クラウドと出会ったとき、不思議と、これでもう大丈夫なんだって思ったんだ。

 

意識がグラグラと揺れて、頭が割れてしまったんじゃないかと思うぐらい痛かったあのとき。

誰かと……ティファと電話をしながら、クラウドは倒れていたおれを起こして、かっこいい大きなバイクに乗せる。

そして、背中につかまる力すらなかった……誰もが触ることすら嫌がる黒く汚れたおれの手を、何の躊躇いもなくずっと握っていてくれた。

 

 

「つかまれ」

 

 

意識がボーッとしていてよく覚えていないけど、背中がとてもあったかくて、無意識にぽろぽろ涙が溢れたことは覚えてる。

 

あの時からずっと、クラウドはおれのヒーローだった。

 

 

 

 

選ばれなかった、

 

 

 

おれの1日はだいたい、クラウドの1日の予定で決まる。

 

朝、クラウドが仕事に出るときにいつも、今日は何時に帰ってくるのか聞く。今日は戻らないって言われてショックを受けるときもあるけど、クラウドは大体時間を教えてくれるし、大体そこから少し遅刻する(ティファにこの間、聞いてくれてありがとうと言われた。何でだろう)。

 

ティファに、クラウドの部屋の掃除をお願いされたときはチャンスだ。

別に入っちゃ駄目だって言われたことはないけど、仕事のものがいっぱいあるから入らないようにしているクラウドの部屋。……ちなみにマリンとティファはいつも遠慮なく入る。

掃除だから、と自分に言い聞かせていつも忍び込む。机の上に散らかっている、地図やメモ書きに何が書いてあるのか知りたくて、おれにはまだ大きい椅子に乗って覗く。何が書いてあるかは難しくて正直よくわからない。でもそれがいい。

 

クラウドは無口だ。かと思えば、ぺらぺら喋り出すこともある。眉間にシワが寄ってることも多いけど、おれたちやティファと話をするときはいつも優しいし、怒ったりするところも見たことがない。

クラウドはマリンとティファにめっぽう弱い。特にティファだ。たまに喧嘩をしているけど、クラウドはほぼ全敗だ。その代わり、ぷんぷん怒ってどこかに行くティファと、小さくため息をついて落ち込むクラウドをよく見かける。

そんなときのクラウドに声をかけると、決まって頭を撫でてくれる。それから「難しいな」と少しだけ微笑む。それがいつも男同士の秘密の会話みたいで、好きだった。

 

 

 

「デンゼルはクラウドが大好きなんだね」

 

 

お店が終わって、ティファの手伝いをしながらクラウドの帰りを待つ時間。

クラウドの話ばかりするおれに、ティファがお皿を洗いながら優しく微笑んで言った。

特に否定する理由もないのに、何だか急に恥ずかしくなって、俯いてしまう。

 

 

「ふふ、恥ずかしがることないのに」

「……クラウドには秘密だからな」

「えー、言ってあげてよ。クラウドきっとすごく喜ぶよ」

「だって、なんか恥ずかしいじゃん」

 

 

食器を洗い終え蛇口をひねりながら、ティファが嬉しそうに笑う。何でティファが喜んでるんだろう。

手を拭いてから、ぽんぽんと優しく頭に触れてくれるティファ。それからおれの目線になるようにしゃがみこんで、もっと嬉しそうな笑顔のまま、ひそひそ話を始める。

 

 

「クラウド、かっこいいよね」

「……!うん、かっこいい」

「私たちのこと、守ってくれるもんね」

「そうだよ。クラウドいつも、頑張ってる」

「うん、わかるよ。私もクラウドのこと大好きだもん」

「へへ……」

「クラウドも、デンゼルのこと大好きだと思うよ」

「そうかな?」

「うん。本人に聞いてあげて」

 

 

