「クライヴ、愛してるわ」
一生懸命に身をかがめ、お願いしたお花を探してくれているクライヴの背中に、ふと言葉を被せる。あたたかい日差しが心地いい、晴れた日の午後。クライヴが昔、仕事の途中で見つけてくれた小さな花畑の中で、私たちは何の制約もなく、ただ花を集めていた。
「…どうしたんだい、急に」
クライヴがそう言うのはご尤も。こちらを振り返り、嬉しいという感情を隠さず微笑んでくれるその人に、私も同じような喜びを抱えながら、はにかみ返す。
「なんだか、言いたくなったのよ」
伝えたいことを、伝えたい人に伝えられる、今という現実。夢の中だと言われたら信じてしまいそうなほど穏やかで、幸福に満ちている。クライヴは花を探していた手を途中でとめる。それから花畑の中、ほんの少し離れた場所に座っている私のもとへ歩み寄ってくれた。
「…ジル」
「?」
「これを」
「あ……もう見つけてくれたの?」
「もっと必要なら、まだ探すよ」
「いいえ、これで十分だと思う。ありがとう、クライヴ」
彼が手渡してくれたのは、4、5本の美しい赤色の花。とても色鮮やかなのに、背丈が小さいせいでなかなか見つけられないこの花は、解熱に効くのだとタルヤに教わった。もう、魔法の使えなくなったこの世界で、こうした自然が育む薬は今まで以上に重宝する。今まで通りには生きていけなくなった、私たちにはとても。
「…いい香り」
薬と呼ぶには似合わない、柔らかく甘い花の香り。目を閉じ香りを感じているとき、ふと頭を撫でられる。
そっと瞼を開けると、私の目線に合わせるようにしゃがみ込み、こちらを優しい眼差しで見つめるクライヴがあった。
「…クライヴ」
「……ん?」
「どうしたの?」
「いや……何でもないんだ。ただ君を見ていたくなっただけで」
「ふふ、いつも見てくれているじゃない」
「ああ、そうだな……」
何度も何度も、ゆっくりと撫でられる髪。甘く温かなクライヴの表情は、私に彼が幸せを感じていることを教えてくれる。どれだけ見つめ合っても、決して満足することのない想い。ゆっくりともう一度瞼を閉じ、口付けをねだれば、クライヴは何も言わず柔らかなそれを重ねてくれた。
「……」
「…、……」
「……。…まるで」
「…ん?」
「…まるで、おとぎ話のお姫様のようだわ」
「どうして?」
「こんなお花畑の中で、キスをしてもらうなんて」
「…君は本当のお姫様だからな」
「昔、そうだっただけよ」
「いや……俺にとっては、ずっとそうだよ」
「…クライヴ」
お姫様だった過去を、疎んでいるわけではない。だけど胸を張って言えるような過去でもない。そんな灰色の昔話を、クライヴはいとも簡単に、優しく鮮やかな色で色付けてくれる。何もかも、もう……否定する必要はないのだと、暗に私を抱きしめてくれる。
空は青く風は心地いい。花は咲き空気は澄んでいる。
それでも、新たに生まれた火種が在る。憎しみは毎時この世界のどこかで生まれ、育つ。
守るべき人々が増えていく。守れなかった命も増えていく。いなくなってしまった人がいる。会えなくなった人がいる。私たちが生んでしまった悲しみが、この世界に確かにある。
それでも私はここにいる。生きていくべき世界が在る。
もう、道には迷わない。この大地に足をつけ、私は自分の意志で……あなたを選んで、生きていく。
「……ジル」
「…?」
「…愛してるよ」
「…どうしたの? 急に」
「どうもしないさ。ただ伝えたくなったんだ」
「ふふ、私と一緒ね」
「ああ。…君と一緒だ」
まるで小鳥が歌うように、私たちは愛の言葉を口にする。肩の荷物を下ろし、重かったものを軽くして。
想いを伝え合うのに、躊躇うべき理由はもうない。あなたがここにいることを、疑う必要も、ない。
ゆっくりと立ち上がったクライヴが、そっと右手を差し出す。私はその手を取って立ち上がる。温かいその手を握って……歩き出す。
「…ジル」
「なあに?」
「君ともっと、話がしたい」
「…クライヴ」
「ようやく気付いたんだ。まだ、君に伝えられていないことが沢山あるって」
「…奇遇ね。私もよ、クライヴ」
「ジルも?」
「そう。あなたに聞いて欲しいことが沢山あるの」
「そうか。それならゆっくり、順番に話をしよう」
「ええ」
「だが、時間は足りるだろうか。きっと何十年単位になる。それでも間に合うかどうか……」
「大丈夫よ、クライヴ。そのために、あなたはこの時間を作ってくれたのだから」
「…ああ。そうだったな」
クライヴが微笑む。私が恋をしたあの頃と、何ら変わらない優しい笑顔をくれる。
未だ私を救った自覚のない王子様は、もはや何も持たない、有りのままの私を愛してくれる。
私はそれをわかっている。だからもう……泣いたりしない。
「…ジル」
大地に根差し、自らの力で生きる、逞しくも美しい草花に囲まれて。私の手を握り、私の目を見て、クライヴは言った。
「…ありがとう」
ここにいたのは、クライヴだった。神様でも選ばれし者でもない、たった一人のクライヴだった。
「生まれた意味を、教えてくれて」
あめあがり
fin,