この日の夜だけは、セブンスヘブンが貸切になる。

 

子どもたちや集まってくれた仲間たちとの、大騒ぎのパーティを終えたあと。おやすみを伝え合う少し前の時間を、クラウドは遠慮がちに欲しがった。あなたが望むのなら、何十分でも何時間でも貸切にするのに、クラウドはいつも少しでいいと言う。これは、毎年のこと。誕生日に彼が欲しがってくれる、珍しいもののひとつ。

 

はじめてあなたに作ったお酒を、あなたは覚えているだろうか。そんな野暮なことは確認せず、私はクラウドに作り慣れたお酒を差し出した。いつもなら一杯作ってお客さんが飲み干すのを見守るところだけど、今日は違うみたい。おそろいの一杯をもうひとつ用意して、私はカウンターに腰掛けるクラウドの隣に座る。乾杯、がしたいらしい。さっきまで散々、楽しく乾杯をしたのだけれど、これはまた別で必要みたい。

 

「…かんぱい」

 

私からはおめでとうの気持ちを込めて。クラウドからはきっと、ありがとう。お互い言葉にせずとも思いは伝わる。言葉にせず、見つめ合う方がよっぽど、伝わることもある。クラウドの目はまっすぐ私を見つめている。少し前まで、戦いの中に身を置いていた人とは思えない優しい眼差しが、私を丸ごと包み込む。

 

クラウドが生まれてきてくれたことを、クラウドと一緒にお祝いする。

これほどまでに贅沢で、光栄で、かけがえのない時間が、この世界に存在するだろうか。

 

「……。うまい」

「そう? よかった」

「やっぱり、ティファが作る酒が一番うまいと思う」

「ふふ、ありがとう。…それより大丈夫? 今日はずっと飲んでるけど」

「…平気だ」

「…顔、赤くなってますけど」

「…ティファが隣にいるからな」

「もう、答えになってません」

 

冗談を言ったあと、クラウドはこてんと私の肩に頭を預けた。

甘えたいのかもしれないと思って、私もクラウドに少しだけ寄りかかる。お互いに感じるお互いの体重。支え合ってここにいるような感じがして、くすぐったくて、嬉しい。

 

「…ティファ」

 

うっとりと目を細めたまま、クラウドが小さな声で私を呼んだ。この世界で、この家で、今私しか聞き取ることのできないであろう声量に、心が波打つように鼓動する。

 

「…なあに?」

「……。もう少し、こうしていていいか」

「もちろん。クラウドの気の済むまでどうぞ」

「…ありがとう」

「……むしろ」

「?」

「…むしろ、もっと欲しがってくれてもいいよ?」

「…欲しがる?」

「ほら、欲しいものとか、して欲しいこととか。……毎年聞いてる気がするけど」

「…そうだな。毎年ティファは、そう言ってくれる」

「だって、クラウド物欲ないから」

「…そうでもない」

「そう? いつも私の方が物足りなくなっちゃうよ」

「ふ……」

「クラウドが喜ぶこと、もっとしてあげたいんだけどなあ」

「…もう十分、してもらってる」

「…それならいいんだけど」

 

相変わらず欲しがらないクラウドは、ひとり満足そうに微笑む。相変わらず身勝手に消化不良になってしまう私は、そんなクラウドの微笑みをじっと見つめる。何か隠されていないかな?とか。何か遠慮してないかな?とか。本人がいらないと言っているのに用意したがることこそがエゴなんだけれど、こればかりは許して欲しい。

 

だって、好きな人に喜んで欲しいと思うのは、自然なことでしょう。あなたに笑顔でいてほしいと思うのは、特別なことではないでしょう。

 

「…きっと」

「?」

 

しばらくの沈黙のあと、クラウドは口を開く。

楽しそうに私に語りかけるその横顔は、もう、満たされた人のもの。

 

「…ティファは、俺の物足りない顔を見ることはできないと思う」

「…どういうこと?」

「…ティファといるとき、俺はいつも満たされているから」

「……クラウド」

「…本当は、欲しいものだらけだ。でも……ティファ以上のものを見つけられない」

「……」

「今がいいんだ。今がいちばん……」

 

クラウドは私に頬擦りする。私は、どきどきと高鳴る心臓を胸に秘めたまま、その行為を愛おしく受け入れる。

 

彼の答えは変わらない。一緒に暮らし始めた頃から。ううん、もしかするとそれよりもずっと前から。明日や明後日、簡単に変わるものではないのだろうということは、私にもわかる。

 

これは自惚れなのかもしれない。変わらないものなんてこの世界にはない。

だけど彼からは、揺るがない何かを感じる。私の人生が……もう、私だけのものではなくなっていることを、私ははっきり自覚できる。

 

「…ねえ、クラウド」

「……?」

 

それなら少し、分けさせてほしい。

あなたはいらないと言うかもしれない。あなたの望む色や形とは、違っているかもしれないけれど。

 

「これは、私のわがままなんだけど」

「……うん」

「…今、だけじゃなくて……よかったら、この先も……」

 

ぼうとしていたクラウドの瞳に、きらりと光が差し込む。

ふたりの心がいま、一緒の方向に動いたのだと……あなたは私に教えてくれる。

 

 

 

 

お酒をゆっくり飲み干したあと、私とクラウドは、やわく手を繋いで階段を上がる。一生懸命に握りしめなくても、私たちはここにいる。クラウドは私を置いていったりしない。私もクラウドの手を、離さない。

 

音なく波打つ優しい海のような穏やかさが、私たちを包んでいた。息をしただけで揺れてしまいそうなそれは、はかなく、だけどとても広く感じた。

 

 

 

 

 

水平線でキスをして

 

 

 

 

 


fin,