窓の外から差し込んでくる、月明かりにだけ頼る部屋。夜が始まってからかなり経っていて、朝が来るまでそう遠くはない時間。

 

 

「ん……ティファ」

 

 

その灯りのない私の部屋に戻ってきたクラウドが差し出したのは、コップ一杯の水。たっぷり汗をかいてしまった私が、喉が乾いたから飲みたい、とクラウドにお願いしたもの。

 

クラウドも相当汗をかいていたから、体はかなり重いはず。それでも彼は文句ひとつ言わないで、それを誰もいないキッチンに取りにいってくれる。

 

 

 

ついさっきまで、ふたり、生まれたときのままの姿で体を重ねていた。今回はあえてその行為を運動と呼ぶ。というのも、二人ともなぜか終わりが見えなくて、最後の方は体力持久勝負になっていたから。本当に疲れたから。

 

私は、水を取りに行く、珍しく動きの鈍いクラウドの背中を見送りながら、マリンと出くわしませんようにと心の中で祈った。デンゼルはともかく。

クラウドもきっとそれを警戒していて、下はきっちり履いてから出て行ってくれた。でも上半身は裸のまま。いくら家族とはいえ、今のクラウドの姿は年頃の女の子にとって刺激的すぎる。

 

 

「ありがとう」

 

 

ベッドから気怠い体を起こす。クラウドの手から受け取ったコップは、水の冷たさを受け止めすでに冷え切っていた。

いまだに火照る体の中。汗のせいで冷え始めている体の外。どちらにせよその水の冷たさは心地良くて、今の私にはたいへん、おいしそうにみえる。

 

クラウドはベッドの端に腰掛け、頭だけ振り返って私を見た。そして、私をいつも簡単に操ってしまう瞳をつかって、私に「はやくのんで」と訴える。

 

 

(……、)

 

 

私は、素直に従って唇にコップを当てた。

そしてゆっくりとそれを傾けて、つめたい水を口の中に、体の中に流し込む。その冷たさを感じながらごくんと飲み込むとき、「おいしい、おいしい」と喉が音を立てる。

 

ふう、と一呼吸置きながら唇からコップを離すと、私を見ていたクラウドは何も言わずに、こちらに手を伸ばした。「自分にも飲ませて」っていうことだと思う。

 

 

「……」

 

 

私も何も言わずに、導かれるように、飲みかけのそれをクラウドに手渡す。

 

クラウドも、私の目の前でコップを唇につける。

綺麗な目が伏せられる。彼が少し上を向く。顔から首にかけた綺麗なラインが、際立ってみえる。水が、クラウドのなかに入っていく。ごくん、という音とともに喉仏が動く。

 

クラウドが小さく小さく、吐息をもらす。

 

 

「……」

 

 

(……相変わらず、)

 

 

きれいだ。この人は。

 

 

「……ん」

 

 

ぼう、とその光景に見惚れていると、クラウドはそんな私を気にせずもう一度コップを渡してくれた。

もっと飲んでいいのに。そう思うぐらいの量を残して。

 

そんなことを思いながら、それを言わず、私はコップを受け取る。

クラウドは私がちゃんとそれを手にしたことを確認して……そのまま自身の両太腿に肘をついて、大きく息をつき、うなじをたれた。

 

 

(……)

 

 

クラウドが行為のあとに、こんな姿を見せることは珍しい。でも、私自身の体のだるさと比例していると思うと…決して過剰なことでもない。だって繰り返すけど、今夜はほんとうに、疲れたから。

 

その疲れは、行為の後いつも私を襲う眠気も通り越して、目が冴えてしまうぐらいのもの。なんというか、例えがかわいくないけれど、満足いくまで運動したあとのような感覚。

いろんな意味で気持ちがよくて、いろんな意味で、もう動けない。

 

 

(…やけに喉が乾くわけだなぁ)

 

 

そうやって呑気なことを考えながら、私はコップを手にしたまま無防備な背中を、ただ見つめる。

 

