うちの課には王子様がやってくる。少ないときで月に1回。多くて月に3回。
王子様は必ず、うちの課にいる複数の「お姫様立候補者」に招集されて参上する。自ら望んでやってきたことはまずないだろう。遠くから彼の表情をいつも伺っているが、たいてい不機嫌な顔をしている。それでも「顔がいい」ことに変わりがないから、たとえお姫様方に不親切でも王子の名は外れない。
ああ、私の名はリーブ・トゥエスティ。株式会社新羅カンパニーの総務部、経営企画課の課長である。
我が社のことを褒めるつもりは毛頭ないが、うちはこの国有数の大企業だ。スタッフの数はざっと七千人。関連企業を加えるともっと増える。嗜好品、医療品、おまけに不動産も取り扱っている欲張りな会社だ。私はそんな大企業で、さまざまな部署のわがままを取りまとめつつ、なんとか会社の先を守ろうと日々奮闘しているというわけだ。
おっと、こちらの話は今、どうでもいい。冒頭の王子様の話に戻ろう。
王子の名前はストライフ君。名はクラウドといったか。歳はおそらく25にも満たない。金髪に青目、モデルか何かをやっているのではないかと疑ってしまうほど、整った中性的な美しい顔を持つ、王子の呼称にふさわしい青年だ。
彼が務めているのは大手精密機器メーカー。そこの技術職で働く若者である。口数こそ少ないがその腕は確かだ。なんせ、我々の課がどんな無茶な修理依頼を出しても、必ず何とかして見せるのだから。
彼は月に一度、必ず我が社の経営企画部にやってくる。仕事の相談ではない。我々の依頼でだ。
彼が担当しているのは、我が課にある3つの大型複合機、つまりコピー機。紙が妙なところで詰まったり、トナーがなくなったり、エラーが出てうんともすんとも言わなくなったりしたときなんかに彼はやってくる。そして無駄口を叩かずしっかり修理して(しっかり請求して)帰っていく。繰り返すがその腕前は実に見事だ。彼には聞こえていないだろうが、いつも思わず自分の席で拍手している。今日もよくやってくれた。そして何より……すまないという気持ちを込めて。
そう。お察しの通り、我が課の複合機は非常に、非常によく壊れる。
悪いのはストライフ君でも複合機でもない。……お姫様方だ。
「クラウドさん! お待ちしてました〜!」
月曜日。今日も元気に複合機は壊れる。時刻は午前11時。会議の多い週明け、朝から本当にやめてほしい。
今回の故障理由はなんだったか。私が出社したときにはすでに複合機はピーピーと赤いランプを点滅させて泣いていた。
ほんま朝からかわいそうに、誰がいじめたんや。この子はなんも悪いことしてへん。
朝から苛々が募ったが、犯人探しをするだけ無駄なのが分かっているのでため息と共に席につく。それから「すいませぇん」と平謝りする社員に命じる。「彼を呼びなさい」と。
「……またこの課か」
朝一番、早々に呼び出されたのは言わずもがなストライフ君。朝が苦手なのだろうか。相当機嫌が悪いのがわかる。いや、たとえ朝に強くてもこれくらい不機嫌にはなるだろう。ストライフ君の出社する会社から、弊社は結構な距離があるから。
「ごめんなさいクラウドさん、この子またエラーが出ちゃってぇ……」
お姫様立候補者もとい、複合機にエラーを出させた張本人が、なんともまあ嬉しそうに彼を誘導する。ほら、色目使ってないでお茶くらい出しなさい。あと、あんたのその上目遣い、効いてへんと思うで。
「……」
「…わかりますかぁ?」
「……紙が詰まってるだけだ。何をどうしたらこんな詰まり方するんだ……」
「やだあ〜! はずかしい〜」
わかりやすくため息をつきながら、ストライフ君は器用に複合機の治療を始める。そのとなりでお姫様立候補者(ナンバー4あたり)がくねくねと腰を動かしている。ストライフ君は一ミリも見向きしていないのに、やり続ける度胸は流石だ。
「ちょっと、またあの子、王子呼んでるよ」
(おやおやおや)
私の席の右斜め前から聞こえてきた、何ともどす黒い声。どうやらストライフ君を観察していたのは私だけではないようだ。ナンバー4を睨みつけるのは、お姫様以下略ナンバー2とナンバー1。
「やば。先週も呼んでなかった?」
「信じらんないよね、王子もほんといい迷惑だよ。かわいそー」
「…とかいって、あんたもしっかり見てんじゃん」
「だって、あんな目の保養になる人、この会社にいないんだもん。……あたし王子にコーヒー出してくるわ」
「ウケる」
いやいや、なんもおもろないから。自分の仕事しい、仕事。
思わずタイピングのスピードが上がる。おかげさまで印刷待ちの資料が次々仕上がっていく。仕上げていきながら、私は上層部にどやされるであろう近い将来のことを憂う。何言われるかはわかってる。「何でお前の課は紙の削減率があがらんのや」という、ごもっともなお叱りやから。