それは恥ずかしい。慌ててそう答えようと思ったその時だった。お店のドアが開く音がしたのは。

クラウドが帰ってきた。今朝教えてくれた時間より1時間遅れなのはいつも通り。

 

慌ててキッチンから出る。机を拭いていたマリンが一足先に、帰ってきたクラウドに駆け寄る。

ふと見上げると、今日一番嬉しそうなティファ。おれと目が合うと微笑みながらうなずいてくれた。

 

 

「クラウド、おかえり!」

「ああ」

「おかえりクラウド!」

「お帰りなさい」

「ただいま。……珍しいな、全員ここに集合してるなんて」

「みんなでクラウド待ってたんだよ」

「?何かあったのか」

「何にもなくても、待つのは当たり前でしょ〜?」

 

 

マリンがクラウドの服の裾をひっぱりながら言う。

おれも、少し嬉しそうな顔をするクラウドに駆け寄る。こっちに気づいたクラウドは、優しい目をしていた。

 

 

「クラウド、今日は海のある街に行ってたんでしょ?」

「ああ」

「ねえクラウド、海ってどれぐらい広いの?湖とは何が違うの?」

「そうだな……味?」

「味?!」

 

 

クラウドが帰ってくるといつもこうだ。おれたちの質問合戦が始まる。

おかしそうに笑いながらティファがクラウドに料理を出す。クラウドがありがとう、と言ってから、二人は少しだけ仕事の話をする。あそこの治安はどうなったとか、モンスターの様子がどうだったとか。何の話かいまいちわからなくても、そんな二人が格好良くて、おれはそれを聞いてるだけでいつも嬉しい。

 

 

「ねえ、ティファも海に行ったことあるの?」

「ん?うん、クラウドたちと行ったよ。マリンは行ったことないんだっけ」

「んー、よく覚えてない」

「そっか……バレットと一緒に海を渡ったとき、まだ小さかったんだね。デンゼルは?」

「……おれ、行ったことない」

 

 

何だかちょっと小さくなる声。二人の話を聞いてたら、おれってなんて小さな世界で生きてるんだろうって思う。この世界って、知らないことがなんてたくさんあるんだろうって、思う。

いいなあ。クラウドたちの話をわかるようになりたい。世界にどんな場所があって、どんな人がいて、どうやって生きてるのか、おれも見てみたい。

 

もくもくと黙ってご飯を食べていたクラウドが、手を止めて、おれに声をかけてくれた。

 

 

「……海、行きたいか」

「えっ!……い、行きたい!」

「クラウド、マリンも行きたい!」

「なら……今度みんなで行くか」

「っやったー!」

「わーいわーい!」

 

 

嬉しくて、つい両手を上げてマリンと一緒にその場で飛び跳ねてしまった。海、海。みんなで、家族で一緒に。

あんまりおれたちが喜ぶから、珍しくクラウドが声に出して笑う。それからティファと目を合わせて、小さくうなずいていた。ティファも嬉しそうだ。

 

 

「ねえ、ねえいつ?いつ行くの?」

「行くならコスタ・デル・ソルだよね。……そういえばクラウド、あそこに別荘買ってなかったっけ」

「…買った。大空洞に行く前に買った」

「だよね!あの時何かにつけてこれが最後だって言って、いらないものいっぱい買ったよね」

「あれは完全に勢いだった……そういえば放置してる」

「べっそー?」

「そう、クラウド、海の近くにお部屋持ってるの」

「クラウド、お金持ちじゃん!」

「今あの時の自分に助言できるなら、今後の生活のことを考えて使えと言いたい」

「あははは、でもほら、みんなで今度使えるよ?」

「クラウドのべっそー泊まりたい!」

「……ティファ、店は連日で休めるか?」

「うん、事前にわかってたらだいじょうぶ。クラウドの仕事に合わせる」

「すまない、助かる」

 

 

まずデンゼルに掃除を手伝ってもらわないとな。クラウドが優しい声で言った。

 