すぐそばに寄らなくてもわかる、大きく広く、ごつごつしたそれ。例え私がクラウドと同じメニューで体を鍛えたとしてもこうはなれない。その事実に私は少し悔しくなるし…男らしい背中は、いつまでも私の心臓をつかんでぎゅっと握りしめる。

 

 

「……」

 

 

それにしても、きれい。口には出さないけれど、しみじみと何度も思う。

その魅力をもっと私に知らせるように、月の光がやわらかくクラウドを照らす。より綺麗に映えてみえるのは、彼が一度かいた汗のせいだろう。

 

 

(……)

 

 

もっと近くにいきたいな。そう思って、私はずっと手にもっていた、もう温くなりかけているコップをベッド傍に置いた。それから這うように移動して、クラウドのそばに行く。クラウドは私がベッドの上、ぺたぺたと近づいてくるのを、おかしそうに見ている。

 

彼のそばにたどり着いてその背中に、手を添える。たぶん手も冷たくなっていたのだろう。触れたとき、クラウドはちょっとびくっとした。

でも私はそれを気に留めず、遠慮もなく、その背中に寄り添うように体重を預ける。クラウドがかならず受け止めてくれることを……おこがましくも私は知っていた。

 

クラウドは私の体温が自身と馴染むのを確認すると、耳障りのいい声をくれる。

 

 

「……眠くなったか?」

「ううん…まだ」

 

 

心地よい肌の感触にうっとりしながらそう呟けば、クラウドは声もなく笑った。

 

 

(……、)

 

 

とく、とく、とく。クラウドの背中に押し当てた、私の胸が鼓動をならす。

とく、とく、とく。背中に添えた掌を通じて、クラウドの鼓動も響いてくる。

 

そっと頬を、耳を背中に当てる。クラウドの生きている、心地いい音が、私の体の中にも伝わる。

 

クラウドは顔だけ少し振り返り私の様子をみて、かすれた声で笑った。

 

 

「…。……まだしたい?」

「……もうできない」

「………さすがに、俺も無理かもしれない」

「……いっぱいしたもんね」

「ん……」

「……。…クラウドにも限界あるんだ?」

「さあ……試したことないが……今から試すか?」

「だから、しないってば、もう」

 

 

きっと私があまりにもクラウドと密着しようとするものだから、クラウドも冗談を飛ばさざるをえなかったんだろう。冗談と言っても、この冗談は、何も考えずに乗ってしまうと本当になるタイプのものだから、油断は禁物。

 

 

「……」

 

 

わがままな私をそのままにしてくれるクラウドに甘えて、静かに背中にもたれ、呼吸をする。そうして、無意識に閉じていた瞳をそっと開いて、ひろいひろい背中をただ、見る。

 

しっかりした背中。何度も何度も、背中を合わせて戦ってきたはずなのに……こうしてみると、私と並んで戦っていたのが嘘に思えるぐらいに、逞しい。私の背中とはきっと、全然違う。

 

思えば、いろんな場面でこの背中を見てきた。守ってもらったとき。悲しいことがあったとき。嬉しいことがあったとき。前を歩くとき。……私の手を引いて、導いてくれるとき。

 

 

(…いろんなことがあったな)

 

 

そんなことをぼんやり考えながら、ごつごつした部分を指でなぞって遊んでいると…視界にふと、あるものが映った。

 

 

「……」

 

 

(…傷、たくさん)

 

 

暗闇の中だからよく目を凝らさないとわからないけれど、クラウドの背中にはたくさんの傷が残っている。

一見ひっかき傷に見えるようなものもあれば、何かに貫かれたような跡もある。火傷をしたみたいに、皮膚の色が戻っていないところだってある。

 

クラウドの体に刻まれたそれに触れて、考える。

この大きい傷は、あのときのものかな。ここは、何年か前のあれかな。

 

 

(…たくさん、頑張ったね)

 

 

ぼんやり、そんなことを考えながら傷をなぞっていると…クラウドが、困ったような声を出した。

 

 

「……、ティファ」

「?」

「くすぐったい、」

「ふふ、ごめん………ん? これ……」

「……?」

 

 