そう。ここまで来るともう説明しなくてもいいかもしれないが、私の課の女性陣は頻繁に「わざと」複合機を故障させる。目的はただひとつ。我が社の複合機の修理担当であるストライフ王子に会いたいから。
ストライフ君は、いや、彼の勤める会社は我々の修理依頼を断ることをしない。なぜなら彼を呼ぶのに「特急料金」が発生しているからだ。だからストライフ君は不機嫌そうにしながらも必ず派遣されてくる。しっかり請求書を握りしめて。この間は封筒の中に複合機の説明書が入っていた。「いい加減にしろ」っちゅうメッセージは、しっかり受け取ってるで。
そんなとんでもない顧客であるお姫様立候補者は、誰よりも早く彼を我が物にしようと、これまで数々のハニートラップを仕掛けてきた。彼の胸ポケットに連絡先を書いたメモを入れようとする、なんてことは序の口で、お弁当を作ってきた者もいたし、あからさまなボディータッチを試みた者もいる。だが彼は、彼女たちからのどの贈り物(※皮肉をこめている)も受け取らない。連絡先メモについては「レシートかと思って捨てた」。弁当に関しては「あんた、よく食べるんだな」。ボディータッチは「ふらついてるぞ。体調が悪いなら早く帰ったらどうだ?」。わざとか、本気で言っているのかわからないが、毎度この調子である(休憩室で泣いている立候補者をみたときは流石に同情してしまった)。
そう、ストライフ君は女性たちを全く相手にしない。別に庇うつもりもないが、立候補者の中にはそれなりにいい子もいる。あんな強引なスキンシップを図らずとも、密かに恋心を抱いている者もいる。たとえば私の席の左斜め前に座っている彼女、通称ナンバー6。何も愚痴らず、何もせず、じっとストライフ君を見つめてため息をついている。きっとストライフ君、あんたの話やったら耳傾けてくれると思うわ、とアドバイスしたくなるような気立のいい優しい人だ。
でも、私はそれをしない。それができない。ストライフ君の肩を抱いて「こんどお礼に一杯やらないか、この子も一緒に」みたいな、気の利く上司の立ち回りをすることは許されない。
理由は単純明快である。なぜなら、私は知っているからだ。この課のお姫様立候補者が誰も知らない真実を。
そう……ストライフ君には、クールな彼を溶かす、べっぴんさんの「コレ」がおる。
「……誰に向かって小指立ててるんだ?」
「!?」
突如そばから聞こえた、ええ声。慌てて顔をあげると、そこには私を不思議そうに見ている眠そうなストライフ君が立っていた。……いつものように(白目をむくような金額が記載されている)請求書を差し出しながら。
「あ、す、すいません。もう修理は終わったんですか?」
「終わった。修理も何も、ただの紙詰まりだ。……あんたの部下は紙を詰まらせる天才揃いだな」
「それ、彼女らに言ってやってください……私も困ってるんですよ」
「また説明書でも持ってこようか」
「その説明書をあなたが音読してくれるなら、多分みんな必死に覚えます」
「?」
ストライフ君が首をかしげる。この鈍感!罪な男! と突っ込みたくなる気持ちもあるが、説明するだけ恥ずかしいので胸の内に止める。
私はそんなクールガイを見つめながら……真実を知ることになったとある夜を思い出していた。
あれは確か、奇跡的に残業時間が短く、夜の8時には家の最寄駅に辿り着くことができていた日だった。
残業がない日はいいことづくしだ。まず、帰路に立つ人が多い。終電間近だと電車の中はすっかすかで、しかも乗車している客がみんな疲れ切った顔をしているものだから、一緒に生気を吸われるような気持ちになる。別に人混みが好きなわけではないが、常識的な時間に帰宅できていることへの喜びを感じる(末期かもしれない)。
そして何より……近所のスーパーが開いている。これは大きい。普段、休日にしか繁盛している様子を伺うことができない夜9時閉店の店に滑り込むことができるのだ。いつもは泣く泣く昼も社食、夜も社食という生活を送っているので、家で夕飯を食べられる幸せは計り知れない。しかもこの時間、惣菜は20%割引が多い。近所の方々がパートに入ってつくってくれた美味しいおかずを、お買い得な値段でいただくことができるのである。こんな有難い話はない。
そんなわけで例外なく、私はこの日もスキップをしながら閉店間近のスーパーに悠々と入店した。
買い物カゴとそれを運ぶためのカートをとり、一目散に惣菜コーナーに向かう……予定だった。あの名前を耳にするまでは。
「クラウド、ありがとう」
(……!?)