みんなで同じテーブルの上、顔を合わせて旅行の計画を練る。こんなに楽しいことがあっていいのかな。

おれからもうなくなってしまったと思ってた家族が、目の前にある。すぐ近くに、いつも一緒にある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

旅行計画を終えて、睡魔が早く早くとおれを呼ぶ時間。

子ども部屋のベッドに入る前に、向かいにあるクラウドの部屋を覗き見た。

 

いつも部屋の入り口から見えるのはクラウドの背中。何か書類を読んでいたり、電話をしてたり、明日の準備をしていたり。クラウドの背中を見ると、どうしたって父さんを思い出す。クラウドと同じ、あったかい手。優しい声。全部全部大丈夫だって思える、大きな大きな。

 

 

「クラウドおやすみ」

 

 

静かな家の中。おれはクラウドの背中に声をかけた。

先に子ども部屋に入ったマリンとティファが、楽しそうに話をしている声がちょっとだけ聞こえてくる。

 

いつもフェンリルにのせている剣を数本、珍しく部屋に持ち出して手入れをしていたクラウドは、すぐに手元の作業を止め振り返ってくれた。

 

 

「ああ。おやすみ、デンゼル」

 

 

クラウドはおれがとっくに夢の中にいるような遅い時間に帰ってきたりすることも多いから、おやすみって挨拶できることは当たり前じゃない。

それもあって、もっとお話したくなる。わがままかな。クラウドきっと疲れてるから、ダメかな。

 

 

(クラウドも、デンゼルのこと大好きだと思うよ)

 

 

ティファの言葉が脳裏に浮かんだ。

 

 

「……ねえクラウド」

「ん?」

「ちょっとだけ見ててもいい?」

「?……剣か?」

「うん」

 

 

クラウドの顔にこれを見て何が楽しいんだろう、という不思議が浮かんでいたけど、それでも頷いてくれた。

嬉しくなって駆け寄る。かべに立てかけられた剣は、クラウドの身長よりちょっとだけ低いぐらいの大きさだ。そしてきっとすごく重い。

たぶん、おれがずるして背伸びして、両手で一生懸命持ち上げられたとしても、ちょっと宙に浮くのがやっとぐらいだろう。

なんでこんなのをブンブン振り回せるんだろう、と、目を輝かせてしまう。

 

 

「すっげー……」

「危ないから触るなよ」

「身長おれの2倍ぐらいある!」

「そうだな……きっといつか追い越すさ」

「おれ、もっとでかくなりたい。クラウドはいつから身長伸びたの?」

「…15か16ぐらいだったかな。俺も昔はティファより小さかったのが悩みだった」

「えー!そうなんだ」

「ああ」

 

 

ティファには秘密な、と小声で言うクラウド。ティファが聞いたら多分にやにやするだろうなあと思ったけど、クラウドのために黙っててやろう。

 

 

「ここの隙間にあの、キラキラしたやつ付けるの?」

「そうだ。マテリアは武器によって付けられる個数も違うし、使い方も効能も少し違う」

「へー……強さが違うってこと?」

「ああ。例えばこいつは少し重いが切れ味がいい。逆にこいつは攻撃威力が落ちる分、軽くて振りやすいしマテリアも多く装備できる」

 

 

(か、かっこいい……!)

 

 

クラウドはまるで、剣を生き物みたいに、相棒みたいに扱う。フェンリルもそうだけど大事にしているのがよくわかる。かっけー!と思わず声に出すと、クラウドは心なしか嬉しそうな顔をした。

 

遊びじゃないんだもんな。格好良くて当たり前だ。クラウドは、クラウドたちはこの武器で、おれの知らないところでたくさん戦ってきたんだ。あんまり話してくれないけど、きっとそれで救われた人たちもいるもんだもんな。おれみたいに、守ってもらってきた人たちがいるんだ。

 

