いつもの三倍は、時刻を確認している気がする。特段変わったことも起きない、雲がちらほらと浮く晴れの仕事日。

 

配達しては、時計を見る。配達しては、携帯を覗く。あまりに確認しすぎていたのか、取引先に「この後デートか」と揶揄われる失態も犯した。慣れないことはするものではないと、適当に否定してから気を引き締める。

 

随分と前から(と言っても一週間ほど前だが)今日は受注する仕事を少なくすると決めていた。その代わり、朝の出発は早かった。眠そうに目をこすりながら見送ってくれたティファが「今日くらい休めばいいのに」と言ってくれたが、それは俺には却って気まずく、照れくさいことでもあったから、やんわりと礼だけ伝えた。

 

「……よし」

 

そんなこんなで時刻は、十七時。この街から自宅まで、慌てず帰ってざっと一時間。下手に暇を潰したり、大幅にオーバーすることもなく、希望通りの時間に帰宅できそうだ。

 

我ながらこういうときの計算能力は高い。だがどこからか、いつも俺の帰宅を待ってくれているティファの「その正確さを毎回発揮してくれればいいのに」という声が聞こえてきそうで、自分を褒めるのはやめた。

 

あたりに誰もいないことを確認してから、今日何度開いたかわからない携帯を開く。それから、履歴から簡単に遡れる我が家の電話番号を選ぶ。

 

今日は、俺の誕生日だ。俺は、俺のためではなく……家族のために、急いで家に帰らなければならない。

 

『クラウド?』

 

3コールほどで電話に出たのは、いつもより声が高く感じるティファだった。自分からかけたくせに緊張し始めた体に鞭を打ち、軽く咳払いしてから返事する。

 

「…ああ、俺だ」

『お疲れ様』

「…ありがとう。ティファも」

 

今日のセブンスヘブンは昼の営業だけ。なぜなら……理由は説明するまでもないかもしれない。

 

電話の、ティファの向こうから、子どもたちと聞き慣れた仲間の声が入ってくる。がやがやと、もう宴会でも始めているのかと思うほどの騒がしさについため息が出るが、ティファが疲れた様子ではなく、機嫌が良さそうであることから、全部まあいいかという気分になる。

 

『どう? お仕事、落ち着いた?』

「ああ。…実は、もう全部終わってな」

『本当? やった! 早く上がれてよかったね』

「…ああ。今から帰る」

『何時くらいになりそう?』

「…そうだな。十八時を過ぎる頃かな」

『わ、ちょうどいいかも。ちょっと待ってね、子どもたちに伝えるから』

「……ああ」

 

(…知ってる)

 

ちょうどいいことは、俺も知ってる。何故ならば先週、デンゼルとマリンが大きな声で秘密話をしているのを聞いてしまったから。あのとき二人は今日の計画を立てていた。そしてそれを事細かに、盗み聞きしている俺に届く声で復唱してくれた。

 

店の昼営業が終わるのが十四時。遠方の仲間たちの集合時間が十五時。店の飾り付けはユフィが来てから。それらの準備が整って最後……どこかの有名店で頼んでくれたらしいケーキが店に届くのが、十八時。

 

『…っごめん、お待たせ。子どもたちも大丈夫って』

「…そうか」

『でも本当に丁度よかった。あのね、さっきヴィンセントが到着してることに気づいたところだったの』

「気づいた?」

『そう。ヴィンセントったら随分前からいたみたいなのに、黙って物陰に隠れててびっくりしちゃった』

「…あいつは亡霊か?」

『ふふ、でもこれでみんな揃ったから、大丈夫。みんなでクラウドのこと待ってるから、ゆっくり安全運転で帰ってきて』

「……ああ。ありがとう、ティファ」

 

そう。俺は、慌てて……ではなく、ゆっくり帰れなければならない。ケーキよりも先に到着して、子どもたちをがっかりさせないために。子どもたちの……ティファの立ててくれた計画を、成功させるために。

 

自分の誕生日であるのに何に気を遣っているのだと、赤の他人は思うだろうか。俺自身ではなく、ティファたちを喜ばせたいと願う俺を、笑うだろうか。

 

たとえそうだったとしても、馬鹿げていたとしても、いい。俺にとって、誕生日を祝われるそのことよりも……家族がいちばんの笑顔で迎えてくれることが一番、嬉しいのだから。

 

『…ねえ、クラウド』

「……ん?」

 

名残惜しいが、ティファのためにもそろそろ電話も切って早く帰路につこう。そう思ったときだった。

ティファがこそこそ話をするように小さく、でも優しい声で俺に話しかけてくれたのは。

 

『…お誕生日、おめでとう』

「ティファ……」

『…ごめん。みんなよりも早く言いたくて』

「…ティファにはもう、起きたときに言ってもらったよ」

『ふふ、それはそれ、これはこれ』

「…ありがとう、ティファ」

『こちらこそ。…一緒にいてくれて、ありがとう』

「俺の台詞だ。家族でいてくれて……いつも、そばにいてくれてありがとう」

『うん。………な、なんか照れちゃうね』

「ティファが言い出したんだろ?」

『そうだけど……も、もう切ります』

「ふ……わかった」

『…気をつけて帰ってきてね。待ってる』

「ああ。…待っていてくれ」

 

遠い場所にいるはずなのに、その笑顔が目に見えるような嬉しい声に、言葉に、口元は綻ぶ。

まるでもう、これ以上はないと思ってしまうほどに、心は満たされる。

 

電話が切れたあと、真っ暗になった画面をしばらく見つめる。それから大きく息をつき、待たせっぱなしだったフェンリルに跨る。

 

家に帰って一番、家族は、仲間はどんなふうに出迎えてくれるのだろうか。大げさだと照れ隠しに言ってしまいそうになる程、勢いのあるものだろうか。それとも電話越しに聞こえたように、俺がいなくとも宴会を始めているだろうか。

 

別に、どっちでもいい。どんな出迎え方でも嬉しい。きっとみんなが、笑顔だから。家族が、ティファが、笑いかけてくれるのならば、なんだって。

 

 

 

 

「……頼むぞ、フェンリル」

 

今日は帰らなくちゃならないんだ。何としても無事に、五体満足で。

相棒の体をぽんぽんと叩いてから、エンジンをかける。目指す場所は揺らがない。もう揺らいだりなんかしない。

 

八月の風は、立ち止まったままでは暑すぎた。だが、帰路に立った俺には、あまりにも心地よく感じた。

 

 

 

夏風

 

 

 


 

 

Happy birthday 230811!

fin,