ざあざあと音を立てて雨が降っている。屋根の下から出たら、ものの五秒でびしょ濡れになってしまいそうな雨。

お買い物のあと、私と同じようにお店から出てきた人々は口々に文句を言う。こんなに降るなんて聞いてないとか、最悪、とか。そしてみんな駆け出していく。傘を持っている人は傘をさして、上着を着ていた人はそれを雨避けにして。

 

そんな人々を横目に、私は大人しく空を見上げる。自然と口元に浮かぶのは微笑み。胸の中には多幸感。曇天を見上げているにもかかわらず、つい爪先立ちしたくなるような明るい気持ち。

ざあざあ降りの雨の中、傘を持たずに私は待っている。

三十分ほど前に家を出て一人で買い出しをしていた私の元に、電話をかけてきてくれた家族のことを。

 

 

 

「…はい、もしもし」

『ティファ』

「クラウド! どうしたの?」

『…外。雨降ってきた』

「え? ……あ、ほんとだ」

『…傘持ってないだろ。迎えにいく』

「え、でも……」

『クラウド! おれもいく!』

『私もー!』

『……そこで待っていてくれ。子どもたちと一緒にいくから』

 

穏やかなクラウドの声に重なる、電話の向こうの楽しそうな子どもたちの声。この様子だと、雨に気付いた3人が慌てて電話をかけてくれたんだろう。ごめんねとありがとうを伝えたら、支度をするためかあっさり電話は切れてしまった。

呑気にお買い物をしていたせいで予想していなかった展開に、ひとり店内でそわそわする。心の中に広がったのは、天気も気にせず外に出てしまったことへの申し訳なさと……家族が迎えにきてくれるということの、なんとも言えない温かさだった。

 

 

 

「……ふう」

 

お店の前、雨宿りの中。ひとりでニコニコしているのを誤魔化すため意味もなく空中にはきだすため息。だけど隠しきれていないのだろう。お店を出ていく人、お店に駆け込む人両方に、不思議な目で見られているのがわかる。

どこを見て待っていたらいいかわからず何となく俯く。すでに少し雨を被っているブーツ。屋根の下の足元にまで広がり始める雨だまり。きっとクラウドの電話がなかったら、私の心は沈みこんでいただろう。悪態をつく他の人たちと一緒に重いため息をついていたことだろう。雨が連れてくる寂しさや物悲しさには、独特なものがあるから。

 

「ティファー!」

 

雨だまりのなかに自分を映して遊んでいたとき、雨音の間を縫うようにマリンの元気な声が聞こえてきた。

顔をあげればすぐに声の持ち主が視界に入る。嬉しそうに駆け寄ってくるマリンが着ているのは、ついこの間珍しくクラウドがプレゼントしていた、かわいい薄ピンクのレインコート。よほど気に入ったのか、マリンは傘もささずに雨着だけで来てくれたようだった。

 

そして……そのマリンの後ろを歩いてくるデンゼルと、大きな傘をさすクラウド。心の中に優しく流れ込むのは、まるでおうちに帰ってきたかのような安心感。

 

「ティファ、お待たせ!」

「マリン、お迎えありがとう。レインコートかわいいねぇ」

「へへへー、でしょう?」

 

自慢げにその場でくるりと回ってみせるマリン。雨に似合わない満面の笑みに、こちらもつられて笑顔になる。

そうしてマリンとお話しているうちに、ほどなくしてクラウドたちもお店にたどり着いた。

 

「二人も、ありがとう。わざわざごめんね」

「いーえ! クラウド大慌てだったんだよ、ティファが傘持っていってない! って」

「……。濡れてないか?」

「ふふ、うん、だいじょうぶ」

「そうか。……すまないが、少しだけ傘を持っていてくれ」

「? わかった」

 

照れたように話をごまかしたクラウドに渡された、真っ黒の大きな傘。何をするんだろうと見つめていると、クラウドは自分が着ていたニットのカーディガンを脱いで、有無を言わさず私の肩に被せてくれた。それから驚く間も無く引き取られてしまう、傘と、ついでに買い物ぶくろ。

