十センチにも満たない距離にあるクラウドの寝顔を、目覚めてからずっと、見つめていた。

 

顔の筋肉に力が入っていないせいか、その顔は普段よりあどけなく見える。指でそっと触れる頬は柔らかい。ゆっくり大きく続く呼吸。耳を澄ましてようやく聞こえる寝息が、彼がいま、おだやかな眠りの中にいることを教えてくれる。

 

「……」

 

何か約束したわけでもないのに、私たちは示し合わせたように、向かい合って横たわっていた。互いの間にあるのは、投げ出された互いの両手。ようやく力を込める気になった左手を持ち上げ、あたたかい彼の手の中に滑り込ませる。こうするとクラウドは、愛おしい癖で無意識に握りしめてくれることを知ったうえで。まるで、母親の指を反射的に握る赤ん坊のような。自分を傷つけるものは今ないのだと、安心して眠る、子どものような。

 

「……」

 

音は、ひとつも聞こえない。贅沢で平穏な朝が、私たちを守ってくれている。ふたりでそれを願えば、いつまでだってこの中に閉じこもっていられるような、そんな感覚が私を襲う。

 

ふと。思い立ったように、クラウドの体に寄り添うように肢体をずらし、自分の耳を彼の胸にそっと押し当てた。それは、寝息や体温に飽き足らず、彼の生きる心臓の音まで確かめたくなってしまったからだろうか。とくんとくんと、慌てることもなく穏やかになり続けるその音は、私の心を確かに、安堵させる。

 

あたたかい。幸せ。ずっとこうしていたい。ずっとこうして、この人の温もりに触れていられたらいいのに。

 

そんなことを思うたび、いつも同じフレーズが脳裏をよぎるのは、仕方のないことなのだろうか。

 

幸せにはいつか、終わりが来る。

永遠なんていうものは、この世のどこにも存在しない。

 

 

 

 

「……ティファ?」

 

少し掠れた声が、もう呼びなれたであろう名を呼んだ。音もなくゆっくり見上げれば、瞼を半分持ち上げて、不思議そうに私を見つめるクラウドと目が合った。

 

「……うん」

 

そこはきっと、おはよう、でしょう。情けない返事をしたあとに思った。だけど言葉が出てくる気がしなかった。心がまだ、この真っ白な朝の箱の中に居たがっているのだろうか。おはよう、の前の世界に、残り続けたいのだろうか。

 

「……泣いてるのか」

 

だから少し、驚いた。クラウドがそっと、私の目尻に親指で触れ「何か」を拭ってくれたとき。「そんなつもり」はなかった。そんなつもりは、一粒も。

 

「…ううん」

 

何かを隠す意図もなく、わずかに首を振る。これだけでクラウドなら、わかってくれるような気がした。

 

甘え、だろうか。この平穏も温もりも涙も、何もかも。

 

「……そうか」

 

クラウドは深くを追求することなく、ただそれだけを呟いて、私の体を抱きしめた。この、言葉では表現できない、切なさに似た感情をわかってもらえたのかもしれないと、心はほっと一息つく。いつも、私のわかりづらい感情の機微を読み取ってくれるこの人の愛情を感じ、今度は意味を持った涙が溢れそうになる。

 

私たちはいつまで、この部屋の中に居られるのかな。

いつか、もう時間切れですよと、誰かが部屋をノックしにやってくる日が来るのかな。

 

そのとき私はそれを、上手に受け止めることができるだろうか。ばいばい、って。クラウドに向かって、上手な笑顔で手を振ることができるだろうか。

 

さよならって。優しく微笑むクラウドに手を振られたとき……私は、手を振り返せるだろうか。

 

(…クラウド)

 

「…ティファ」

 

とても穏やかな声で、クラウドが私を呼んだ。そのとき、自分が彼を抱きしめる腕に、強い力を込めていたことに気づいた。

 

「……?」

 

おそるおそる。再び見上げたクラウドは、すべてを許してくれるような、柔らかい表情をしていた。

 

「…今日は」

「……うん」

「今日は、久しぶりの休みだ」

「…、うん」

「ふたりそろって、予定もない」

「…そうだね」

「…どうする? ティファは何がしたい」

「……、クラウドは?」

「俺は、ティファがしたいことをしたい」

「ふふ……どうするの? 私が、無理なことを言ったら」

「そんなの簡単だ。無理をすればいい」

「もう、だめだよ。無茶しちゃ」

「無茶もしたくなる。ティファのためなら」

「……」

「…なあ、ティファ」

「ん……?」

「…ティファはどうしたい? どう、過ごしたい」

「……」

 

かたく、力のこもっていた腕を、そっと緩める。深呼吸をしながら、もう一度、クラウドに寄り添う。

 

「…あのね」

「…うん」

「……。もう少し、ここにいたい」

「……」

「…おはようは、もうちょっと、待ってほしい」

 

それから、遠慮もなく口にする。無理だって、神様でも、流石のクラウドも叶えることはできないってわかっているのに、私はもはや存在しない「はじまりの前」を望む。

 

願うだけなの。どうか許して。

わかっているから。わかっているから。

 

「…わかった」

「……」

「…ここにいよう。誰かが起こしに来るまで」

「……うん」

「…デンゼルかもしれないし、マリンかもしれない」

「……。バレットからの電話かも?」

「…それは、一度くらい無視してもいいだろ」

「ふふ……だめだよ、クラウド」

「…いいんだ、ティファ」

「……」

「少しくらい……駄々をこねても、きっと」

 

あたたかい両腕で私を抱きしめたまま、クラウドはそっと額にキスをくれた。

誓いのような、祈りのような……お守りのようなその行為は、不思議なくらい静かに、私の心を慰めた。

 

 

 

 

ここにいたいと、強く思った。一生懸命にしがみつかなくても、クラウドは私を、抱いていてくれた。

 

 

 

 

Stay just a little longer

 

 

 


fin,