「え?」

 

クラウドがこんな高い声を聞くのは珍しいかもしれない。素で驚く、とはこのことを言うんだろう。今子どもたちがいない二階の廊下で、無表情のまま背後にいる私を振り返り、口を開けて固まっている。

 

私はそんなクラウドを、ただじっと上目遣いで見つめ返す。クラウドが驚くことはわかっていたので、動じない。もしかしたら引かれているかもしれないと思いつつ、半分覚悟を決めたような気持ちで、ただただ行為を続ける。

 

クラウドの……お尻に触るという大胆な行動を。

 

「……」

「……ティ、ティファ」

「………」

 

「どうした?」と言いたいのはわかってる。クラウドが私のお尻をさりげなく触ったりするのは、まあ、よくあることだけれど、逆パターンは初めてだから。

 

どうしてこんなことをしているのか。恥ずかしげもなく白状すると、クラウドとしたいからという一言に尽きる。子どもたちが寝静まったあとで、クラウドに食べてもらうのを待つのもいいけれど、今日はどうしても、どうしても体を重ねたかった。いっぱい抱きしめて欲しかった。だから、どちらかが寝落ちたりするようなアクシデントは避けなければならない。

 

でも、いざ「確約」をとりにいくにしても、上手な誘い方がわからなかった。わかっているのはクラウドが、よほど疲れたり機嫌が悪かったりしない以上、私からの誘いを断らないであろうという安心情報だけ。

 

そう、今まで何度か誘ってみたことはある。わざと薄着でスキンシップをしてみたりとか、背中から胸を押し当てる形で抱きついてみたりとか、それなりに恥ずかしいこともしてきた。

だけどいつも感じるのは「敗北」の気分。クラウドは私が自分を誘っていることに気づいたら、どんな状況であっても、ものすごい勢いで機嫌が良くなる。そして、どこで学んできたのかと疑いたくなる身のこなしで私を抱き寄せ、キスをしながら耳元に口を寄せ、「いいよ」とか「わかった」とか、さらには「ありがとう」とまで言う。本当に余裕があるときはにっこり微笑んだりする。……つまり、なかなか動揺する様子を見せてくれない。

 

こっちはいつも、いつもいつも、誘われるたび、求められるたび動揺したり真っ赤になったりしているのに、クラウドにはそれがない。おかしい。内心焦ってるとか、本当はどきどきしてるとか言うけれど、綺麗な顔が崩れないのだから信じがたい。

 

だから……今日はどうしても見たくなった。慌てるクラウドを。とりたくなった。いつも彼が握って離さない、主導権を。

 

「……、…」

 

上手な触り方もよくわからないまま、クラウドの小さなお尻を触る。何が楽しいのかいまいち掴みかねないまま、筋肉質なお尻を撫で続ける。

いつもなら私の手を取って反撃しそうなところだけど、不意打ちだったからかクラウドにその兆候は見られない。瞬きを繰り返して、何かに耐えているように見える。……もしかして、感じたりするのだろうか。クラウドも、お尻にそういう感覚があるんだろうか。……かちこちだけど。

 

そんな先行きの見えない展開に光が見えたのは、私がクラウドの真似をして、彼の耳元でそっと名前を呟いたときだった。

 

「…クラウド」

「…!」

「っ、わ」

 

一体何が起こったのか。気づいたときにはもう、体はクラウドの強い力で壁に押し付けられていた。

慌てて、私の顔に影を落とすクラウドを見上げる。彼の片手は私の手首を、もう片方はいつの間にかお尻に回っている。こういうときに高い身体能力を見せつけられたら困る。力じゃどうしても、クラウドに敵わない。

 

だけど……それでもいつもと展開が違うと確信できるのは、クラウドの表情に一切の余裕もないからだった。

 

「…、ティファ」

 

息を荒げ、隙あらば体に指を這わせながら、クラウドは私にキスをしようとしてくる。だけどきっと今、ここでキスを許しちゃいけない。だって重ねたら最後私は溶けて、そのままクラウドに主導権を明け渡すことになるのが目に見えているから。今日の振り絞った勇気が無駄になってしまうから。

 

(え、えい)

 

だから私は慌てて、足りない経験を総動員させて、クラウドの唇に人差し指を当てることで彼を封じる。

すぐ振り払われるかと思ったけれど……どうやらクラウドには今本当に「余裕に見せる」余裕がないらしく、私の「待て」に忠実に従ってくれた。

 

(……、)

 

あ……熱い。クラウドの唇も、私の服の下に滑り込もうとする手のひらも……感じたことのない興奮を覚える、この体も。

 

「ま……、」

「…?」

「……まだ、だめ」

「…待てない」

「だ、だめ。今続きしたら、もうしない」

「…ティファ、キスだけ、」

「……だめ」

「ティファ……」

「し、シャワー」

「……」

「シャワー……浴びてから」

「………」

 

クラウドが読んで字の如く唾をのみこんで固まる。私はその一瞬の隙に、クラウドの拘束から逃れ、体を離す。

逃げ出した私を追うクラウドの瞳は、思わず背筋がぞくぞくするほど、欲望という熱におかされていた。

 

「…ティファ」

「……。あとで、ね」

 

硬直して動かないクラウドに呑気に手をふって、私は自室へ逃げるために階段を駆け上がる。あとでね、なんて言っておいてこの後どうしたらいいか全く決めていない。どちらが先に入るのか、集合場所はどこなのか。何も決めないまま彼をその場に残し、立ち去る。

 

(……、はあ)

 

危なかった。どきどき、してしまった。私の方こそ息がとまるかと思った。突然あんな顔するなんて聞いてない。あんなに呼吸を乱してくれるなんて知らない。たまたま手を置いたクラウドの胸の奥で、彼の心臓はばくばくと勢いよく鳴っていた。いつもは穏やかな瞳の色さえ燃えているように見えた。

 

クラウドが、私を求めていた。初めて感じたわけじゃないのに、どうしてかその事実は、今の私にはあまりにも……嬉しい。

 

 

 

 

「……」

 

自分の部屋に戻り、閉めた扉に背中を預けながら、さっきまで呑気にお尻を触っていた自分の左手を見つめた。

もう一度触れたら、クラウドはどんな反応するのかな。すでに彼を待てなくなっている自分の体に呆れながらも、クラウドから奪ったほんの少しの余裕を使って、私はひとりで微笑んだ。

 

 

 

ゆびさきに魔法

 

 


fin,