クラウドに謝りながら顔をあげると、ふと彼の肩の跡に目がいった。

明らかに爪でひっかかれたような、爪を立てたような跡。細くこまかく、何本も彼の肩に残るしがみついたようなそれはまだ赤く、痛々しい。

 

……これをつけたのは…考えるまでもなく…。

 

 

「この跡って……」

「……」

「……全部私?」

「え?……ああ、多分」

 

 

クラウドは自分の広い肩を横目で確認して、何を驚くことがあるんだというような声で返事をした。

 

 

(…うわあ、)

 

 

恥ずかしい話、ぜんぜん記憶がない。こんなにクラウドに跡をつけていたこと。確かに、確かに無我夢中だったと思うけど、とはいえ。

 

 

「ご、ごめんね」

「?」

「こんなに引っ掻いてたの、気づかなかった……痛かったでしょ」

「いや……正直、いつも最中は痛みに気づかないから、問題ない」

「う……。……ケアルで治るかな」

「どうだろう……。それに、別にいい。治さなくて」

「……」

「ティファが感じてくれた証拠……、ん」

 

 

絶対にそういうことを言うと思ったから、私は手でクラウドの口を塞いだ。どれだけ時間が経っても、クラウドが容赦無く私に投げるこういう言葉に慣れない。

 

クラウドはおかしそうに笑いながら、簡単に私の手をとってしまう。あんまりにも遠慮なく笑うものだから、私は何度感じたかわからないときめきを、胸の中に覚えざるをえない。

 

 

(相変わらず、何をしてもずるいんだから)

 

 

そう心の中でぼやきながら、私はもう一度、私の手でつくられた傷を見る。赤くなっているだけのところもあれば、かなりくっきり爪の跡がわかるところもある。

 

ごめんねの意味を込めてそれを舐めると、そんなはずないのに、鉄の味がするような気がした。

 

 

「……、」

「…舐めたら治るかな、と思って」

「…うん」

「……やだ?」

「いや……続けて」

 

 

クラウドは伏し目で、私が傷跡を舐める様子を見つめる。

それを上目で見ながら、嬉しそう、と思った。

 

私はその反応を喜んで、彼の治療を続ける。

アイスクリームを舐めるみたいに、小さく小さく舌先を使う。それから何度も何度も、傷跡にキスを送る。

 

ごめんね。覚えてないとはいえ痛いよね。そういう気持ちと……愛おしい気持ちを、伝えるために。

それを両肩分終えたぐらいで、私はふと思った。どうせ跡をつけるのなら……。

 

 

「……んー…」

「…ん?」

 

 

私が不満げに声をあげたのは、クラウドの肩に頑張って、キスマークをつけようと試みたあとだった。

クラウドは私がそれを残そうと挑戦しているのをただただ待ってくれていたけど、どうやらその期待に応えられそうにない。

 

 

(…だって)

 

 

「……いつもうまくつかない」

「…跡?」

「うん………クラウド筋肉質すぎるのかな」

「…確かに、ティファよりは付けにくいだろうな」

「…どこか付けられそうなところないかなあ、柔らかいところ……」

「柔らかい……」

 

 

クラウドが自分の体をくまなく見る。指先、腕、胸、お腹。きっとその意図はないのだろうけれど、その一つ一つが綺麗だから、少しいやらしい。

クラウドはそんな私に気づかず、候補をあげてくれた。

 

 

「腕……か、……首?」

「首?」

「この辺りとか、多分つく」

「…いいの?」

「?何が」

「…たぶんここ、服着てもちょっと見えるよ」

「……。…いいよ」

「…朝になって、怒るでしょ」

「怒らない」

「ほんと?」

「ほんと」

 

 

(……)

 

 

自分でこれからつける身ではあるけど、絶対明日、跡の上に絆創膏つけてもらおう。

私は、なぜか嬉しそうにしているクラウドを見て心に誓った。

 

それからそっと、クラウドの首筋に口をつける。そして、いつもクラウドがするみたいに、強く吸うようにしてキスを送る。クラウドが小さく吐息を漏らす。それはどうしたって色っぽい。

ついたかな、と思ってそっと離れる。私がキスを送った場所は、うっすらと赤に色を変えていた。

 

 

(……)

 

 

「…ついたか?」

「うん……」

 

 

指で、私が咲かせた赤色をなぞる。

クラウドの上に自分の証が残るのは…恥ずかしいけれど、つい、嬉しさを感じてしまう。

 

 

(…ねえ)

 

 

キスマークさん。あなたはいつ消えてしまうの。1週間も残らない?もしかすると、3日も残らない?

