意気込んで始める掃除より、何気なく始めた掃除の方が真剣になってしまうこと、よくあると思う。掃除するつもりのなかったところを触り始めたりとか、夢中になってしていたら思いの外時間が経ってしまっていたりとか。

 

そして、これもよくあることではないだろうか。そんな、隙間時間のつもり「だった」掃除中、本棚の奥から出てきた懐かしいアルバムを、ついつい見始めてしまうこと。私の場合、それは、高校の卒業アルバムだった。

 

「わあ」

 

例に漏れず掃除のことなんか……そもそもやりたいと思っていたことすら忘れ、私はアルバムを床に出し、ペラペラと厚いページをめくり始める。遠い昔というわけではないけれど、それでもやっぱり懐かしいクラスメイト、先生たち。部活動に、体育大会。まぶしい笑顔。あのとき一緒だったみんなは、今どこで何をしているだろう。たくさんの笑顔の中に混ざる、幼さが残る自分の笑顔を見つめながら、そんなことを思う。

 

だけど私には、お目当てのページがあった。3年生のクラスごとにまとまって映る、いわゆる卒業写真だ。

どうしても、もう一度見てみたくなった。自分自身なんかではなく、あの頃も大好きだったあの人を。

 

「…ティファ」

「!」

 

私が、アルバムの中の彼を見つけたのと、彼が掃除をさぼる私を見つけたのは、ほとんど同じタイミングだった。

思い出巡りを中断して振り返る、声の主。一体いつから背後にいたのだろう。クラウドは眠そうな顔をしながら、寝巻き姿のまま、私を不思議そうに見下ろしていた。

 

「クラウド!」

「…おはよう」

「うん、おはよう」

 

今ベッドを抜け出したところなのだろう。クラウドのまぶたは十分に開いていない。それが愛おしくて思わず笑えば、クラウドは背中から私を抱きしめるように覆い被さってきた。

 

「ふふ、もう、重いよクラウド」

「ん……」

「まだ眠いの?」

「ああ……」

「昨日帰ってくるの、遅かったもんね」

「…うん」

「おつかれさま。……あ、ごめんね。ゴソゴソうるさくて、起こしちゃったかな」

「いや……。むしろ、待ってた」

「ん?」

「…ティファが起こしに来てくれるのを待っていた」

「え? もう、また変なこと言って」

「ティファがいないと、一日が始まった感じがしない」

「……高校のとき、甘やかし過ぎたかなあ」

「…もう手遅れだ」

「…先が思いやられますなぁ」

「ティファが一緒なら問題ない」

「……もう」

 

まったく。数年前の自分は、想像できるだろうか。

実家がお隣さんだったこともあり、ほとんど毎朝クラウドを起こしにお家まで行っていたあの頃。家のチャイムを鳴らすだけじゃ起きないから、クラウディアさんに頼まれて部屋にまで上がっていたあの日々。

 

当時、クラウドはいわゆる「やんちゃ」な男の子だった。いまいち、どう接してあげるのがいいのかわからなかったほど、ありていに言えばクラウドは荒れていた。今でも覚えている。目覚めさせるまではいいけれど、照れているのか機嫌が悪いのか、なかなか目を合わせてくれないクラウドの横顔を。そのまま一緒に登校するときも、話は聞けどもなかなか自分から話を振ってくれなかったクラウドのことも。

 

数年前の自分が見たら、信じてくれるだろうか。

大学生になった今、ずいぶん丸くなったクラウドと、同じ屋根の下で暮らしているなんて。

 

「……? 何見てるんだ?」

「え?」

 

ふわりと香る、クラウドの優しい、自分と同じ柔軟剤の香り。背中に感じる温もりに、つい心をほかほかとさせていたら、クラウドがようやく、私を掃除から寄り道させていた存在に気づく。

 

「アルバムだよ。卒業アルバム」

「…卒業アルバム?」

「うん、高校のときの」

「…まさか、持ってきていたのか? 実家から」

「え? うん。ほら、見て? クラウドの卒業写真」

「……。もう二度と見ることはないものだと思っていた」

「ふふ、すごく嫌そうだったもんね、写真撮るとき」

「…写真を撮らないとバレットに丸刈りにすると脅されていた。背に腹は変えられなかった」

「あはは、そうだったんだ」

「…ティファは、たくさん写真が載っていたよな」

「あ、そうだっけ? 恥ずかしくて、あんまり自分の写真は見てないんだ」

「…俺は、ティファの写真を携帯で撮って保存してあるから、全部わかる」

「え、なんて?」

「何でもない」

「クラウド?」

「気にするな」

 

聞き捨てならない証言が聞こえたけれど、クラウドは何事もなかったかのように話を進める。そして、私がクラウドの失言に気を取られている間に、アルバムのページはペラペラとめくられていく。

 

(……)

 

ついつい見惚れてしまう、自分の顔のすぐそばにある、クラウドの横顔。あの頃より大人びて見える……ううん、実際大人になった、クラウドの。

 

「……。やっぱり、見て楽しいものじゃないな」

「……」

「…ティファ?」

「へ? あ、ごめん。見るの嫌だった?」

「…嫌じゃないけど、振り返っても意味がない」

「そうかな。私は、みんなに会いたくなっちゃったな」

「…みんな? 誰に」

「クラスメイトのみんなとか……あ、ザックスは元気かな」

「…元気だよ。相変わらずだ」

「ふふ、それは何より」

「…あの頃から雰囲気が変わったと言えば、エアリスだろ」

「あ、そうだね。本当は、変わってないといえば、変わってないんだけど」

「?」

「ううん。こっちの話」

「……」

 

今も昔も優しいエアリスの笑顔を思い浮かべながら、私はそっと卒業アルバムの重い背表紙を閉じる。ばふん、と音を立てて閉じたそれは、卒業生全員の思い出を背負っているから、なかなかに分厚い。クラウドは思い出を振り返ることが好きそうではないけれど、それでも今の私たちを繋いでくれた、大切な経験がここに詰まっている。

 

時は流れ、私たちはあっという間に大人になった。二人で実家を出て、二人で暮らし始めた。

これから先、楽しいことばかりではないのはわかっている。それでもクラウドの言う通り……一緒ならきっと、大丈夫。

 

「…ティファ」

「ん?」

「…今日はどこに行く」

「え、一緒にいてくれるの?」

「当たり前だ。休みだからな」

「おやすみでも、絶対一緒にいなきゃいけないってわけじゃないよ?」

「…俺が、一緒にいたいんだ」

「…嬉しい。私も」

「……ティファ」

「あ……えっと、クラウドは何かしたいことある?」

「したいこと……」

「…喧嘩以外で、お願いします」

「ふ……喧嘩はもういい」

「ふふ、もういいの?」

「ああ。……もう、必要ない」

 

柔らかく穏やかに、クラウドが微笑む。たくさん頑張ってきたからこその、アルバムにはない笑顔がここにある。

 

私はただそんな、まるで夢の一部を切り取ったかのように幸せな今を、噛み締めていた。ほっぺたにくれた口付けは、優しかった。ここにいるよと言わんばかりの、温もりがあった。

 

 

 

 

 

春薫る、星笑う

 

 

 


fin,