耳に飛び込んできたのは、忘れようにも忘れられないあのストライフ君の名前。決してよくある名前ではないから、すぐさま彼がここにいることを察知した。どうしてここにいる? もしかして彼も近所に住んでいるのだろうか。そして同じく惣菜20%オフに引かれてやってきたりしているのだろうか。
だが、私は彼と同時に、別の人物の存在を把握していた。あの王子を呼び捨てで呼ぶことができる……女性の存在を。
(い、いた!)
振り返った先、すぐさま目に止まったのは、ストライフ君にお礼を伝えた女性の姿だった。
な……なんてことだ。黒髪ロングにメリハリのあるスタイル、まるで映画や御伽話の世界から飛び出してきたような美貌。一般的なよくある女性用のスーツを着ているが、彼女が美しい人だということは遠目からオーラで伝わる。
そしてそんな彼女の元に、似合わない買い物カゴカートを押しながら近づいてくるのが……言わずもがな、王子だ。
「うん」
(うん!?)
な、なんやねんクラウドはん、その柔らかな笑顔と穏やかな返事は! そんな顔、うちで一回も見せてくれへんかったやん! もしかして別人か? 瓜二つの双子とかか?
つい脳内の自分が悲鳴をあげる。どさくさに紛れて名前で呼んでしまう。
ストライフ君は「にこにこ」という表現がぴったりな笑顔で、そっと彼女に寄り添う。こ、こら。カート押すだけやろ、こんなとこで腰を抱くな。
「さ、お腹減ったね。ぱぱっと買っちゃおう」
「ああ」
「クラウド何か食べたいものある? もう遅いからあんまり手の込んだものは作れないけど……」
「ティファが作ってくれるのなら何でもいい」
「んー、じゃあ、お肉かお魚だったら?」
「…魚」
「うん、わかった。焼き魚にしよっか」
(……ちょ、ちょっと待ちなさい)
作ってくれる? この時間から、仕事帰りと思わしき彼女に料理振舞ってもらうんですか? 信じられへん。というか、その「何でもいい」が一番困るのわかってはる? さては今まで人に料理作ったことないやろ。
どばどばと流れ出る、所謂「嫉妬」と呼ばれる感情でむせている間に、若い二人はそそくさと店内を進んでいく。もちろん私が最初に目指していたお惣菜コーナーではない。お惣菜の素材、つまり野菜コーナーだ。先導するのはティファさんというお名前の彼女。彼は彼女の横にぴったりついてカートを押している。どうやらストライフ君は彼女しか眼中にないらしい。周りにあんなにたくさん食材があるというのに見向きもしない。
「…ティファ」
「なに?」
「…ううん。呼んだだけだ」
「もう。一緒に食材選ぶ気ある?」
「ある」
「じゃあその視線は、私じゃなくて、周りに向けてもらわないと」
「それはできない。他を見てる時間が惜しい」
「く、クラウド。ふざけないの」
「ふざけてない。俺はいつだって本気だ」
「もー……。はやく帰ろ?」
「うん」
(……私は何を見せられてるんやろう)
ああ、週刊誌のパパラッチにでもなった気分である。我が社の女性陣が目をハートにして追いかけている青年に、こんな彼女とこんな一面があったなんて。
(…はあ)
打って変わって、現在。目の前には無表情で請求書を差し出すストライフ君。あの夜にみた柔らかい笑顔の面影はない。
私は請求書を受け取りながら、さりげなく、偶然を装い、ちらりと彼の手を見る。何をチェックしようとしているかは言うまでもない。彼の両手の薬指だ。きっとお姫様立候補者の諸君はすでにチェック済みのものだと思うが「真実を知っている者」として改めて確認しなければならない。真実であることを裏付けるためにも。
だが、案の定彼の両手は作業用のグローブに包まれていて、指輪の有無を確認することはできなかった。
「…………」
「……? すまない。手に何かついてるか?」
「え? い、いやあとんでもない。美しくて器用そうな手だなと思っただけですよ! ははは」
「……俺を口説いてどうする」
「え!?」
怪訝な顔をするストライフ君。周りから聞こえてくる「えっ、待って課長も?」という疑惑の声。待て待て。私をあんた方の仲間に入れんといてくれ。たらたらと流れる冷や汗。
「は、ははは、いやあ! すいません」
「……?」
「で、でも! あなたのような格好のいい人だったら毎日大変でしょう」
「…どういう意味だ」
「ほら、引く手あまたというか! 寄ってくる人も多いんじゃないんですか?」
「…悪いが、興味ない」
「あなたに興味がなくても、周りはそうもいかないでしょう」
「…あんたは何が言いたいんだ?」
「え? い、いやあ別に何も……」
(……ん?)