できれば1日でも長い間咲いていてくれますように。なんてことをいまだに、私は願ってしまうのよ。

 

 

「…もういいか?」

「え? わっ、」

 

 

私がキスマークをつけてから動きを止めていたのを見て、クラウドは急にくるりと体を私の方に向けた。急にクラウドがこっちを向いたものだから、びっくりして固まっていると、そのまま両手首を掴まれる。

 

クラウドは、いつも意地悪なことをする時の顔をしてから、私の胸元に顔を埋める。そしてそのまま胸の谷間……ちょうど心臓があるぐらいの場所に、すばやくキスマークをつけた。

 

 

(……、)

 

 

なんだか意味深な場所につけるなあと、ひとりどきどきしていたら、そのままの流れでクラウドは私にキスをくれる。

 

性急なのはさっきまで散々したから、いまは真夜中にふさわしい優しい優しいくちづけが嬉しい。柔らかく瞳をとじて、クラウドを味わう。いつまでもこうしていて欲しくなる、飽きることなんてない味。

 

 

「ん……、」

 

 

クラウドは、私がすっかり力を抜いた頃に両腕を開放して、そっと私の頭に大きな手を回した。

そしてキスを続けながらゆっくりベッドに倒す。

 

 

「……」

「……」

 

 

名残惜しそうに、クラウドがキスを終える。ふたりの視線が熱を持ったまま絡む。

だけど……数秒後。

 

 

「……、ふ」

「…ふふ……」

 

 

ふたり、ほとんど同じタイミングでこぼれる笑い声。

 

 

「だめだ……こんなことしてたら本当に終わらない」

「ふふ、寝れないよ、」

「うん……自分でも呆れる」

 

 

クラウドは楽しそうな笑顔のまま、ごろんと私の隣に倒れ込む。私も、クラウドの方に体を向ける。

彼は当たり前のように、自分の腕を私の枕の代わりに差し出してくれる。私もそれに甘えて、当たり前のように頭をのせる。

 

 

「……、」

 

 

おでこに小さく、落とされるかわいいキス。

私と再び視線を絡ませるクラウドの表情は、とろんと緩んでいて…他の誰にも、家族にも見せられないような顔をしていた。

 

 

(…クラウド)

 

 

いつの間に、こんな顔するようになったかな。

自分がどれだけ優しい顔をしているのか…クラウドはきっと自覚がないんだろうけれど。

 

 

(…嬉しいね、クラウド)

 

 

誰かに恨みを抱くことなく、穏やかに暮らせることが。一緒にいることを、許してもらえている今が。

嬉しいよね。ありがたいよね。…幸せだね。

 

 

「ティファ……」

 

 

私の頬にそっと掌を添えて、クラウドはただ、名前を呟く。

うん、と返事をしてあげると彼はそのまま満足げに微笑んで、ゆっくり目蓋を閉じた。

 

 

「…クラウド」

 

 

私は眠りの中にゆっくり落ちていく彼を邪魔しないように、ほとんど音にならない声で名前を呼び返す。

言葉にならないいろんな想いが、どうかクラウドの夢の中にまで届きますように。

クラウドの見る夢を優しいものにできますように。……どうか、どうか。

 

 

 

そっと、私の頬にある手に、自分の手を重ねる。

眠りたくないと、思ってしまった。1分でも1秒でも長く、この人を目に焼き付けていたかった。

 

生きていくために。息を続けるために。私にとって、クラウドと二人で重ねる時間は…何に費やす時間よりも、必要なものだった。

 

 

 

ゆりかご

 

 

(君と手を繋いで漂えるのであれば、)

(時間の海など、怖くない)

 

 


fin,