はてさて、どのタイミングだっただろうか。どんな話にもうんうんと、嬉しそうに微笑みながら耳を傾けてくれていたクラウドが、む、とした顔に変わったのは。
(あれ?)
ふたり揃って眠れるときの日課、今日の出来事と明日の予定の報告会。ほとんど喋っているのは私だけれど、つまらなかったら寝ていいよと言っても、クラウドはいつも機嫌良く話を聞いてくれる。おしゃべり好きじゃないのは知っているから、気を使わなくていいのだけれど、クラウドもこの時間を、大事なものと思ってくれているらしい。
だけど今夜は、途中で曇り出したクラウドの表情。なんてことはない。お肉を明日、安くでたくさん仕入れることができそうだという話の真っ最中だった。
「いつもと同じ値段で、倍くらい買わせてもらったの」
「すごいな」
「うん、ラッキーだった。でもね、多すぎてお店の中まで凍ったまま運びきれないんじゃないかって話になって」
「…そんなにあるのか」
「そうなの。それでね、お客さんが手伝ってくれることになったんだ。明日暇だからって」
「……客?」
「? うん、お客さん」
「……」
(…あ)
眉間にしわを寄せ始めたクラウドを見つめながら、慌てて記憶の巻き戻しを行う。「むっ」とポイントがあったのは、そう。お客さんの話になったときだ。善意で手伝おうと言ってくれた、お客さんの。
「……どうして」
「え?」
私がその答えを見つけかけたとき。ときを同じくして、クラウドが不機嫌な顔のまま口を開く。
「…どうして、俺に頼らない」
「だって……明日、普通にお仕事でしょ?」
「…そんなの、どうとでもなるだろ」
「どうとでもならないよ。休んでもらうわけにもいかないし」
「休まなくたって、昼だけ抜けてくることもできる」
「そのために戻ってきてもらうの、悪いし……」
「……。そんなことも、頼みにくいのか」
「…クラウド?」
ますます寄っていく、クラウドの眉間のしわ。どうやら思いっきり、気に入らないところを踏んでしまったらしい。不機嫌を通り越して、クラウドは拗ねている。私がまだ、クラウドの「むっ」ポイントを理解しきれていないことで、クラウドはさらに怖い顔になる。
「……。もういい。とにかく、その客は断ってくれ」
「ええ、でも」
「俺が手伝うから必要ない」
「クラウド、」
さて、どうしようか。どうやってクラウドに笑顔に戻ってもらおうか。そんなことを考える間もなく、クラウドは私の頭をぐいっと抱き寄せ胸に押し付けて、もう喋れなくしてしまった。今日の会話はこれでお終いらしい。頭を抱く手の力と裏腹に、私の背中を撫でるクラウドの手は、優しい。
あたたかくて優しいクラウドの体温に目を細めて、私は今はひとまず、意識を手放すことにした。
不思議と心は穏やかだった。クラウドが、私や誰かを傷つけるつもりで怒っているわけではないことだけは、わかっていたから。
*
お肉の大量仕入れ作戦は、クラウドがいてくれたおかげで大成功だった。
クラウドは宣言通り、颯爽とフェンリルでお店に戻ってきて、仕入れ作業を手伝ってくれた。その手際は驚くほどよかった。業者さんに愛想悪くすることもなく、不機嫌そうにすることもなく、いつもと変わらない穏やかな様子で、クラウドは作業してくれた。結果的にクラウドにお願いできてよかったって、ほっとしてしまうほどに。
「クラウド、ありがとう」
ふたりで業者さんを見送ったあと、ふと生まれた一息つける時間。素直にお礼を伝えると、クラウドは少し居心地の悪そうな顔をしてから、小さく「ああ」と呟いた。
「ほんとに助かっちゃった」
「…それならよかった」
「一人だったら、もっと時間がかかって、お肉もダメになってたかも」
「あれは……確かに、一人で処理する量じゃない」
「ふふ、せっかくだから今夜は、夜ご飯もお肉にしようかな」
「…楽しみだ」
クラウドはしばらく私を見つけていたけれど、ひとまず満足したのか、自分の仕事に戻るための準備を始めた。再びグローブを手にはめる横顔は、やっぱり不機嫌なものではない。なんだかんだ、仕事中に雑用で頼ってしまった罪悪感を抱えていたけれど、どうやら必要なさそうだ。
せめてものお礼に、元気よくもう一度仕事に送り出そう。そう思い、支度するクラウドを後ろからニコニコ見つめていたとき。下手をしたら聞き逃してしまいそうな声で、クラウドが呟いた。
「……。よかったか?」
「…え?」
「…手伝ったのが俺で、よかったか」
クラウドはこちらを振り返らない。私に背中を向けたまま。だけど確かに、私に向かって質問をしている。
考えるまでもなく……その質問の意味するところは、ちょっぴり縮こまって見える背中が教えてくれる。
(…クラウド)
「…うん。クラウドにお願いできてよかった」
まっすぐに伝える、嘘偽りない言葉。少し間を開けたあと、ゆっくり振り返ってくれるクラウド。
その表情はもう、ポーカーフェイスではない。混ざるのは、気恥ずかしさと、昨日の余韻のように残る拗ねた気持ち。「何か」を気にしている、優しい優しい、クラウドの想い。
(…かわいいなあ)
そんなことを思っているのは、本人に内緒だけれど。
「…そうか」
「うん、さすが、元何でも屋さんだね」
「……。まあな」
「……」
「……ティファ?」
「あ、ううん! ごめんなさい。なんでもないの」
「……?」
危ない、危ない。ついつい顔に出てしまっていたらしい。
あどけなく首を傾げてみせるクラウド。愛おしく思いながら、私は両腕を広げてクラウドを待つ。何も言わずとも抱きしめてくれるって、わかっているから。
「…ティファ」
そのあたたかい声の奥底にある優しさも、全部全部。
「……お手伝いしてもらった、お礼になるかな?」
「…礼なんかなくても、手伝う」
「じゃあ……ハグはいらない?」
「いる」
「ふふ……」
「……。ティファ」
「なあに」
「…いや。……また、こういうことがあったら、俺を頼ってくれ」
「うん。わかってる」
「…些細なことでもいいから、遠慮はするな」
「…料理の味見係は?」
「俺がやる」
「…急に、お砂糖が足りなくなっちゃったときも?」
「俺が買ってくる」
「…どこにいても?」
「どこにいてもだ」
「あはは」
「本当だからな」
「ふふ、うん。ありがと」
ごめんね、クラウド。わかってるよ。クラウドが言いたいこと、思ってることもわかってる。
だけどもう少し、答え合わせをするのは待ってほしい。やっぱり、嬉しいの。大切な人に頼って欲しいっていう気持ち、私にだってわかる。一言で表現できない複雑さも、少しわがままの入り混じる、役に立ちたいっていう思いも。
どれもこれも、好きが、理由。どんなことであっても、あなたが一番最初に選ぶ人でありたいと思ってしまう……どうしようもない、恋心のせい。
その日からしばらくの間、クラウドの口癖が「何か困っていることはないか」になってしまうという副作用が続くことになる。それでもふたりから、笑顔がついえることはなかった。好きだと思う気持ちに、終わりがないのと同じように。
敵うものか、恋などに
(幾つになっても?)
(幾つになっても)
fin,