そうやって私が妙な雑談で彼を引き留めているうちに、いつの間にか周りにお姫様候補がぞろぞろと集い始めていることに気づく。ああ、本当はいろいろ話を聞きたいところだが早く帰してあげないと。ストライフ君との接点を持ちたくて仕方のない彼女らが、暴徒と化してしまう前に。
「そ、それでは確かに、請求書はいただきましたので。ぜひまた来てください」
「…できるだけ自力で直してくれ」
「は、ははは……」
立ち去ろうとするクラウドさんに付き添うために、私も席を立つ。ここで見送るのがおそらく普通のことなのだが、こうでもしないと彼に連なる大行列ができてしまうのだ。ここは身を切ってでも、私が彼を守らなければならない。いかなるお姫様候補も、彼に近づけることは許されない。誰のために? 彼のためではない。お姫様候補もとい我が社の社員のためである。……決して勝つことのできない相手に挑ませたくはない、親心のようなものである。
そんな私の気持ちも知らず、親の仇でも見るような目で私を睨みつけるお姫様候補らの視線を感じつつ、彼をエレベーターホールまで送り届ける。世間話のひとつもしない、相変わらずのストライフ君は、彼女らの視線に気づいているのかいないのか、最後まで表情を変えることはなかった。
はあ。今日も私は、何の収穫もなくただ、彼女らの恨みを無駄に買うことになるのか。
そう思い、ひとり肩を落としていたときだった。ストライフ君が、とても小さな声で、私に質問を投げかけてきたのlは。
「……なあ、あんた」
「え? ……え? 私ですか?」
「…あんた以外誰がいる」
「あ、は、はい。なんでしょう」
ストライフ君は、何とも美しい流し目で、私を見た。
「…この間、スーパーにいただろ」
「! き、気づいてらしたんですか!」
「当たり前だ。あんなコソ泥みたいな動きでついてこられたら、誰だって気づく」
「い、いやあ……」
「…目的は? ティファだったらここで潰す」
「ち、違いますよ! 違います! 私はただ君がですね……」
「どうしてティファの名を知ってる?」
「あ! ひっかけましたね! ひどい!」
「やっぱり潰す」
「誤解ですって! 私はあなたが彼女をそう呼ぶのを聞いただけで!」
「……」
一体何を一生懸命弁明しているのだろう。決してやましいことはしていないのに、滝のように出る脂汗。ストライフ君の視線はだんだん冷たくなる。彼の宣言通り本当に捻り潰されるんじゃないかという生命の危機を感じる。
だが、彼は暫くしてから大きくため息をつき、いつの間にか張り詰めていた緊張を解いてくれた。
「……。まあいい。信じる」
「ほっ……よかった」
「…ただ、次に会ったときは容赦しないからな」
「えっ、だからどうして私をそんな敵みたいに」
「ティファにつく虫は全部排除する」
「だから違いますって! 私が見ていたのは彼女じゃなくてあなたのほうで、」
「は?」
「あっ、それも誤解です! そういう意味じゃなくてですね……」
そんなこんなで、口を開けば開くほど、墓穴を掘っていく状況は続いた。彼を迎えにあがってきたエレベーターに何度も乗らせ損ねる始末だった。彼は最後まで私を睨みながら去っていった。たぶん、盛大な誤解をされていると思う。次からどんな顔をして請求書を受け取ればいいのかわからない。解せない、とはこういった状況のことを言うのだろう。またひとつ、私の顔に皺が刻み込まれる。慌ただしい朝が、すぎていく。
「……とほほ」
自席に戻るため廊下を歩きながら、私はくたびれた気持ちで、美しい都会の景色を見た。そう遠くないうちに、彼と彼女とまた、予期せぬ形で出会うことを知らずに。
コピーマシンのおうじさま
fin,