午前4時。まっくらの朝は好きじゃない。
「………」
ごそごそ人が動く気配で目を覚ます。誰の気配かなんて夢の中にいたってわかる。
(……時間、か…)
こっそり片目だけ開けて覗き見するのは、隣のごそごそ犯人。
犯人は私の隣、むくりと起きてぼうとしている。朝が苦手な人だから、これはよく見る光景。
しばらくしてからようやく活動を始める気になったのか、彼があたりをきょろきょろと見渡して何かを探し始める。それからその何かを見つけたのか気怠げにベッドの下へ身をかがめた。手に持っているのは……彼と、私の服。
(………昨日脱ぎ散らかしたままだった…)
昨夜を思い出し、なんだか恥ずかしくなって目を閉じる。一人照れている間、ごそごそと動く気配でクラウドが服を着ているのを感じた。
そんなごそごそが終わった後も眠ったふりを続けていたら、ふと、ふわふわ、ぽんぽんと撫でられる頭。ほっぺたに落とされるかわいいキス。朝、狸寝入りをしていると、クラウドのこんな愛情表現を受けられるから……やめられない。
(……このままお仕事、行っちゃうんだろうな)
クラウドのかわいいスキンシップが終わったあと、離れていく彼の手を感じながら思う。寂しいなあと。
クラウドは自分が先に目を覚ましたとき、お仕事が早いとき、なかなか私を起こしてくれない。起こしてもいいよって伝えたけれど、申し訳ないとか寝ていてほしいとかで、私の意見を聞く気はあまりなさそうだった。
だからきっと今日も、クラウドはこのまま一人まっくらの朝に旅立つ。朝ごはんも食べられないまま、クラウドはお仕事を始める。
(………おなか、減るよね…)
考えれば考えるほど、早朝配達に文句ひとつ言わないクラウドが切なく思えてくる。眠いとか、朝は勘弁とか、そういうことを一言も言わずに出かけるクラウドを、抱きしめたくなる。
狸寝入りでひとり幸せを感じるのもいいけど、やっぱり起きよう。クラウドは寝てろって言うだろうけど、ちゃんとおはようって言って、いってらっしゃいも言おう。そうやって、いつものお節介の発動準備をしはじめたとき。
「………ティファ?」
(え?)
急に呼ばれる名前。それも、私が寝たふりをしているときに囁いてくれるようなものではなくて、完全に呼びかけている声色だった。
おそるおそる閉じていたまぶたを開ける。すると予想通り、こちらを見下ろしているクラウドとぱっちり目があった。
(………あ)
「……あ。…やっぱり起きてたか」
「……………おはよう、ございます」
「ふ……おはよう。……狸寝入りはよくないな」
「……ばれてた…?」
「…さっき、ちょっと笑ったろ」
「………気づかれてたかぁ…」
冗談ぽく返せば、クラウドが珍しく屈託のない笑顔を見せてくれる。それが嬉しくて微笑み返せば、またふわふわ頭を撫でてくれた。……なんだ、寝たふりしなくたって撫でてくれた。
「……お仕事…?」
「…うん。ごめんな、起こして」
「ううん……。……朝早くからお疲れさま…」
「…ありがとう」
「……おなか、減らない? 何か作ろうか」
「いい…寝ててくれ」
(…やっぱり)
言うと思った、と思いながら微笑む。それから私の頭を撫で続けてくれている大きな手に両手で触れて、包み込む。お仕事が問題なく終わりますようにという本当のお願いと……もう少しだけここでお話していてほしいなという、個人的なわがままの気持ちを込めて。
「……」
「……」
「…行かなきゃ、ね」
「…うん…行かないと」
「……」
「……今日は、帰り遅くならないと思う」
「うん…わかった、ご飯準備しとく。……遠くに行くの?」
「いや、近辺だ」
「そっか……気をつけてね」
「ああ」
「……」
「……」
(……行かせてあげないと)
お仕事も時間も待ってはくれないから。私たちのために時間を余分に積んだりなんかしてくれないから。
わかってるのに離せない視線。手放せない優しい手。そうやってクラウドを見つめ続けていたら、彼は困ったように微笑んだ。
「……やっぱり、起こすんじゃなかったな」
「…え?」
「………行きたくなくなる」
(……クラウド)
素直なクラウドの言葉に胸がきゅんとなる。寂しそうな表情をみて、嬉しいなあなんて感じている自分がいる。
ああ……だめ。そんな風に言われたら、わがままを我慢をする理由がなくなってしまう。……もっと一緒にいたいことを、隠す必要がなくなってしまう。
(……こうなったら…)
「…………よしっ」
気合いをいれる声と一緒に、がばっと起こす自分の体。目をぱちくりさせているクラウドを横目に、彼が拾い上げてくれた服を着る。
「…ティファ? まだ寝て…」
「…今ので目が覚めました」
「ティファ…」
「…せめて朝ごはん、作らせて」
「でも、」
「………作ってる間、一緒にいれるかなって…思ったんだけど」
「……あ…」
ねたばらしをするように呟くと、クラウドは意味を理解したのか少しだけ俯いた。それからこっそり嬉しそうに微笑む。……その表情がかわいくて、私は彼以上に頬を緩ませた。
「……。…じゃあ、頼む」
「…お任せください」
「…うん。……ありがとう、ティファ」
「いいの。私がしたくてするんだから」
そう、いつだって私がしたいの。あなたのためになんて格好をつけたことは、言えないの。
いつだって一生懸命、一緒にいられる理由を探して見つけて、クラウドの傍にいようと頑張ってるんだよ。
(クラウドは…知らないかもしれないけれど)
にこにこする私をクラウドが逞しい腕で抱き寄せる。素直にその腕の中に飛び込み体を預ければ。クラウドが甘えるように頬擦りをしてくれた。嬉しくて頬擦り返しをすれば、表情は見えないけれどクラウドが笑ったのがわかる。
嬉しいなあ、嬉しいなあとすっかり体を許していると、ふいにクラウドの腕が、私の脚とベッドの間に差し込まれる。
そして、あれ? と思ったのも束の間、そのままクラウドは私をお姫様だっこする形で抱きあげた。
「わ、…ちょ、クラウド」
「…このまま下に行く」
「えぇ?」
マリンたちに見られたらどうするのとか、朝早いから大丈夫かとか、いろんなことを考えているうちに軽々と私を抱き抱えたまま立ち上がるクラウド。落ちないように私もぎゅっと彼にしがみつく。……嫌か嫌じゃないかと言われたら、嫌じゃないに決まってるから。
「……。…恥ずかしい…」
「…離れたくないんだろ」
「……どっちが」
「…どっちも?」
「ふふ……うん」
ばれてたかあ、と朝から何度目かのことを思う。だけどそんな恥ずかしさよりも、一緒にいられる喜びの方が勝ってしまう。素直にそう思える今を、とても嬉しく思う。
(……)
部屋を出る前に見た、カーテンの向こうにある空。いつの間にか真っ暗闇はなくなって、おひさまが世界に顔を出し始めたころ。朝は静かに始まろうとしていた。私たちの知らないところで、時間は確かに流れていた。
夜を汲む
fin,