「、もう」
困ったような、でも嬉しそうにも聞こえる声で、ティファはそれだけ呟いて、キスを中断させた。意図しないタイミングの中断に、心当たりがないわけではない。ティファが急に身じろぎしたのも、恥ずかしがるように俺の肩に顔を埋めたのも「その」瞬間が起点だったから。
「ティファ」
堪えきれずつい、笑みをこぼしながらその名を呼び、頭を撫でる。ティファは、俺がなぜ笑っているかに気づいているはずだから、なおさら顔を上げようとしない。申し訳ないという気持ちはある。改めようという気は、ないけれど。
「…ごめん」
「もー……」
「…ティファ」
「は、恥ずかしいから、見ないでって言ってるのに」
「…すまない。つい」
「……反省してないでしょ」
「……」
ティファが顔を赤くしている理由はひとつ。キスの最中、俺が薄目を開けていたことに気づいたからだ。
二人ともちゃんと瞼を閉じて始めたはずの口付け。なのに俺はこっそり途中から、そんなティファを盗み見していた。
これも、理由はひとつ。最中のティファの顔が見たかったから。揺れる長いまつ毛も、うっとりと浸るように閉じる瞼も、もも色に染まっていく頬も。俺にしか見ることのできないティファの表情を、余すことなくこの目で見ていたい。そんな、我儘極まりない理由しか、ここにはなかった。
「……。なんだか、嘘みたい」
「ん?」
「クラウドが……こんなに、なっちゃうなんて」
キスは中断しても、離すつもりはない俺の腕の中で、ティファがぽつりと呟く。
こんな? どんな。いくつか自分の中で答えを探してみたが、あまり「良い」言い換えは思いつかない。当たり前だ。この状況でティファが俺を褒めるわけがないことくらい、俺にもわかっている。……それでも尋ね返してしまうのは、ティファの言葉を一つも聞き逃したくない自分の、どうしようもない我儘のせいなのだが。
「…こんな?」
「…うん。こんな」
「…どんな」
「……。目、逸らさない」
「?」
「…目が合っても、クラウドもう、逸らさないから」
「……」
「…昔は、一秒も合わせてくれなかったのになあ」
「……あ」
「ふふ……」
言わんとすることを、俺が理解したのを把握して、ティファが笑う。その瞬間に思い出す。ティファは俺のほとんどを知っているんだということを。最近のことや、今のことはもちろん……昔の、子どもの頃のことまで。
己の何ともいえない照れくささについ動揺しているうちに、ティファは顔をあげてこちらを見た。ぱちりと重なり、交わる視線。子どもの頃の恥ずかしさが戻ってきているせいで、反射的に逸らしそうになってしまったが、ぐっと堪える。まるで、自分自身に「あの頃とは違う」と言い聞かせるように、半ば意固地になって。
ティファの、赤く少し潤んだ瞳が俺を映し出す。俺と違って、あの頃と何ら変わらない……いや、あの頃よりずっと強く綺麗になった美しさが、そこにはある。
「……。降参だ」
「ふふふ、何?」
「…目を逸らしていた自分が、そう言ってる」
「…昔の、クラウド?」
「うん。…こうなる前の俺だ」
「…もう少し、あの頃みたいに恥ずかしがってくれても、いいけど」
「どうして?」
「だって……私ばっかり、照れてる気がして」
「まさか。顔に出していないだけで、俺も昔から変わっていない」
「…照れ屋さんが、キスの最中に目を開けるでしょうか」
「…恥を忍んでまで、見たいからな」
「もう、なにそれ」
「…許してほしい」
「も〜……」
わざとらしくため息をつき、ティファは再び俺にもたれかかる。今度はもう顔を隠したりはしない。きっとキスをしたって、受け入れてくれる。……目を開けたら、怒るかもしれないが。
そんなティファの額に口付けをしながら、少しだけ昔に思いを馳せた。ティファに触れることはもちろん、目を合わせることはおろか、まともに話しかけることさえできなかった自分に。
今溢れるこの感情は何だろうか。優越感? ある種の劣等感? ティファを想い重ねてきたこの、想いの層のようなものは、自分でも把握できないほど、途方もなく複雑で深い。
「…クラウド」
腕の中で、ティファが俺の名前を呼ぶ。再び瞼を閉じ、安心してここにいてくれる。
俺もティファも、変わらない。前者は呆れ、後者は焦がれ。あい変わらず、眩しいこの人を真っ直ぐに見つめられない自分自身を憂いながら、俺はただティファを、しばらく大切に見つめていた。
それは流れ星
fin,