おれもクラウドみたいになれるかなあ。

いつかマリンを、ティファを、クラウドを守れるようになれるかな。

 

 

「……クラウド、いつかおれにも戦い方、教えてくれよな」

 

 

クラウドみたいになりたいんだ。

そう呟いたら、クラウドは少し考えこんだ後小さく首を横に振る。

 

 

「……俺のようになるな」

「…どうして?」

「デンゼルは俺よりもずっと強い。武器なんかなくてもみんなを守れる」

「……」

「この間だって……あいつらが襲ってきたときだって、俺が来るまでティファを守ってくれたんだろう」

「…うん」

 

 

おれがクラウドよりも強い?そんなわけない。大人一人も、モンスター一匹も倒せないぐらい、おれは弱い。

クラウドがどうしてそんなこと言うのか、おれにはまだわからなかった。でも、おれの頭の上にぽん、と手をのせたクラウドはとても優しい表情をしていた。うそを言ったり、ごまかそうとしたりしている目じゃなかった。

 

 

「その代わり……」

「?」

「俺よりも勉強した方がいい」

「えー!」

「俺には……ろくに勉強をしてこなかったせいで守れなかったものもあった」

「…そうなの?」

「ああ。だから、そうならないように。デンゼルならきっとできる」

「…勉強したら、賢くなったら、みんなのこと守れるの?」

「うん」

「……。よくわかんないや」

 

 

そう言ってしまったけど、クラウドに何かを応援されたり、できるって言われたことは嬉しい。

 

武器よりも強いもの。力がなくても誰かを守れるということ。

今はわからなくていい。わしゃ、と頭を撫でてくれたクラウドがそう言ったような気がした。

おれの一回りも二回りも大きいその手は、あの時みたいにあったかくて、しっかりしていた。

 

 

「さ……そろそろ寝ろ」

「…まだ眠くない」

「いいから寝ろ。背が伸びないぞ」

「うう……」

「おやすみ。また明日な」

「!……うん。また明日」

 

 

まだまだ話し足りないけれど、仕方ない。今日はたくさん話せた。聞いたことのない話もいっぱい聞けた。

小さく手を振って、クラウドにおやすみを言う。

クラウドも少し手を挙げる。

 

 

「……デンゼル」

 

 

それから一瞬、なんだか寂しそうな……いや、とても穏やかな表情をしたんだ。

 

 

「……ありがとうな」

 

 

その言葉に、おれは何にも言えなくて、ただうなずいた。

“まだ”聞いちゃいけないことのような気がした。だけどきっといつか、わかる日が来るような気がした。

 

 

 

 

 

 

いつの間にかティファもいなくなっている、子ども部屋。もう眠っているマリンを横目におれもようやくベッドの中に入る。

 

最初は少しひんやりしてるけど、しばらくしたらあったかくなるベッド。眠くなんかなかったはずなのに、体も心も安心して、眠りの中へと引っ張られる。

 

温かい。これは当たり前なんかじゃない。クラウドがいることも、ティファがいることも。

マリンがいて、明日が来て、明後日も来て、みんなが元気でいることも、何もかも当たり前なんかじゃない。おれは子どもで、まだ世界の何も知らないけれど、それだけは知っていた。

 

そしてきっとそれを、クラウドたちも知っているんだろう。

 

たくさんたくさん失いながら、それでも諦めずに生きててくれたから、おれはこの家族に出会えた。そしておれも、何もかもがなくなって、それでも立ち上がってこれたから、ここに辿り着けたんだ。

 

 

 

 

何もない、真っ暗な天井を見つめながら深呼吸をした。

 

強くなろうと思った。

 

きっと自分ならなれる。

夜の温かさの中、いろんな人の、背中を押してくれる声が聞こえた気がした。

 

 

 

選ばれなかった勇者のはなし

 

 

(ぼくも、きみも)

(誰かに選ばれて、立ち上がったわけじゃないだろう )

 

 

 

 


fin,