「ティファ、いってくる」

 

朝食で使った食器を洗っているとき、キッチンにひょっこり顔を出したクラウドが言う。もうそんな時間かと顔をあげると、私をじっと見つめているクラウドと目が合った。

 

「あ、いってらっしゃい」

「…うん」

「気をつけてね」

「…ああ」

 

(……?)

 

つい首を傾げたのは、いつもの挨拶が一通り終わったのに、クラウドがそこから動こうとしないことに気づいたから。クラウドはまるで何かを待っているかのように、私の様子を伺っている。わかりやすく、周りをちらちらと見渡したりなんかしながら。

 

その仕草を見て、私はようやく合点がいく。今自分が求められているのが、言葉の挨拶だけではないということを。

 

「……」

 

全てを察してから、私もクラウドと一緒にあたりをきょろきょろ。子どもたちの声は二階から聞こえてくる。朝いつも来てくれる、仕入業者さんがやってくる気配もない。全部確認し終えて、ようやく一歩、二歩を踏み出す。クラウドに向けて。クラウドの近くに行くために。

 

さあ、あとはどうやって、自分からキスをしよう。こちらからし慣れていないから、緊張してしまう。

 

だけどそんな心配は無用だった。待ちきれなくなってしまったのか、私が至近距離に来た途端、クラウドのほうから身をかがめ、唇を重ねてくれたから。

 

(…ふふ)

 

ごめんね、クラウド。許してね。

あなたのことをつい、かわいいと感じてしまう私を。

 

「……」

「……。…ティファ」

「…ん?」

「……離れたくない」

「ふふ、もう。元気にお仕事行くんじゃなかったの?」

「うん……」

 

クラウドにぎゅうと抱きしめられながら、私は昨日の夜のことを思い出す。二人でうとうとしながら話した、何てことない会話。

 

『…ティファ、俺』

『……?』

『…毎朝、ティファにキスして貰えたら、元気に仕事に行けると思うんだ』

『ええ? ど、どうしたの、急に』

『…別に、急じゃない』

『?』

『……。憧れなんだ』

 

(…ふふふ)

 

 

腕の中で、にやにやとする。最近甘え上手になってきたクラウドの体温に包まれながら。

 

私からキスをする、っていう前提も。キスをしたらすっきり仕事に行けると思うっていう、見立ても。何もかも、うまくいっていない気がするけれど。

 

「…ま、いいか」

「……ん?」

「ううん、何でもない」

「…ティファも一緒に来るか」

「あはは、行けないよ。ほら、配達遅れちゃうよ?」

「…いい」

「もう。よくありません」

 

困った人の背中をぽんぽんと叩いて、なんとか体を離してもらう。私だって、一緒にいられるのなら一緒にいたい。だけど一瞬じゃなくて、ずっと一緒にいるためには、私たちは大人でいなくちゃいけないときがある。

 

クラウドにとっても私にとっても、朝のこの特別な挨拶はきっと、「背伸び」を頑張るためのおまじない。

 

「……。いってくる」

「ふふ、うん。いってらっしゃい」

「…すぐ帰るから」

「…うん。待ってる」

 

結局もう一度交わされるキス。どんなときだって優しいそれを、私は大切に受け止める。噛み締めるように。元気をいっぱいもらって、贈り返すように。

 

二階から降りてきた子どもたちと一緒に見送った背中は、広く逞しかった。出会った頃より、ずっと。家族になってから、もっと。

 

 

 

 

darling

 

 

 


fin,

2024 無配