「すごい雨だね」

 

どこか、わくわくとした表情でティファが見上げる、十分ほど前まで晴天だった曇天。突然降り出した大雨は吹き込み、適当な場所で雨宿りをする、俺とティファの足元を濡らす。

 

俺たちを守っているのは、シャッターの下ろされた店の前にかかる、簡易的な布のテント。

夕方、買い出しに行こうと二人で家を出たときは、雨の気配なんて微塵もなかった。目の前を行き交う、傘をさした人々を見ていると、予報をちゃんと聞いておくことの大切さを感じる。

 

「すぐ止むかな?」

 

あと、もう十分もしたら、この通り雨は止むだろう。ティファを見つめながらそんなことを考えていたとき、ちょうどぴったりの質問を投げかけられた。

 

こちらを振り返った大切な人に頷くことで返事をすれば、ティファは口元を緩ませ再び雨に目を移す。

 

この場所で雨宿りをしているのは、俺とティファのふたりだけ。突如生まれた特別な空間。大雨がバリアとなり、この場所に他人が入り込むことはない。

 

「……ティファ」

「ん?」

「そんなに身を乗り出したら濡れるぞ」

「ふふ、気をつけます」

「…寒くはないか?」

「うん、大丈夫。……あ、でも」

「?」

「……。ちょっとだけ」

 

恥ずかしそうに少し俯きながら、ティファはそう呟いた。それからすぐ、半歩こちらに歩み寄る。それだけで今ティファが何を求めているのかがわかる。そしてそれは……俺自身が望んでいたことでもある。

 

「……」

 

できるだけさりげなく、こちらに抱き寄せるティファの肩。上手くできたかどうかはティファのみぞ知るところだが、ティファは特段慌てる様子もなく、そのまま俺に身体を寄せてくれた。

 

手のひらで触れたティファの腕は冷たい。暖めるつもりで何度かゆっくりさすれば、それが正解だったのか、ティファの表情は穏やかになる。

 

(……)

 

ティファの温もりを近くに感じ、ひとつ、鼓動は速度をあげる。こんな形で雨に感謝することになるとは思いもよらず、俺もティファに見えないところで頬を緩めた。

 

雨は大粒。見上げた空は、相変わらず薄暗い。

 

「……」

「……」

「……久しぶりだね」

「…ん?」

「雨。最近ずっと降ってなかったでしょ」

「…確かにそうだな。濡れた記憶がない」

「クラウド、少しの雨なら傘差さないもんね」

「…フェンリルで移動する癖がつくと、どうもな」

「ふふ、雨の日はいつもびしょ濡れで帰ってくるから、びっくりする」

「…家に帰ればシャワーがあると思うと、つい面倒になってしまう」

「もう。家の中までびしょびしょになって大変なんだからね?」

「…すまない」

 

謝りながらも本気になれないのは、言われずとも雨の日、ティファを困らせている自覚があったから。そしてそれを控えようという気が、あまり起きないから。

 

ずぶ濡れで帰ったとき、ティファはいつも困った顔をしながら俺の頭をタオルで拭いてくれる。そして、されるがままになっている間に、てきぱきとシャワーの準備までしてくれる。

ティファにとってはいい迷惑だと思う。だが俺にとっては、ティファに沢山構って貰える又とない時間だ。だからつい、わかっていても繰り返してしまう。大雨を味方につけた、甘えを。

 

我ながらまるで、大きな子どもだと思う。いろんな方法を使って、ティファの気を引こうとしてしまう……昔と変わることのない自分を。

 

「…雨、止まないね」

 

俺に少し頭を預けたティファが、小さな声で呟く。雨音が一段と強くなる。

 

すぐそばにある、長いまつ毛。大きくて美しい瞳。絹のような肌。そして……柔らかいことを知っている、唇。

 

キスがしたい。そう思ったときには、既に俺は身を屈め、その唇に自分のそれを重ねていた。

 

「……」

「……」

 

何秒間かついばんだあと、少しだけ唇を離す。拒否したり慌てたりすることなく、口付けを受け入れてくれた、ティファの表情を見るために。

 

「……く、クラウド」

「……ん?」

「…ここ、外だよ?」

「…わかってる。…ティファもわかってただろ?」

「……」

 

わかっていたのに、嫌がらなかっただろ。そんな意味を込めた質問をする俺は、ティファに言わせれば意地悪だろうか。屁理屈になるだろうか。

 

本当は嫌だと思っているのなら、だめだ。そう思って、念の為暫くティファの様子を伺う。だけどティファが、顔をしかめたり、ため息をついたりするようなことはなかった。

 

ティファは俺の隣で、目を細め、微笑んでいた。その頬を少しだけ赤く染め、今までより力を抜いて、身体を俺に預けながら。

 

「……」

「……」

「……。クラウド」

「……ん?」

「……雨も、そんなに悪くないよね」

「…ああ。悪くない」

 

ティファの肩を強く抱き寄せながら、頭に小さくキスをする。この先きっと、少しの間、俺たちは知らないふりをする。雨の中傘を差して目の前を歩く人々も、雨音に混じる、茶化すような声さえも。

 

 

 

 

雨が上がり、何事もなかったかのように晴天のもと歩き出すであろうティファを想って、俺はただこの時間を噛み締めていた。大切に、大切に噛み締めていた。

 

 

 

白雨に日傘

 

 

 


fin,