、俺の上腕を枕にして眠るティファの存在に気づいた瞬間、全て吹き飛んだ。

 

「……………、」

 

(…ティファ)

 

視界いっぱいに映る、すやすやと気持ちよさそうなティファの寝顔。

さっきまで「二度寝をしたら仕事に間に合わない」などと考えていた普通の自分はどこかへ行き、脳内がティファ一色に染まる。幸せそうに見えるティファの表情から目が離せなくて、俺はこれまで何度呑んだかわからない息を呑む。

 

いつまで経っても慣れない。数え切れないほど朝を共にしているというのに、だめだ。

隣でティファが、安心して眠ってくれている。その幸福の、衝撃の深さに、俺は生涯慢心することができない。

 

「……ティファ」

 

多分、いや間違いなく、隣のティファにさえ聞き取れないような声量で名前を呼び、ゆっくりとその体を抱き寄せる。俺のせいでティファの貴重な睡眠時間を妨害するわけにはいかないから、なるべく刺激しないよう時間をかけて。

 

抱きしめると同時に感じる、ティファの優しい体温。ティファの優しい香り。

「起きなければならない」と冷静に判断していた脳内は、いつの間にか「ずっとこのままでいたい」という情けない思考に切り替わっている。目が覚めたティファに注意されるのはわかっているのに、多少の遅刻ならいいかと判断しかける自分もいる。

 

額に口付けをし、きれいな黒髪を撫でながら実感する。

ティファは俺の全てだ。いつもどんなときでも、思考の全てを攫ってしまうほどに。

 

「…ん……」

「!」

 

ティファがみじろぎをしたのは、そんな幸福に浸っていたとき。俺も眠りが浅い方だという自負はあるが、ティファも相当浅い。結局起こしてしまったかと反省しつつ顔を覗き込めば、ティファはうっすらと瞼を開けてぼんやりとしていた。

 

「……ティファ」

「…? クラウド……」

 

薄く開かれた瞳と目が合う。安心したままでいて欲しくて口元を緩めれば、ティファも合わせて微笑んでくれる。心の中が、言葉では言い表せない幸せで満ちていくのを感じながら、俺はティファに話しかけた。

 

「…ごめん、起こしたな」

「ううん……。もう起きる……?」

「いや……ティファはまだ寝ていていい」

「クラウドは……」

「…俺もここにいる」

「そう。よかった……」

 

それだけ呟いて、ティファは再び瞼を閉じる。その無防備な寝顔を見せてくれることへの喜びで、一度緩めた口元はそのまま戻せない。

 

(……)

 

つい構いたくなり、指で撫でてしまう頬。それに気づいた優しいティファは、もう一度瞼を開け首を傾げる。一挙一動の愛おしさに、俺はついに言葉すら出なくなる。

 

「……」

「……なあに、クラウド」

「…何でもない」

「…眠らないの?」

「ん……? ティファが寝たらな」

「ふふ……プレッシャーだ」

「…ティファの眠りを守るのも俺の務めだ」

「初めて聞いた」

「…ティファに限って、今も何でも屋だからな」

「ふふふ……ここにいてくれるだけでいいのに」

「…それじゃ、俺がだめなんだ」

 

おかしそうに笑いながら、ティファは首を傾げた。言葉の真意は知らなくてもいいと、俺はその唇に小さくキスを落とす。

自分が寝ないと俺が目を閉じるつもりがないことを悟ってくれたのか、ティファはわざとらしく瞼を閉じる。嬉しそうなまま。幸せそうなまま。

 

(……)

 

こういうとき、心の中で何かが溢れそうになるとき、たまに思う。

 

想いは伝えたほうがいいとか、言葉にしないと伝わらないとか言うけれど……俺の場合、全てを伝えきらないほうがいいのではないかと。全てを伝えてしまうと、きっとティファは破裂してしまう。だからむしろ、知らないほうがいい。膨張し続ける感情を、ティファは受け取りきらなくたっていい。

 

俺自身からティファを守ることさえ、俺の務めなのだと言えば……ティファはまた笑って、首を傾げてくれるだろうか。

 

「…クラウド……」

 

寝言のように名を呼んでくれたティファが、そっとその腕を俺の背中にまわす。俺がティファを包み込んでいるつもりだったのに、背中をそっと撫でられるだけで、立ち位置が逆になったかのような安心感を覚える。

 

(……敵わないな)

 

まるで魔法にかけられたように襲ってくる睡魔。寝坊して、二人慌てて起きる数十分後の未来が見える。それでももう、抗えはしない。俺にはもう、この幸福から逃げたいなんて……思えない。

 

瞼を閉じて、意識を手放し、俺は再び脳内のリセットを図ることにした。

もう一度、ティファが隣にいる喜びを感じるために。この幸福を心に刻みつけるために。何度でも、何度でも。

 

 

 

Hole, color is black

 

 

 

 


fin,