私が欲しいと、クラウドは言った。

 

少し早めに浴びたシャワー。いつもより入念に髪を梳かして、身につける下着もちゃんと選ぶ。長く着たせいで縒れ始めているものじゃなくて、持っているものの中で比較的新しいパジャマを着る。あとは、特に変わらない。クラウドと一緒のベッドで寝るのは、いつものこと。クラウドと肌を重ねたりするのも……いつものこと。

 

クラウドと廊下ですれ違う。誕生日会で子どもたちに被せてもらっていた、手作りの王冠を頭につけたまま、クラウドは私と交代で浴室に向かう。先、行ってるね。それだけ伝えれば、クラウドは理解する。それから彼は、ほんの少し嬉しそうにしながら頷く。なるべく早く行く。それだけぽつり、私に残して。

 

私が欲しいと、クラウドは言った。

一緒に過ごす何度目かの誕生日。欲しいものは何かを尋ねる私を、優しく見つめながら。

 

 

 

 

 

 

「…すまない、待たせた」

 

ベッドサイドに腰掛けて、クラウドを待つこと数十分。時間が経つにつれ緊張していく自分を自覚しはじめた頃、クラウドが部屋に戻ってきた。私と同様、クラウドの姿も様子もいつもと変わらない。だけど、普段より少し大人びて見えるのは、今日彼がひとつ歳をとったからだろうか。それとも、これからの時間を想う私による、バイアスだろうか。

 

「…クラウド」

 

まっすぐこちらに歩いてきて、私の隣に腰掛けた彼の名前を呼ぶ。星の命の色をしたその瞳は、曇りなく澄んでいた。

 

「ん?」

「…本当に、よかったの?」

「…何が?」

「プレゼント。その……私だけで」

「…ティファだけじゃ、問題があったか?」

「ううん……私はいいの。でも、せっかくの誕生日だし」

「……」

「もっと欲張ってもいいのに、なんて……いまさらだけど」

 

私だけでいいの? その問いには、いろんな不安が混ざっている。改まって自分を捧げる照れくささもあれば、クラウドが何か遠慮しているんじゃないかという心配もある。

決して自分を卑下しているわけではない。だけど、クラウドが誕生日にわざわざ求めてくれたことに、私は付加価値を見出そうとしていた。何かを特別にしたほうがいいのではないかとか、して欲しいことが他にあるんじゃないかとか。

 

「…ティファ」

 

クラウドの手のひらが、私の頬に触れる。知らず俯いていた顔をあげてくれたその手は大きく、あたたかかった。

 

「…ティファでいい、じゃない。ティファがいいんだ」

「…うん」

「他のものはいらない。ティファだけが欲しい」

「…クラウド」

「…それじゃ、だめか?」

 

私だけを瞳のなかに映して、クラウドは問う。綺麗なその目は、クラウドが決して嘘を言っているわけではないことを、教えてくれる。

 

「……ううん。だめじゃない」

 

頬に添えてくれた手に、自分の手を重ね返しながら、私はただそれだけを呟いた。

私の瞳にも、クラウドだけが映る。小さく頷き返したクラウドが、ゆっくり身を屈め、キスをくれる。それは音もない始まりの合図。クラウドが私を、受け取ってくれたサイン。

 

私も瞼を閉じて、その口付けを受け入れた。与える側のはずの自分の心が、ひどく、満たされていくのを感じながら。

 

 

 

 

 

 

 

「…ふふ」

「……」

「ふふふ……」

 

一緒に過ごす、クラウドの誕生日。その特別な日は、二人ゆっくり抱き合ううちに、いつの間にか過ぎていた。

 

くすくすと、堪えきれずに笑うのは私。私が笑うのをわかって、首筋にかわいいキスを贈り続けるのはクラウド。行為中はもっと熱く、情熱的という言葉が似合っていた口付けは、今は目的が違うからか、熱っぽさとは無縁に感じる。

 

くすぐったいよ。だけど嫌じゃないよ。そんな想いを込めて、私は行為のあとも愛撫を続けてくれるクラウドの背中に腕を回す。この時間が嬉しいのだと、わかってもらうために。

 

「ふふ、…クラウド」

「……?」

「…今夜はなんだか……」

「…何?」

「なんだか、優しいね」

 

言わずもがなクラウドは普段から優しい。伝えたかったのは、今夜はそんな普段を上回る優しさを、感じたということ。

 

クラウドは何度かぱちぱちと瞬きをしてから、ふわりと微笑む。ふたりきりのときにしか見せない柔らかい表情に、私はただ、見惚れることしかできなかった。

 

「そうか? …意識していたわけでは、ないんだが」

「そうなの?」

「…うん。……噛み締めていたから、かもな」

「…噛み締める?」

「ああ。ティファからの大事なプレゼントだから」

「ふふ……普段と変わらなかったでしょ」

「それがいいんだ。……それを、噛み締めていた」

「…クラウド」

 

クラウドの瞳が一瞬、切なげに細まる。それをじっと見つめ返す前に、彼は私を抱き寄せる。

 

「……。…幸せだ」

「え……?」

「…全部、ここにある」

 

(……)

 

甘く、優しい体温に包まれながら、クラウドの言葉の意味を考えた。クラウドが本当に欲しいものが何なのか……クラウドのくれた表情を、想いながら。

 

(…そっか)

 

クラウドが欲しいと思ってくれたのはきっと、心とか体とか、そういうことじゃなくて。

 

 

 

 

 

 

「…クラウド」

 

いまが何時かもわからない真夜中。うとうとと眠そうにしながらも、私の髪を撫で続けてくれるクラウドに囁く。

 

「……ん?」

 

どんなときでも名前を呼べば耳を傾けてくれる、その愛おしい人の頬に、今度は私から触れる。

 

「…誕生日、おめでとう」

「…ああ。ありがとう」

「……。あのね、クラウド」

「……?」

「…私、ここにいるからね」

「……ティファ」

「だから……安心してね」

 

クラウドには、知っていて欲しかった。私は望まれたから、いるんじゃない。望んで、ここにいるんだってことを。

 

「…いつまで?」

「?」

「……いつまで、ここにいてくれる?」

 

不安そうに、どこか泣き出しそうな表情を隠さず、クラウドは私に問いかける。

 

「…いつまでがいい?」

「……。叶うのなら、ずっと」

「……うん、わかった。ずっとここにいる」

「…ティファ」

「…特別に、ね」

「……。誕生日だから?」

「…ううん」

「……」

「…クラウドだからだよ」

 

一瞬、大きく目を見開いたクラウドが、確かに口元を緩める。はっきりと断言できないのは、すぐに抱きしめられてしまったから。その逞しい腕はもう、私を離さない。私ももう……未来への約束を、恐れたりしない。

 

「……ティファ」

「……」

「…ありがとう、ティファ」

 

クラウドは小さくただ、それだけを呟いて、少しだけ延長した誕生日の夜に終わりを告げる。その腕の中で、あたたかい体温にまどろみながら、私も静かに目を閉じた。

 

 

 

クラウドは言った。全部ここにあると。

それが、全てだった。それが私たちの、全てだった。

 

 

 

 

雲に、かけはし

 

 

(唯一それを、叶えるひと)

 

 


fin,