 

ものの、十秒。そうやって自然と見せつけられる格好よさに……心が躍らないわけもなく。

 

「あ……ありがと、クラウド」

「…うん。帰ろう」

「……うん!」

「帰ろう帰ろう!」

「あっ、マリン走ったらまた転ぶぞ」

「今日はまだ転んでないもーん」

 

はしゃぐ子どもたちに微笑みながら、お邪魔するのはその大きな傘の中。濡れてしまわないように寄り添えば、クラウドは何も言わずに私に腕を差し出す。腕を組もうということだろう。いつもなら「ここは外だ」と照れ隠しに怒るところだけれど……今日は傘が隠してくれるからと言い訳をして、私も何も言わずそれを絡めた。

 

(……)

 

すぐ隣に感じる大切な人の体温。歩幅を合わせて家族で歩く帰り道。

ああ、他の人に申し訳なくなるくらい。なんて、なんて幸せな雨の日。

 

「…へへ」

「…ティファ?」

「ううん。なんでもないよ」

「ねえティファ、クラウドわざと、ティファの分の傘持ってこなかったんだよ。多分一緒に入りたいから」

「……。今日は口が軽いな、デンゼル」

「ふふ……あ。デンゼルも、レインコート似合ってるね」

「そ、そう? まあ、嫌いじゃないけど」

「…気に入ってもらえたならよかった」

「……うん」

 

途端に返事が小声になるデンゼルが着ているのは、落ち着いた青色のレインコート。同じくクラウドが買ってきたもの。デンゼルは恥ずかしくなったのか、レインコートの裾を引っ張ったり、もじもじと落ち着かない素振りをみせる。

 

「お、俺、マリンの面倒見てくる!」

 

かわいいなあとニコニコしていたら、耳を赤くしたまま逃げるように駆け出してしまうデンゼル。ばしゃばしゃと雨だまりの上に、遠慮なく水飛沫をあげて。

そんな子どもたちを、私とクラウドはまた同じ顔をして見守る。考えていることはきっと同じこと。

 

「ふふ。……二人ともかわいいね」

「…ああ」

「改めてありがと、迎えにきてくれて。……嬉しかった」

「……。ピンチなんじゃないかと思ってな」

「うん、ピンチでした」

「…間に合ったか?」

「ばっちり」

「なら……よかった」

 

クラウドがくれる、さりげない優しさ。再会したときからずっと……ううん、ニブルヘイムで約束したときからずっと、彼の中の「助けに来る」という基準が変わっていないことを、私はいつも嬉しく思う。変わらずにそばにいてくれることを心底幸せなことだと思う。たとえ彼が「過保護」であっても、それをあえて指摘せずにいてしまうくらいには。

だって、仕方がないでしょう。どうしたって私は、この人がくれる全てが大好きなのだから。

 

「…ティファ」

「ん?」

「……腹、減ったな」

「そうだね。帰ったらすぐ作るね」

「…手伝えることは?」

「そうだなあ……。……あ」

「?」

「子どもたち、お風呂に入れてもらってもいい? たぶんこのままだと風邪ひいちゃうから」

「重大任務だ」

「ふふ、うん、重大任務。引き受けてくれる?」

「…おおせのままに」

 

冗談混じりの優しい返事。嬉しくてついここが外だということを忘れたふりをして、その肩に頭を預ける。そんな私の頭にクラウドは頬擦りする。一緒にいられる喜びを、傘の中でこっそり共有し合う。

 

 

 

目の前ではしゃいでいるマリンが思いきり転び、傘を放り出しクラウドと二人で走るのはもう少しあとのお話。結局みんなびしょ濡れになって、私とクラウドまでなかよくお風呂に入ることになるのも、また少し後のお話。

 

分厚い分厚い雲の下、柔らかく聞こえる雨の音に囲まれて、私たちはみんなで家に帰った。

太陽なんかなくたって、胸の中はあたたかかった。家族がそばにいたから。誰かを、信じることができたから。

 

 

 

アンブレラ

 

(いつの日だって、)

 

 

 

 


fin,