俺たちは、はじめてだ。お互いが、お互いの。
右がいいとか、左がいいとか、もっと上がいいとか、下がいいとか。どこまでいったらやりすぎなのか、何をしなかったら物足りないのか。基本的なところから、それぞれ個人的なところまで、いいこと悪いこと、読んで字のごとく手探りするしかない。教科書はお互いだけ。教える側になってくれるのも、教えられる側になってくれるのも、お互いだけ。
俺たちには俺たちしかいない。だが、それがどんなに不格好で不自由で、効率の悪い状態だったとしても、俺たちにはほかの教えを乞うことも、ほかで学びを深めることも必要ない。俺たちは俺たちだけでよかった。俺たちだけであることが、少なくとも俺にとっては、他のどんなことより尊いことだった。
「クラウド」
視界が揺れる。いや、揺らしている。頭がぼうとする。今更抜けることなどできない熱のせいで。
普段なら使うことのない強い力で、逃がさないよう掴むのは、細いティファの手首。自分の体の下で、ベッドの上に押さえつけて、俺はティファを抱いている。揺らしているのは自分。揺れているのはティファ。二人とも真っ赤になって、無我夢中で腰を動かす。いいところを探すために、少しでもよくなってもらうために。今、ティファをこんなふうにしているのは俺なのだという存在証明を、できるだけ強く濃く、ティファに残すために。
「クラウド、」
すでに朦朧とする視界の中、何度も俺の名前を呼ぶティファ。何かを求めているのか、それとも何かを確かめているのか。情けなくも、今の状況で手一杯の俺は、そんなティファに口付けをしたり、その名を呼び返したりすることくらいしかできない。それでもただ、伝えたかった。ここにいるのが俺だということ。ティファの声が、届いていること。
灯ひとつない寝室。俺たちの生む音以外ないふたりきりの部屋。はじめのうちは大げさに響いていた、俺たちの動きに合わせ鳴るベッドのきしむ音も、熱に溺れていくにつれ、気にもならなくなる。
それよりも、ティファの声が大切だった。たっぷりとした吐息の混ざる泣きそうな声に、俺は夢中になっていた。どんな声も聞き逃したくなかった。どんな些細な変化にも、気づいていたかった。
「クラウド」
互いの肌が汗ばむ頃、ティファがまたひとつ名前を呼ぶ。伺うように見た火照る顔。ふるふると、小刻みに何度も横に首を振るティファ。そろそろそのときが来たのだと悟る。握りしめる手の力は、無意識に強まる。
早いとか、遅いとか。正しいとか、正しくないとか。どっちのほうがいいとか、悪いとか。何をされるのが好きかとか、何をして欲しくないかとか。
「…クラウド」
口にする名に、どんな想いをこめているのかとか。
頬を伝う涙に、どんな意味があるのか、とか。
「……ティファ」
「…ティファ」
「……」
「ティファ」
「……?」
今は何時になっただろう。ひととおりの行為を終えて、俺たちは暗黙の了解のごとく、一緒にまどろみはじめる。
何も身に付けないまま、俺の腕の中で優しく瞼を閉じていたティファに声をかけたのは、そんな時間の始まりの頃だった。
「……大丈夫か」
「ん……?」
「…体。辛くなかったか」
このまま眠ってしまえばいいものの、確認をしたくなるのはエゴだろうか。ティファの気持ちを、感じることを確かめておきたくなるのは、我儘なのだろうか。
再び開いた、ティファの綺麗な赤色が、暗闇の中で俺を柔らかく見つめる。手のひらで包んだ頬は、あたたかい。
「…うん。平気だよ」
「…本当に?」
「本当」
「……さっき、涙が出てた」
「え? いつ?」
「…最後のほう」
「あ……。ふふ、きっと、生理的なものだと思う」
「…痛かったか?」
「ううん、違うの。そうじゃなくて」
「……」
「…この先は、言わせないで」
「……、ティファ」
赤らむ頬を隠すように、ティファは俺の胸に顔を押し付ける。勘違いでなければ、それが嬉しい意味を持つことを、流石の俺も悟る。ティファから見えないのを言いことに緩む口元。心がひとつ、ほっと力を抜く。
だけど、ひとつで満足できないのが人間の性なのだろうか。口は勝手に、ティファの名を呼び続けた。
「…ティファ」
「…なあに?」
「……他に、無理はさせていないか」
「無理? あ……その、頻度とか?」
「頻度……。やっぱり多いのか」
「…たぶん、他の人たちよりは、多いかな」
「…そうなのか」
「私も、クラウド以外知らないから、本当のところはわからないんだけど……」
「…辛いか?」
「あ、ううん。平気。大丈夫だよ」
「…でも、多いって思ってるんだろ」
「思ったりは、するけど……でも、嫌なわけじゃないの」
「……」
「その……私も、嬉しいから。したいって思ってくれることも、することも」
「……ティファ」
なんとか、どこでもいいから改善を図りたいのに、結局ティファの優しさにくるまれてしまう。甘えてばかりではだめだと思うのに、気づけばティファに抱かれている自分がいる。わかっていたことではあるが、ティファはすごい。俺は一生かけても、ティファに敵うことはないのだろう。降参だけはしてたまるかと、悪あがきを許してもらっているだけで。
俺たちは、はじめてだ。お互いが、お互いの。
だから、諦めたくないと思ってしまう。正解を探すことも、正解などないのだという答えを、見つけることさえも。
「…クラウド」
ティファがまた、俺の名を呼ぶ。
その声が、眼差しが、俺を慈しんでくれているものだということを、俺はただ一人、大切に実感する。
「…ん?」
「その……ありがとう」
「…何が?」
「…いつも、大切にしてくれて」
「……まだ、不十分だ」
「ううん。そんなことない」
「…それに、当たり前なんだ。ティファを大切にすることなんて」
「うん」
「ティファは……俺にとって、ティファは」
「…うん。わかってる」
「……」
「…伝わってるよ、クラウド」
「…ティファ」
「だから……ありがとう。大切に思ってくれて」
「……」
言葉には、どれだけの力があるのだろう。言葉で確かめられること、確かめられないことがある。本当に大切なことはきっと、言語化することができない。俺たちはいつもそうだった。俺はいつも……ティファに、そうだった。
想いが溢れ、重ねた唇には、ありがとうのほうが多く含まれていただろうか。それとも、ごめん、だろうか。
大切にするって、どういうことなのだろう。慈しむ思いは、どこまでの想いを、包括してくれるのだろう。
「…ティファ」
「……?」
「……ティファ」
「…うん。クラウド」
ティファの胸に顔を埋め、髪を撫でてもらいながら、出てきた言葉は名前だけだった。どんな表現も通用しない、愛おしいその名だけが、今の俺が口にできる、最大限の告白だった。
てのひらは裸
fin,